ふぇにっくすながーるずとーく




 不死鳥が止まり木でくつろぐ世界。
 その片隅に佇むとある宿、テラスに三人の女たちがいた。
「女子会しようよ」
 大きく伸びをしたソフィアが言う。向かいに座るサンドラが肩をすくめた。
「してるでしょ」
「そうだけど! そうじゃない! ねえ、そう思わない?」
 ソフィアは唇を尖らせ、中央に座る桃色おかっぱの少女に声をかける。
 おかっぱの少女ことノインは首を傾げる。
「女子会とはなんですか?」
「女性が集まって話す場のことよ」
「それだと、女が集まってればみんな女子会になっちゃうじゃん!」
 ソフィアが両腕を振り上げて駄々をこねる。
「そうじゃないの! 女子会は、話題が大事なの! 女だけで集まって、女だけでしかできない、楽しくてワクワクする話をするんだもん! マーニャとミネアがそう言ってたもん!」
 ちらりと彼女を見て、サンドラは溜息を吐いた。
「はいはい。求めてるものはなんとなく分かってるって」
「じゃあ女子会しよっ」
「一応、確認しておくわ」
 サンドラは問う。
「あなたの考える『女だけでしかできない、楽しくてワクワクする話』ってなに?」
「女だけを狙って殺すクソ野郎に、どうやって自分のしたことを心から後悔させながら殺すかって話」
「興味があります」
「でしょ!?」
 ソフィアが身を乗り出し、ノインが頷く。
「天使界でも、平均して身体的ハンディキャップのある傾向にある女性や子供を狙った罪を犯す者をどうすべきかという議論がしきりにかわされていました」
「本当? あたしの発想、天使と同じなんだー。すごーい」
「問題の人間を悪魔の息の噴きかかった者としてみなすか、または人間そのものの罪とみなすかで裁きの内容が変わるだろうと先輩方が議論をなさっていました」
「そうだよね。力もない体力もない魔力もないって勝手に見下してたことを心の底から後悔させながら殺したいよね」
 二人は頷きあっている。
 サンドラは思う。
(予想通り、何一つとして噛み合ってない)
 潔癖と称せるほどの正義観と強い感情ゆえに、思考がすべて殺戮の方向へとつながってしまうソフィア。
 天使として人間を手助けしたいという意志が強く、そのためならば自分を含めたいかなる犠牲も惜しまないノイン。
 そして、光と闇のバランスをほどほどのところで保てたらあとはどうでもいい自分。
 この時空をこえて集った戦闘集団こと不死鳥パーティーにいる女性は、この三人のみである。
 ここまでオンかオフかしかない女性メンバーがそろったパーティーなど、他にどこにあるだろう。もしこのパーティー結成の運命を決めた神がいるとするならば、問いただしたい。もっとバランスの取り方があったのではないだろうか。
「ソフィアさん、この扇の調子をみてもらっていいですか」
「わあ。血糊べったり。これはちゃんと落とさないとだめだよ」
 ノインとソフィアは武器の手入れの仕方について語り合っている。
 一方、サンドラは眼前の女子たちについて考えこんでいた。
(分かってる。文句があるわけじゃない。悪い子たちじゃないし、実力も申し分ないもの)
 基本的に、止まり木のパーティーにチェンジはない。
 仮にメンバー替え制度があったとしても、彼女たちをほかの誰かと取り換えようとはしないだろう。サンドラは二人の人格が嫌いではない。戦闘能力もこの上なく高いと評価している。大事な仲間だ。
(ただ、この二人の思いきりの良さは諸刃の刃だわ。決断力と破壊力がありあまってるところを、もう少しどうにかしないと。本人たちに言ったところで、そんなに簡単に変わるものじゃない。ストッパーが必要だわ。私を含めた他のメンバーでフォローするのよ)
 しかし、止まり木の地に集った男たちも自由奔放である。自由を愛するがゆえに、他のメンバーの自由も認める傾向にある。
 それでも、危ないと思えばフォローし、あるいはたしなめてくれそうなメンバーはいる。彼らの助けを本人たちが受け入れ、自分の危うさに気づいてくれればいいのだが。
「ねえ、あなたたち」
 サンドラが言う。ソフィアとノインがこちらを向いた。
「このパーティーの男性陣で、実力的に一番認めているのは誰?」
「わあ!」
 ソフィアが目を輝かせた。
「それってすっごく女子会っぽい! この中でサンドラが一番女子じゃないと思ってたけど、さすが万能勇者だね。話題も用意できるんだ。よっ、器用貧乏!」
「何一つとして褒められてない」
 なんなら、女子会の話題ですらない。結局戦力の話から離れられていないのだ。
 しかしソフィアとノインが楽しそうな顔をしているのと、ストッパー役を探したいというサンドラの個人的な目論見のため、何もツッコミを入れずに話を続けることにした。
 先に答えたのはソフィアだった。
「あたしはアレンかな」
「全然迷わないで答えたわね」
「へへ。だって、あの武力だけでガンガン攻める戦闘スタイル! すーごい痺れるもん」
 きらきらと輝く紫の瞳がオーブのようである。
「目的が何あってもとにかく壊すっていうあの戦い方が、マジでロックじゃん。敵の攻撃をうまく見切って避けたり受け流したりするのもすっごい上手。だから前線でずっとアタッカー張ってられるんだろうなって思う」
「確かにそうね」
 サンドラは頷いた。
 アレンは長い苦労の末に、自分の身一つで戦いを切り抜ける方法を模索し、現在の戦闘スタイルを編み出した。
 本人はよく魔法が使えないことを弱点のように言うが、サンドラにはそれがかえって強みになったのではないかと思える。魔法が使えたら、きっと現在ほどの前線巧者にはなれなかっただろう。
 敵の殲滅にこだわるソフィアだ。アレンの戦い様に憧れ、パーティーで一番だと言うのも頷ける。
(やっぱりアレンよね。彼なら間違いなく、ストッパーになれそう)
 アレンは、サンドラが話を聞く前から目をつけていたストッパー役候補の一人だった。
 彼はサンドラとノイン同様、パーティーの中で前衛につくことが多いメンバーであり、二人以上に頑丈だ。さらに常識と、他人を思いやる情も持ち合わせている。
 この攻撃的な二人の女性の足りない部分を補うのにうってつけのメンバーだ。
(でもアレンって他のメンバーのツッコミもしてるから、彼一人だけだとしんどいわね)
 三人くらいは目星をつけておきたいところだ。
 するとちょうどよく、ノインが言った。
「私は、アルスさんとアレフさんです」
 サンドラは目を丸くした。ソフィアも驚いたような顔をする。
「へえ! 意外。なんで二人?」
「何かに一途になって、コツコツ頑張ることができて、かつ周囲への感謝を忘れない方を見ると応援したくなってしまうんです。お二人ともそういう性格の方なので、どちらか一人だけなんて選べません」
「そっか。天使的に守護したくなっちゃうわけね」
「はい。戦闘能力もかなり高いです」
「だねぇ」
 ソフィアとノインは二人で頷きあっている。
 一方サンドラは内心で眉根を寄せていた。
(アルスは抑え役としていいけれど、アレフは微妙だわ)
 アルスはかなりのマイペースなので、よほどまずい状況にならなければ他のメンバーの暴走を止めないだろう。それでもいい。
 しかしアレフは、自身も危機的な状況で戦うのが好きなのだ。窮境で戦うことを好む人間に、ストッパーはあまり期待できないように思う。
 加えて彼は「女性は守るべきもの」という趣味の持ち主だ。レディファーストをしたいという趣味については何も言わないが、あの二人とは相性が悪い。ソフィアは暴れたがりで、ノインは尽くしたがりという、戦場で何かをせずにはいられない二人なのだから、守られているのは性に合わないのである。
(うちのパーティーの中から、二人の趣味に合うストッパーが他にいないか確認したいわ)
 ソフィアとノインの戦闘能力の好みは把握した。
 それと、サンドラがこれまでの仕事の合間に考えてきた、ソフィアノインコンビのストッパー候補メンバーを脳内で比較する。
「サンドラは?」
「へ?」
 目を上げると、ソフィアとノインがじっとこちらを見ていた。
「何が?」
「何が、って。あたしたちに聞いたんだから、自分も話してよ」
「サンドラさんが一番だと認めているのは、どなたなのですか?」
「実はサンドラの好み、めっちゃ気になってたんだよねー」
 思いのほか話題に乗ってしまっている。サンドラはそれもそうか、と答える。
「私は全員すごいと思ってるわよ」
「つまんない!」
 ソフィアにばっさり切られた。
「みんなすごいのは当たり前じゃん!」
「はい、戦闘能力そのものに、『これぞ至上』というものはありません」
 ノインも大きく首肯して言う。
「目的や目標のための相対評価によって優劣がつけられることはありますが、根本的にはこの世に存在するいかなる能力にも価値があります」
「うわっ。学術書を音読してる時のクリフトみたい。もうちょっとやさしい言葉で言って?」
「あらゆる生きとし生ける者の持つものは、存在するだけで尊いのです。身体や精神に伴う能力も例外ではありません。すべて、神の賜いし奇跡なのです。ただ、何かをかなえようとする時だけは、そのかなえようとする内容に近づくために個人の能力がどれだけ貢献したかという基準で、優れているか劣っているかという評価をつけます。しかし世界に絶対的な基準はありません。ですから、生きとし生ける者の持つものは、存在するだけで尊いのです。サンドラさんがおっしゃる『全員すごい』とは、そういうことですか?」
「そうね」
 サンドラが認めると、ノインはかぶりを振った。
「そのお心、勇者として大変素晴らしいです。しかし私たちがお伺いしたいのは──」
「サンドラの趣味!」
 待ちきれなくなったソフィアが言った。
「どんな剣の振り方が好き? どんな魔法を使う人が好き? サンドラ、戦いに対するやる気は全然ないけど、戦い込みで難易度の高いクエストを達成するのは得意でしょ? そんなイカしたサンドラちゃんの趣味が知りたいなー!」
「ノインも同じことを聞きたいの?」
「はい」
 二人とも、期待に満ちた表情をしている。サンドラは顔をそむけた。
 自分の好み。そんなものはないが、強いて言うならば。
(あなた達が暴走して自爆するのを阻止できるような、頭の柔らかい人たち)
 とはさすがに言えないので、あらかじめ考えていたメンバーの名前を言うことにする。
「そうね。たとえば──」
「俺だろ」
 大きな影が、卓と彼女たちの上に落ちた。サンドラは天を見上げる。
 不死鳥がやってきていた。その背から二人、テラスへと飛び降りてくる。ソロとナインである。
 ソフィアがげっ、と声を上げた。
「もう、邪魔しないでよ! 今男子禁制の女子会してるんだから」
「はいはい、女子会な。バーサーカーの女子会な」
「そうそう、戦闘だーいすき……って誰がバーサーカーか」
「お楽しみのところ、申し訳ありません」
 ナインが頭を下げる。
「至急、ソフィアさんとノインに協力してもらいたいクエストが発生したのです。ご同行願えますか」
「どんな?」
「起伏の激しい岩山の島一つを、まっさらな平地に変える仕事です」
「行く! 連れてって!」
 ソフィアは勢いよく立ち上がり、そのままテラスの横に降りてきた不死鳥の背に乗った。
 不死鳥の背には、他にサタルとイレブンがいた。サタルが問いかける。
「ノインちゃんはどうする?」
「私が力になれるのでしたら、どこへでも」
「助かるよ」
 ノインも不死鳥に飛び乗った。
 四人を乗せた不死鳥は飛び去っていった。あとに残された三人は、不死鳥が光を帯びて時空の彼方へ消え去るまで、その様子を共に眺めていた。
「……で、アンタ的に好みの戦い方する奴って、俺だろ?」
「あなた、どこから聞いてたの?」
 ソロが自分を指さして言うので、サンドラは呆れたように聞き返す。
「ソフィアが『サンドラの趣味!』って言ったあたりから」
「そこだけ聞いて自分だと思えるなんて、すごい自信ね」
「あいつらの中の俺たちの株を上げて、自滅を防ごうとしてたんじゃねーかと思ったんだけど、違ぇの?」
 サンドラはまじまじと眼前の男を見た。
 ソロはにやりと笑う。
「当たりだろ」
「ソフィアさんは先ほど、女子会をしていたようなことをおっしゃっていましたね」
 続けてナインが言う。
「『女子会』というものは、女性が集まって互いに共通して関心を持てそうな社会事象について語るものであると認識しています。サンドラさん、ソフィアさん、ノインに共通しているものといえば、戦闘です。しかしサンドラさんは戦闘を好みません。ならば、パーティーの利となる回答をするだろうと、ソロさんと読んでいたのですが」
「どうせアンタのことだから、自分の戦い方の好みなんて別にどうでもよくて、あいつらのためになりそうな答えを言うだろうなって思ったんだよ」
 サンドラは口元に手を当てた。
「当たりよ」
「だろ?」
 ソロとナインはハイタッチを交わした。
「よし、サタルとの賭けに勝ったぜ」
「これで人体の魔力制御についての研究がすすみます。ありがとうございます」
「……あなたたち」
 サンドラが声をあげると、二人ははたと彼女の方を注視した。
「その力、あの二人に分けてやってよ」
「それができたらとっくにやってるっつの」
「認知能力や嗜好はパサーできないようなのです。申し訳ありません」
 ソロは苦々しい顔をし、ナインは眉を八の字にした。
 そうよね、とサンドラは返しながら、思う。
 カバーし合える仲間はいた。しかし。
「アンタ、これからもあいつらと女子会するんだろ。ソフィアは一度火が付いたらしばらく燃える性質だぜ。せっかくだから、ソフィアが戦い以外に関心が持てそうな話題を出してやってくれよ」
「それは難しい……」
「ノインについてもお願いします。自分と仲間を大切にできるような話題提供をできるよう、僕もサポートしますので」
「難しすぎる……」
 サンドラは頭を抱える。
「いっそ、あなたたちも女装して参加してよ。いけるでしょ?」
 ソロとナインは顔を見合わせた。
「そりゃあ俺たちは絶世のイケメンだからいけるだろうけど、あいつらが許さねえぜ?」
「女子会がしたいとわざわざこの世界で言い出したことから考えるに、手練れの女性たちのみと戦術について会話したいものと思われます」
 サンドラは天を仰いだ。
 止まり木は今日も天高く聳え立ち、冴え冴えとした青い陽光が空を隅々まで照らしている。
「他にもメンバーが増えればいいのに」
 サンドラはつぶやいた。
 ソロとナインは、無言で彼女の肩を叩いた。





20201231