うまく笑えてないのは自覚してる
レック×エイト
ここしばらく来ていなかったエイトが、ずっと止まり木の宿にいる。魔物達の手伝いに混ざって、ずっと宿の手入れをしたり、料理をしたりしている。
忠誠心が強く愛妻家のエイトは、ここに来た頃からこまめにあちらとこちらを行き来していた。長期任務の時でさえ、帰れそうな機会があれば自分の世界へ戻って顔を見せることを優先していた。
なのに、どうしたのだろう。
どうしても気になって、声をかけた。
「エイト」
ちょっといいかと尋ねると、彼はやんわりと微笑んで了承した。
「やあ、レック。今ちょうど、壁の絵を換え終わったところなんだ」
口調は朗らかである。
しかし、睫毛の落とす影がいつもより濃いような。
「色々宿のことをしてくれて、ありがとうな。トロデーンに帰らなくていいのか?」
「うん、大丈夫」
エイトは俯いた。
「もうトロデーンには帰らないよ。ミーティアが逝ってしまったから」
「ああ」
俺は息を吐いた。
「その時が来ちまったのか」
「うん。大往生だったのが、まだ幸いだったかな」
エイトはかぶりを振る。
「亡くなる少し前に、僕も一緒に行くって言ったんだ。でも彼女は、許してくれなかった。僕には僕の天寿があるのだから、全うしてほしい。生きて、できればトロデーンの平穏を見守って、と」
これがミーティアの最期のわがままよ、なんて言われたら、守るしかないだろう?
エイトはまだ微笑んでいる。
彼本来の一人称が出ている。普段使うことを避け、姫の前でだけ口にしていたはずのそれから、平静を保っている彼の内面が透けた気がして、切なくなった。
「だから僕──あ、俺も今日からここに常駐するよ。レックと同じだ。よろしくね」
俺は退位したのち旅に出て、そのままあの世界を去った。
止まり木の世界に所属する戦士達は、ここへやって来ると皆、世界を巡る旅をしていた頃の姿になる。俺のあちらの世界にあった老いた器は、今頃塵となって風に舞っているだろう。せめて、かつて夢見た天空の世界に届いていたらいいと思う。
「お前、体ごと来たのか」
「ううん。ミーティアとの約束だから、竜神の里に眠らせてあるよ。もう、目覚めさせる気はないかな」
「寂しいな」
俺が呟くと、エイトは虚をつかれたような顔をした。
丸く見開いた目が、みるみる歪んでいく。
「そうだね。寂しいよ」
黒い瞳孔が潤み、なだらかな弧を描いていた口元が震える。
「俺、分かりやすかった? いつも通りのつもりだったんだけど」
「いいんだよ」
俺はエイトの肩を叩いた。
「ミーティアちゃんは別の世界に行っただけで、消えたわけじゃない。きっと、いつかまた会える。でもしばらく会えないのは事実だから、寂しくて泣くのは仕方ねえって」
「ああ、やっぱり」
エイトは利き手で目頭を覆う。
「君ならそう言ってくれるかなって、思ってた」
わななく肩を、壁にかけられたばかりの額縁を外して隠す。
エイトは額縁の影に隠れようと身を寄せてきた。
ごめんねと絶え絶えに漏れた声に、いいんだと応える。
かわいそうなエイト。
人通りのあまりない廊下でさえ、押し殺すような泣き方をする。大事な人が逝ってしまった悲しみなど、誰かに憚ることもないのに。
思うに彼は、自分よりも自分を取り巻くものが大切だったのだ。
だから自分の軸と他人に合わせることの両立を図れたのだろう。
大事な者が幸せであることが、自分の素直な心情より大切なのだ。
大事な者が幸せならば自分も幸せになれるような奴だから、自分の悲しみさえ殺そうとしたのだ。
気にしないで、今はたくさん泣けばいい。
愛おしい悲しみを、あちらの世界に置いてきた竜神の体に流しこんで眠らせよう。
(そうしたら、お前の絶望は俺と同じになる)
彼の笑みを真似て、俺も口元を緩めようとした。
20220530 診断メーカー「お題ひねり出してみた」をもとに執筆