のばしのばしのエンドロール




 アストルティア海運の肝こと港町レンドアは活気のある街だ。
 ヴェリナード王国ほどではないものの大きな船着き場を備えており、鉄道も通っている交通の要所であるから、常に大陸内外で生きる様々な者と物資とが行きかっている。
 人が集まれば、商売人がやってくる。商売人が来れば、経済が生まれる。経済は、市場の笑顔を目指してまわる。そうやって、レンドアの街は明るくなったのだろう。
 駅を中心として、赤煉瓦通りが円を描き、輪郭に沿って白壁の家々が並ぶ。
 植え込みはいつでも潮風を受けて爽やかになびき、花々は商人らが合間を見て世話をしているために、整った可憐だ佇まいをしている。
 街の一角、レンドア駅南口に、ウェディの青年が一人、佇んでいた。髪は、風になびけば潮流を見るようと称される一族にしては非常に短く、襟足のあたりで刈っている。彼は壁に寄りかかるようにして、長い手足をだらりと垂らし、時折、纏った風虎の道着の裾を思い出したようにいじりながら、往来を眺めていた。
「なあ、エークス」
 呟いた。僅かに間を空けて、やや口の端を上げて言う。
「なに、エックス」
 声の通り方が、気持ちのびやかになった。
 南口前にルーラストーンで飛んできた旅人達は、バシルーラ屋やら、船着き場やら、酒場やらを目指して一目散に駆けていく。したがって、口調を変えながら独り言を呟き続ける青年には、誰も気付かない。
「新しい鎧、入手していい?」
「エックス、戦いたいの? 珍しいね」
「あんまり気は進まないけど、たまにはオレ自身が戦わないと、重装備での戦い方を忘れそう」
「いいよ。旅人バザーで買う?」
「いや、それはキツい。オレの欲しいレベル帯の装備、めちゃくちゃ高いからムリ」
「じゃあ、装備を落とす敵を狩ろうか」
「ああ。でも、クエストを一個こなしたらにしよう。振り子にあんまり光を溜めないでいると、ホーローさんみたいになりそう」
「いいじゃん。僕、ルシェンダさんからお手紙もらってみたい」
「オレは絶対やだ。ホーローさんは能力が高いからアレで許されてるけど、オレ達はそういうわけじゃないだろ」
「ふーん。あ、そうだエクス」
 青年の口角が下がった。
「うわ、今のすごく、自分で自分に話しかけたっぽかった。もうちょっと、エテーネ訛りっぽく呼んでくれよ」
「いいだろ。僕と君はもう一心同体なんだし、実際生きているエクスはエテーネの君なんだ。レーンの村のエクスは死んだ。今の僕は、君が得たこの身体のオマケ。こうして身体にくっついて君と話ができてるのも、戦闘の時この身体を使って戦えるのも、スロットのボーナスタイムみたいなものなんだから」
「でも、オレはやだよ」
 和やかに笑っていた青年は、すぐに口を尖らせた。
「お前とは、別の身体で会いたかった」
「どうして?」
「エークスを、オレの妄想の友達みたいな扱いにしたくない」
「僕はこの状態、好きだよ。君のお陰で僕一人じゃ見られなかっただろう世界が見れるし、何より手軽に場数が踏めて、強くなれる」
「おい」
「だって、守りたいものもないのに修業するなんて、僕にはムリ。僕はヒューザみたいな、ゼッタイ強さ欲しいマンじゃないの。君といれば、色んな人に出会えて、色んな人を守るために、僕も頑張れる。うん、いいことづくめだ!」
「知り合いに会う度にオレがヒヤヒヤしてるの、知ってるくせに」
「その時は僕が話してるだろ」
「そのくせ、バルチャさんとは自分で会話しない」
「君、ウェディ歴も長くなってきたのに、分かってないな」
 青年は微笑む。 
「別れはさっぱりやるものだよ。ここで僕が顔を出して話してみなよ。怒られちゃうよ」
「そうかな」
「僕は養い親の前で、二度は死にたくないね」
 青年は口を引き結ぶ。
 広場の反対側では、バシっ子が客を次から次へと飛ばしている。
 そうか、次に行くのが自然なんだよなと、唇を横に結んだまま、彼は考えた。
「……でも、もう少しいてくれるよな」
「どーしよっかなあ」
「女王様サブレ一枚」
「おっ、やったね。じゃあもうちょっといよう」
「毎回思うけど、簡単に釣られすぎじゃね? ネルゲル倒した後も、女王様サブレ買った瞬間に帰ってきたじゃん。もうちょっと高いものがいいみたいなプライド、ないの? サブレ一枚とか、池の鯉レベルの安さだぞ」
「やっぱり君はにわかウェディだね。女王様サブレだよ? 女王様のお顔が彫られた、これほど尊い食べ物を引き合いに出されて、釣られなかったらウェナ大陸の魚じゃないね」 「謎の忠誠心」
 呟いた後、青年の身体が大きく揺らいだ。まるで彼のいる場所だけ地震に襲われたかのような揺れ方で、本人も一瞬非常に驚いた顔をしたが、すぐにしゃんと立ち直す。満面の笑みで、南口の方を向いた。
「そうと決まったら、早くサブレ買いに行こう! な?」
「はいはい。メガルーラストーンでいい?」
「えー、箱舟がいい」
「乗車賃……まあ、いいか。使わないと、駅員さんに給料が入らないからな。うん」
「またそんなこと言って。エックスだって、箱舟見るの好きでしょ」
「あのゴツゴツした感じ、いいよな」
「僕、お客さんを見るのが好き」
 独り言を呟きながら、青年は一歩踏み出す。そうしていつもの、けだるげながら弾むような、間延びしたリズムを、アストルティアの大地の片隅に刻むのだった。