君が紡いだ物語




「男の人って、みんな勇者って呼ばれたいものなのかしら」
 アンルシアが唐突にそう言うから、オレの顔は今きっと変なことになってると思う。
 ここが酒場だったら思いっきり「あの話を掘り返すのやめろよー!」なんて言えるんだけど。グランゼドーラの王族の間に入り込んでおいて、今そのノリで返事することはできない。
 対面のソファに腰掛けてれば、顔も誤魔化しようがない。オレは軽く咳払いして答えた。
「いや、うん、まあ、憧れはある」
 特別なモノとか選ばれし人とか、誰しもそういうフレーズに一度は憧れるものなんじゃないだろうか。誰だってそうだって。オレみたいな小市民がちょっとくらいそう思ってもおかしくないだろ。だから桃源の間でのことはもう掘り返さないでほしい。
 気まずさが顔に出てたのか、アンルシアはくすりと笑った。
「そうよね。私も兄様の盟友になりたいって本当に思ってた。大好きな兄様をずっと傍で守っていられるのはどんなに素晴らしくて特別なことだろうって」
 そう言って暖炉の上に流し目をくれる。使用感のある細身の剣が一本。
(これだけは、オレにはどうにもしてあげられない)
 友人の碧眼は、夕方にも夜にもなれない迷子の空のようで。
 だから、この部屋で勇者の話題を切り出されて軽い返事ができるわけがないのだ。
「時々考えるの。兄様は、どんな気持ちで勇者様って呼ばれてたのかしら」
 どう返したらいいんだろう。
 彼女の兄ことトーマ王子と言えば、妹の替え玉勇者となることを名乗り出て約二十年、立派に役目を勤め上げてみせた勇士だ。オレはたった二回しか会ったことがないけど、同じ兄であってもとてもじゃないがあのように振る舞えないというか。兄の鑑として尊敬しているほどの人である。
 その人の思っていたことを想像して話すなんて、オレには無理だ。
「オレだったら、なんだけど」
 彼女は返事を求めていないのかもしれない。
 ただ相槌が欲しいだけなのかもしれない。
 でも奈落の門でマデサゴーラを倒して帰ってきた後、彼女がお兄さんについて話したのは今が初めてだから、何か話したいと思った。
「自分が本物の勇者じゃなかったとしても、他人から純粋に慕ってもらえて、それで妹も守れるならば幸せだと思う」
「自分が死ぬことになるのに?」
「うん。ちょっと怖くても、身体が動いちゃう」
 経験談である。オレは苦笑いした。
「大事な兄弟だから、自分の力で助けられるってならば助けなくちゃって思う。と言うか、助けられたはずなのに死なれたらやっていけなくなっちゃうだろうな」
「それは私だって同じよ」
 アンルシアがこちらを向いた。
「兄様に生きていて欲しかった」
 そうだよな。
 オレは真っ向から眼差しを受け止めた。
 エテーネの村から時渡りしていく時の弟も、こんな顔をしていたかもしれない。
 ──行かないで。一人にしないで。
 聞こえずとも雄弁に叫んでいたあの目が、今も胸に刺さっている。
「そう言われたとしても……恨まれても、許されなくても。無事に生き延びてほしかった。勝手なのは分かってる」
 アンルシアはオレの兄弟ではない。
 代わりにしているわけでもない──と言いたいけど、やっぱり重ねてしまってるところはあるだろう。別人だと分かっていても、後悔は影みたいにつきまとう。
 勇者とは言え、己の手で兄を葬った少女にどう向き合ったら良いのか。
 奈落の門から帰ってきてずっと考えていた。情けないことに結論は出ず、ただ大事にしたいとだけ思った。彼女の言葉を受け止めて、彼女の状況を考える。それと似た経験がないか思い出し、寄り添う。それくらいしかできない。
「私だって、生きて欲しかったのよ」
「うん」
「兄様が大好きだった」
「うん」
「今だって大好きよ。勇者であってもなくてもトーマ兄様が大好き。影武者なんかしなくてよかったのに。大魔王との戦いがどんなに激しくても、たとえ世界が滅びかけたとしても、トーマ兄様がいるならば生きていけるって思ってたのに」
 俯いていたアンルシアが顔を上げた。
 泣きそうな顔をしている。でも、唇の端を上げて笑った。
「だけど、私の大好きなトーマ兄様だから、影武者の道を選んだのよね」
 アンルシアは立ち上がった。兄の剣の前まで歩いて行き、佇む。
 オレはその後ろ姿を見つめた。言葉なんて何もいらない。死者と話すには邪魔なだけだ。
 やがて彼女はくるりとこちらを向いた。もう笑っていた。
「私ね、もう墓石に刻む言葉を決めてあるの」
「聞いていい?」
「うん」
 アンルシアは朗々と読み上げた。
「『勇者であった兄トーマの遺志を受け継ぎ、盟友の手を借りて勇者になった姫アンルシア、ここに眠る』」
「オレまで入れてくれるのか」
「もちろん! いつも言ってるじゃない。私は守りたい人ができたおかげでここまで来れたのよ」
 アンルシアは胸の前で腕を組む。
「私のはじまりは間違いなく兄様なの。勇者の能力も心も決意も、兄様がいなければきっと成り立たなかったもの」
 王国の民はもう勇者姫アンルシアを受け入れつつある。その前にいた勇者トーマの記憶は次第に薄れていくのかもしれない。
 でも、と彼女は言う。
「私の物語では、トーマ兄様はまぎれもなく勇者トーマなのよ」
「そっか」
「だから一番の勇者が兄様なのは絶対変わらないわ。あなたは二番手勇者になっちゃうけど許してね」
「その話は! もういいって!」
 自分でも耳が赤くなるのが分かった。オレが顔を覆うと、アンルシアが笑う。
 鈴を転がすような笑い声の合間に、ありがとうと聞こえた気がした。





20200829 DQ小説同盟感謝祭に寄せる