07 少年A




 レック達はサンマロウを散策している。
 サンマロウは、花の町の呼び名にふさわしい街だった。
 燦燦と降り注ぐ太陽。
 その光を存分に浴びてきらめく、蒼玉の海。
 アイボリーの家並みの随所に花壇があり、愛らしい花が潮風に揺れている。
 風は、薄桃の花びらの重なったような歩道を優しく撫で、郊外の広野へと吹き抜ける。
 豊かな草原に風が立てば、群生する野生の花と若草とが波打つ。
 その様は、紅水晶やら玻璃やら翡翠やらといった淡い鉱石が転がるよう。
 宝石箱のような街だ、とレックは思う。
 大きな家も小さな家も、どことなくまろい柔らかさを感じさせる造りをしている。
 高家の令嬢が宝石職人に造らせた、ままごとの町。
 そういう印象だ。
「可愛らしい町だね」
 傍らで歩くアベルが言う。
 ソロが顔を顰める。
「カジノはありそうにねえな」
「カジノがなくても、知らない世界っていうだけで楽しいだろ。せっかくセントシュタインの外を歩けてるんだから、楽しもうぜ!」
「別に楽しんでねーとは言ってないだろ」
 レックは鼻歌交じりのスキップで先へと跳ねていく。
 遠くなる彼の背中を眺め、アベルが笑みを漏らす。
「すごく嬉しそうだねえ」
 ソロは肩をすくめた。
「よくもまあ、ああやって考えなしに、俺達みてーな知らねえ奴と一緒に知らねえ場所を歩けるもんだ」
「素直に感謝したらどうだい?」
 端正な顔立ちを、不思議な瞳が覗きこむ。
「君の望んでいた一人旅ではないけれど、こうやって毎日この世界を巡ることができているのはレックのお陰だよ。彼はちょっと能天気かもしれないけど、考えなしじゃない。ソロだって、分かってるだろう?」
「分かってるよ」
 ここ数日、彼らはクエストなしに世界の街をめぐっていた。
 事の始まりは、レックにある。
 先日行われたソロの報酬をめぐる一連の出来事の最中、レックは初めてセントシュタイン領の外の大地に降り立った。無論、それ以前に大魔王の地図攻略の途でいくつかの街を通り過ぎたことはあったのだが、強敵との戦いが控えていることもあって、気にする暇がなかったのである。
 しかし、ガナン帝国領を訪れたのをきっかけとして、レックの冒険心が再び疼き始めたのだ。
 レックはナインに取引を持ちかけた。
 ナインの望みを何か一つ叶える。
 世界に仇なすことがないよう、酒場に登録した状態でセントシュタインの外へ出る。
 行く場所は一日に一カ所だけ、ナインが指定した場所にする。
 出かける時はナインかノイン、もしくは二人が不在ならばリッカかルイーダに告げる。
 一人で旅をせず、大魔王討伐パーティーの誰かと共に行く。天使たちと一緒でも構わないが、彼らが不在でも手を煩わせるようなことはしないと誓う。
 移動手段には天の箱舟を使う。一日経っても帰ってこないようならば、ルイーダの酒場を利用して呼び出してくれて構わない。
 以上の条件付きで、見事セントシュタインの外へ出る許可を得たのである。
「酒場の契約つきっていうのは大きいよ。光と闇が生じる世界のほぼすべてに展開してる《酒場》との契約は、ナインとの個人的な契約よりも強力だ。ソロは、ルイーダの酒場を使ったことがあるかい?」
「ない。俺の世界にはなかった」
「僕もないよ。でもレックの頃にはあったらしいから、僕らが知らないだけで、どこかに酒場があったのかもしれないね」
 ソロは柳眉をひそめる。
「僕ら? アンタ──」
「『ソロさーん! お呼びよー!』って一声だけで、酒場に登録した人をその場にすぐ連れてきちゃうんだって。すごいよねえ。僕の世界には、馬車で連れていけない仲間の魔物を預かってくれるモンスターじいさんって人がいたんだけど、それと似てるなあ。もしかしたらモンスターじいさんも、酒場の仲間なのかも」
 アベルは自分を見つめる訝しげな紫の瞳に構わず、話し続ける。
「ともかく、レックの提案はみんなに得だ。世界の安全が守られる可能性も高いし、僕らも自由に歩き回れる。僕も子供たちへのお土産話ができて、万々歳だよ」
「アンタ、子供いるのか?」
「うん。二人いるよ」
 とっても可愛いんだ、とアベルは相好を崩した。
「聞く? 双子の男の子と女の子でね──」
「おーい! ソロ、アベル、早く来いよ」
 だいぶ先へ進んでいたために、姿の見えなかったレックが駆け戻ってきた。
「お前が先に行きすぎなんだよ」
「まあまあ。それより、もしかしたらカジノがあるかもしれねーぞ!」
「マジかよ!?」
 ソロの目の色が変わった。
 こっちこっち、というレックの弾んだ声と共に、二人は疾風のように駆けていく。
 小さくなって海へと溶け込んでいく二つの背中を、アベルは微笑んで眺め、
「生き延びてみると、何があるか分からないものだね」
 独り言ちてから、その後を追った。












続く