二人は強い子
オレの名はテリー。世界最強の剣士を目指して旅をしてるんだぜ。
昔は力を求めようとするあまり洞窟にいる魔物を皆殺しにしたり、悪魔に魂を売っちまったり、魔王の手下に成り下がって勇者一行と本気で殺し合ったりしたこともあった。懐かしい話だぜ。あの時期は力に目が眩みすぎて、周りが見えなくなってたんだよな。恥ずかしい過去だぜ。
それから勇者の仲間になり大魔王との戦闘を経て、オレはまた武者修行のため世界を放浪している。しかし、今はかつてのような力への飽くなき渇望はない。勇者一行と出会って大魔王やそれを上回る存在にも遭遇し、オレは「力」について、強さについて再び考え直したいと思っていた。
勇者とその仲間は強かった。大魔王も強かったし、あの破壊神は桁外れに強かった。だがそれぞれの「強さ」は皆違っていた。誰が一番強いのか、強者などいないのか、または「力」は何のためにあるのか。オレは、その答えを見つけたかった。そのために再び放浪の道を選んだ。
「……おい、どういうつもりだ」
「…………」
だが旅ってやつにはとことん予想外なことがつきものらしい。オレは当初、一人で身軽に世界をぶらり回る予定でいた。けれど祝宴を終え仲間に別れを告げレイドックの城門を出ようとした時になって、背後に佇む存在に気付いた。ソイツはオレよりも大きく強靭な肉体を持ち、そのくせオレより純粋で澄み切った真っ赤な瞳でオレを見つめていた。
「おい、ドランゴ」
ソイツの名はドランゴという。バトルレックスだ。雷鳴の剣欲しさにコイツをその子供共々葬ったのがそもそもの出会いなのだが、どういうわけかそれが決定打となってオレに懐いたらしい。バトルレックス族は強さを尊重し戦いを追い求めるとは聞いていたが、コイツは何故かオレを尊重する対象と決めたようだった。
オレより勇者や魔神の方が強いだろうに。そう言うと、奴は逞しい顎を引き結び頭を横に振った。
「ワタシ……テリー……ついていく……決めた」
ドランゴは言葉が上手くない。だからどうしてそう思うかを聞き出そうとしても、さっぱり考えていることが分からなかった。
「ワタシと……テリー、は……運命の……出会い……」
奴はバカの一つ覚えみたいにその台詞を繰り返した。それで、遂にオレは奴から動機を聞き出すことを諦め、同行を許したのだった。
*
癪な話だが、ドランゴはオレより強い。今は俺も様々な職を経験してるからただじゃ負けねえ腕にはなってるが、奴は職に就かずに上位蘇生呪文を操り強力な火炎を噴くことができ、しかも身体能力も魔力も人間とは一線を画していた。言うならば、生まれつきの戦闘エリートだ。大魔王を撃破する前、オレは勇者とコイツの両方に負けるまいと日々修練を積んでいた。奴らは天才で、対してオレは奴らの戦いを見る度に己の凡人ぶりを噛み締めていた。
だが、ドランゴ自身はそれを分かっていないらしい。
「ワタシ……ニンゲン……なりたい」
二人で野宿をしていたある日、奴は低くそう呟いた。オレは焚火に翳してあった焼き魚を放ってやりながら首を傾げた。
「何でだよ。人間になってやりたいことでもあるのか?」
「ニンゲン……強い……ワタシも、強くなる……」
「バカ言うんじゃねえぜ」
鼻で笑ってしまう。コイツはたまに面白いことを言うが、これは面白いを通り過ぎて滑稽だった。
「お前はもう十分強い。そんじょそこらの人間よりよっぽど強いのに、どうしてそれより弱い人間なんかになりたがるんだよ」
ドランゴはしばらく返事をしなかった。コイツは人語を正確に理解することはできるが、自分の喋りたいことを口にするのは苦手だった。身体の構造の関係で発声が難しいのか、はたまた言葉を人語に変換できないのか分からない。しかしこういう時は気長に待ってさえいれば、奴は自分なりに言いたい内容に近い人語を見つけて話すのだった。
しばらく薪の爆ぜる音が夜の静寂に響く。やがて、奴はギルルと唸って口を開いた。
「テリー、強い……テリーの友達、強い……ニンゲン、強い……」
「そいつはお褒め頂いて光栄だな。だがオレから言わせてもらえば、オレの方がお前みたいなドラゴンになりたいと思うぜ」
オレは皮肉な調子を混ぜて返す。ドランゴの頭についたヒレが、ぱたぱたとはためいた。
「テリー……は……強い」
「嫌みか?」
「イヤミ……何だ……?」
「もういい」
ドランゴは子犬のように純粋な眼差しでオレを凝視する。何となく面白くなくて、オレは最後の一口を頬張って櫛を後方に投げ捨てた。
「寝る。見張りの交代の時間になったら起こせよ」
既に用意してあった寝袋に身を滑り込ませる。ドランゴの視線を感じて、焚火に背を向けた。
「ワタシ……ニンゲン……なりたい」
まだ言うか。オレは目を閉じた。
「ニンゲン……に……なりたい……」
「テリー、テリー起きて!」
騒がしい声でオレは覚醒した。いつの間にか空が白んできている。起こせって言ったのに。いや、起きなかったオレが悪いのか。
上体を起こす。目の前に緑色の長い髪がさらりと流れた。
……ん?
「テリー!」
オレの下半身の上に少女が座っていた。健康的な色の瑞々しい肌が朝日に眩しい。彼女は目を合わせると、嬉しそうに溌剌とした顔立ちいっぱいに笑みを浮かべる。
「誰だッ!?」
オレは即座に剣を突きつけた。しかし同時にオレの耳元で風が唸る。
首筋に、見覚えのある戦斧が突きつけられていた。
「テリー、ワタシ人間になった! 言葉前より話せる! これで言いたかったコト、言える!」
戦斧を突きつけたまま、少女は喜色満面で叫ぶ。
「テリー、テリーは強い! ワタシ、それテリーに教える! テリー、世界で一番、強い!」
澄み切った真紅の双眸、片言の人語。オレは彼女が何者かを悟ると同時に、意識を手放した。
第29回ワンライ参加。お題「ドランゴ」選択。
20150104