僕らのお爺ちゃん




 旅の途中で、英雄がついて来ることになった。

 堅い口調に古めかしいサーコート、メルビンいう名前の彼はすらりと背が高く姿勢正しく、佇まいは紳士としてこうあるべきという様でありながら眼差しは鷹のように鋭い。

 はじめホットストーンから現れた時は正直がっかりしたんだけど、一緒に旅をしているうちにその印象を改めた。最初こそ勘が戻らなかったのか大変そうだったけれど、今では戦闘の時に戦況全体を見て適切かつ柔軟に動いてくれたり、長年の経験から様々な助言をくれるのでかなり助かっている。僕はそんな彼を尊敬しているし、こういう風に年を取れたらなあとも思っている。

 思っているのだが。


「何してんのよメルビーン!」


 フィッシュベルの平穏な空気に、マリベルの怒号が響く。続いて爆発音が二三回鳴り響く。

 メルビンは必死の形相で村の外へ向かい駆けていく。僕とガボは目の前を通り過ぎていく彼を、視線だけで見送った。その数拍後に通り過ぎた橙色の疾風は、なるべく目に映らないようにした。


「なあ、メルビン何したんかな?」

「さあ……」


 風がちゃんと止んだことを確認してから、ガボがこちらを見上げて問う。僕は曖昧に微笑み返すことしかできない。

 村の外で鳴り響く轟音は、次第に小さくなっていく。離れてってるんだ。こういう時は足速いなあ。まあ、普段の戦闘ではちゃんと――とりとめなく思考を流し始めようとした途端、距離が離れていることを感じさせない地響きが足に届いた。あ、当たった。僕は確信して、ガボに行こうかと促した。

 多分遺跡の方向だろうと判断して足を運べば、分かりやすく二人の追いかけっこの後が残っていた。大地に点々と開いた穴を追いながら、ああやっぱりマリベルを敵に回すとおっかないなあとしみじみと思う。母さんもそうだけど、どうしてフィッシュベルの女性はこんなに強くて怖いのか。父さんみたいな人ならまだしも、僕じゃあ絶対尻に敷かれること間違いなしだよ。どうしよう僕の人生。


「なあなあ、あれ平気だよな?」


 ガボの短い指が、前方を指す。黒煙を上げる塊に向かって、マリベルが腰に手を当て怒鳴りつけるように話しかけている。


「もうっ、聞いてるのメルビン! 返事しなさいよ!」

「無理だよマリベル。意識ないもん」


 僕が背中に声をかけると、マリベルは驚いた猫のように跳ねあがって振り向いた。全力疾走したせいか、顔が真っ赤だ。


「なっ、何よアンタ! いつ来たのよ!?」

「今だけど……」

「来たなら来たって言いなさいよね!」


 そんな無茶な。

 そういう的確なツッコミは、今のように狼狽えている彼女には通用しない。この場合の模範的な返事は「ごめんごめん」である。


「マリベル、メルビン何したんだ?」

「アンタは知らなくていいのよっ」

「何でだよー。オイラだって知りたいぞ」


 ガボは勇敢だ。いや、怖いもの知らずと言った方が正しいかもしれない。

 僕はマリベルにもういいか尋ねてから、炭化しなかったのが不思議なくらいのメルビンに癒しの呪文を唱える。するとさすが英雄、たちまち回復した。


「あいたたた……助かったでござる」


 メルビンはそう言いながら起き上がった。マリベルと不毛なやり取りを続けていたガボが、老戦士に駆け寄る。


「メルビン懲りねえなあ。今度は何したんだ?」

「しつこいわよガボ! いい加減あきらめなさい!」

「うーむ、ガボにも後学のために教えたいのは山々でござるが」


 それからメルビンは、ちらりとこちらを横目で見た。僕は背後を窺ったが、怪しい者もいなければ気配もしない。


「おなごとの秘密は必ず守るのが男でござる。今回は口を噤むでござるよ」

「えー、何だよ。マリベルとメルビンの秘密なのか」


 ガボが唇を尖らせる。マリベルは嫌な言い方するんじゃないわよと唇をへの字に曲げた。

 村に帰ろうと僕がさり気なく話題を逸らすと、マリベルは珍しく素直に従ってくれた。それでも、まだガボと愉快な会話を続けているけど。

 本当に二人の会話は面白い。少し遅れて歩きながらそのやりとりを聞いていたら、肩に手を置かれた。メルビンだ。


「わしとマリベル殿が何を話していたのか、気にならないのでござるか?」

「え? マリベルは聞いてほしくないんでしょ? なら僕は聞かないよ」


 本心からそう告げると、メルビンは節くれだった手を顎に当てて唸った。


「いや、誠にあっぱれでござるが……うむ」


 メルビンは何か考え込んでから、両手のひらを前に出すジェスチャーをする。


「男なら、たまにはこうグイグイっと押してみた方がいいでござるよ」

「それって、メルビンと話してたことについてマリベルに聞けってこと?」

「いやそうではなくて……ん? 待てよ……」


 何か思いついたらしく、目を輝かせた。僕に顔を戻して妙に真剣な面持ちで言う。


「基本的に若い者のことには口を挟むべきではないというのがわしの流儀でござるが、今回だけは余計なお節介を焼かせて頂こう。よいでござるか、いやよいやよも好きのうちと言ってな――」

「何こそこそ言ってんのよアンタたちッ!」


 僕とメルビンは揃って肩を跳ね上げて、何でもないと口を揃えて主張した。

 メルビンは色々頼りになるけど、勘違いされやすいオープンにスケベな言動だけは、倣っちゃいけないなあと思った。











第22回ワンライ参加。お題「メルビン」選択。



20141116