舵を取り波を越え




 みんなが騒いでいる。


 来るよ来るよ、精霊の大事な子が来るよ。
 来るよ来るよ、水に愛された子が来るよ。


 鳥はピーチクパーチク、リスはキキッ、猫は何も言わねえけど、耳を立てている。みんな敏感だ。オイラも動物だったから鋭いって言われるけど、みんなも鋭いな。動物はみんな、いつも気配に鋭いからな。

 でも、アイツのことはみんな分かる気がするぞ。アイツの雰囲気は独特だから、一番鈍い人間でもきっと分かる。


「よっ、珍しいな」


 声をかけられる前に振り向いたら、すっげー驚かれた。目をまんまるくして、それから糸みたいに細くする。


「久しぶりだね、ガボ。どうして分かったの?」
「みんなが教えてくれたぞ」
「そっか。そういうところまで、樵のおじさんに似てきたね」
「オイラはもとから、動物の言葉は大体分かるぞ!」

 そうだった、とにっこりする。旅してた時よりちょっと日に焼けて、背が伸びた気がする。でも、眉をちょっと下げて笑う癖は変わってなくて、オイラの知ってるままで安心した。

「なあ、マリベル元気?」
「この前会ったばっかでしょ。元気だよ、相変わらず」
「アイラは?」
「僕も昨日漁から帰ってきたところだから、分からないなあ……」
「みんなは、グランエスタードのでっけえ船が、北東の方に向かってったって言ってるぞ」
「北東? じゃあ砂漠の方かな。そう言えば、砂漠の国で式典があるって言ってた気がするから、それについて行ってるのかも」
「じゃあきっと元気だな! オイラは特に悪い噂、聞いてねえから」
「ガボさ、それだけ動物達から話を聞けるなら、僕にわざわざ聞くことないんじゃない?」
「でもオイラ、アルスの口から聞きたいぞ。で、たまには自分の目で確かめに行きたいんだ」

 だからたまに、マリベルんちとかアルスんちに遊びに行く。お城はちょっと窮屈だし、出てくるご飯の準備に時間がかかるからあんまり行かない。

 アルスんちはアルスがいなくてもアルスのかーちゃんがいて、オイラが行くと気前よく色々食わせてくれる。アルスのかーちゃんは料理が上手い。

 マリベルんとこは、行くと怒る。食費がとかぶうぶう言いながら料理してくれるけど、アルスのかーちゃんほど美味くない。でも美味くないとこをオイラが言うと、「じゃあ食べるんじゃないわよ!」って言いながら、次に行った時にはオイラが言ったところが直ってちょっと美味くなってる。だからまた行く。マリベルは料理の修業ができて、オイラも腹いっぱい食えるから、石つぶて一個で二羽のハナカワセミだぞ。

 そう言うと、アルスは笑ってるような、困ってるような分かりづらい顔をした。

「母さんはガボが来てくれると喜ぶから全然いいんだけど、マリベルそれ大丈夫なの?」
「マリベルのかーちゃんは花嫁修業って言ってたぞ」

 アルスは更に難しい顔をして唸った。

「まあ、そう仰ってるならいいけど」
「あとあんまり長い間行かないと、マリベルがちょっと優しくて怖いんだ」
「それは怖い」

 真面目な顔で頷く。オイラ達は、そろって噴き出した。

 それから、色んな話をした。オイラの仕事のこと、おっちゃんのこと、アルスの漁のこと、フィッシュベルのおっちゃんたちはすごいって話、しばらく見て回ってない世界の様子。

「メルビン、元気かなー」

 ブルジオのおっちゃんは変んねえらしいって話になって、ふとメルビンのことを思い出したから言ってみた。アルスの顔がちょっとかげった。

「神の兵として生きるのが、彼の望みだったからね」

 ちょっと寂しそうだな。すり寄ってきた猫を撫でるアルスを見て、オイラは何となくそう感じた。

「なあアルス、アルスは何で漁師になりたいと思ったんだ?」

 オイラが聞くと、びっくりしたみたいに頭を上げた。

「えっまあ……子供の頃から憧れてたからかなあ?」
「王様とか、神の兵とか、海賊とか、このえたいちょうより憧れるのか?」

 アルスはきょとんとした。アルス、もしかして何も聞いてねえのかなあ?

「みんなが色々言うぞ。アルスはすごい、キーファの妹とも結婚しないし、グレーテとも結婚しないし、他の姫様とか女王様とも結婚しない。どの王様の誘いも断って、軍にも入らないで、漁師になって。何でだろうって言われてるらしいぞ」
「あはは……噂って怖いなあ」

 苦笑してる。それから、うーんと考え込んでからこう言った。

「そうだねえ。僕はリーダーなんて性に合わないから」
「王様はリーダーか?」
「うん、そうだね」
「海賊のお頭もか?」

 アルスは頷いた。けど、オイラは首を傾げた。

 旅してる時、アルスはオイラ達のリーダーだった。マリベルにアイラ、メルビンがあれこれ言って、最後にまとめてこうしようって言うのはアルスだったし、戦いの時の中心はいつもアルスだった。

 なのに、リーダーは合わないのか?

「あれはみんなが積極的に色々意見を出してくれたから、僕が相槌打ってただけだよ。戦闘も僕が打撃職中心にマスターしてたから自然とそうなっただけで、僕が中心だったわけじゃない」
「そうかあ?」
「僕は、それより海に出て潮の流れを読んだり、世界中の海をまわって魚をたくさん取って、村に持って帰ってみんなが喜んでくれる方が好きなんだ」

 アルスの目は海みたいだった。深い深い緑色なんだけど、たまに魚の群れが泳ぐみたいにキラキラってするんだ。

 それを見てたら、何となくオイラはアルスは海なんだって気がしてきた。よく分からねえんだけど、アルスは海で、波で、魚で、船なんだ。よく分かんねえんだけど。

「そっか、アルスはホントに漁師が大好きなんだな!」
「まあ、そうだね」

 それに――って、アルスの口が動いたけど、声が小さくて聞き取れない。オイラは目を凝らした。アルスの唇は、こう動いていた。

 もう、いいんだって。

「アルスが漁師だと、オイラも魚いっぱい食べられるし嬉しいぞ!」
「うん、なら良かった」
「アルス、オイラまた魚食いに行くからな!」
「うん、うちで良かったら」

 アルス、アルスは本当にすげえんだぞ。すげえけど、アルスはアルスのいたい所にいて、行きたいところに行けばいいんだ。

 だから、泳いだらちゃんと帰って来るんだぞ。オイラ待ってるからな!













第23回ワンライ参加。お題「7主人公」選択。



20141123