面影




「待て! どこへ行くんじゃアイラ!」



 トゥーラの音色が途切れて、テントの幕が揺れた。
 途端、テントが白壁の城に変わった。その城門からのっしのっしと赤い青年が現れる。きりりと濃い眉はなんだか不服そうに吊り上がって、顎がちょっとしゃくれて唇もねじ曲がってる。海風に流れる金髪、大空を写し取ったみたいな青い瞳、険しい野山を行く旅人のようにいかり肩で歩く。今に見ていれば、彼はきっと僕を見つけて――



「なあ、どうしたんだ?」



 ガボの声で、僕ははっと我に返った。
 目の前の光景は、異国の集落に戻っていた。つかつかとこちらに向かって歩いて来るのは、見たことのない女性。長い黒髪は夜闇に溶けるよう、顔立ちは凛々しく、切れ長の瞳とふっくらとした唇が焚火に照らされ、濡れているみたいに瑞々しく煌めく。滑らかに焼けた肌としなやかで野性的な身のこなしが、豹みたいだ。



「……ううん、何でもない」



 彼女が僕らの横を、通り過ぎていく。嗅いだことのないスパイシーな香りが、僕の鼻をくすぐった。潮の香りじゃ、ない。そう思ってしまってから、自虐的な笑みを漏らした。
 僕は、何を考えているんだろう。いくら過去と全く同じ場所、同じ時間、同じ状況でユバール族の休息地に居合わせたからって、何で全く知らない女性と、彼を重ねるんだ。見た目も全然似ていないのに。マリベルがいなくなって、心細いのだろうか?



「チラッと見ただけでござるが、先程飛び出していったおなご……なかなか色っぽい美人でござった」



 メルビンがその女性の行った方を目で追いながら、唸るような声で言う。僕は知らぬうちに詰めていた息を吐き出して、苦笑を浮かべる。しかし、一度解けた不自然な強張りはすぐにまた僕の身に戻って来てしまった。



「さっき飛び出してったねえちゃんよう……なんか、なつかしいニオイがしたぞ」



 ガボはきょとんとして、丸い顔を傾けている。僕ははっと息を飲んだ。
 ガボも? と、喉から出そうになった声を抑える。いやでも、あまり物事を覚えるのが得意でないガボのことだし、誰か違う人と重ね合わせているのかも。
 そう思いながらも、気付けば僕の足は休息地の外へ向かっていた。スミに置けんなあと茶化すメルビンを、毎度の如く口元で弧を描くことで誤魔化して、僕は、全てが始まったあの夜のように、幼馴染の影を追いかけた。





(後書き)

第十五回ワンライ参加。お題「アイラ」選択。








20141012