王の思い出




※主姫、ククゼシ










「陛下、僕もお供させて下さい」

 わしがドルマゲスの手掛かりを追うと宣言すると、奴は命じられる前にそう志願した。

 かれこれ十年くらい前、我が城の近くに倒れていたところを発見してから住み込みでわしに仕えてきた奴は、ちょうど我が娘と同い年。人柄は良いが自分を出すことの少ない奴じゃったから、そう思いの外はっきりと言われた時驚いた。

 まあ、ミーティアとわしの二人旅じゃ心許ないからの。随伴を命じるつもりではあったのだが。

 そんなわけで奴と旅をするようになったが、いやはや奴は実に気が利く。わしがどこに行きたいと言えば、すぐ計画を立て旅程を組む。町に着けば、町に入ることのできないわしらのために食事を持ってきてくれる。道中必要なアイテムや装備品、金の管理も抜かりないし、戦闘も最初はやや心許なかったが、我が大陸を旅立つ今では堂々たる戦いぶりで、このわしでもほれぼれするほどじゃ。

 さすが我が王国の誇る近衛兵、頼りになる! こやつこそ、次のトロデーンの担う僕の中の僕じゃ!








「ヤンガス、ごめんね」

 ゲルダの奴から馬姫様を取り戻した夜、兄貴はちょっと萎れたご様子で俺に笑いかけて下さった。

「何がでがすか?」
「ヤンガスが折角ふるさとに連れてきてくれたのに、こんなことを起こしてしまって」

 自慢じゃねえが、俺の頭のめぐりは悪い。兄貴が何を謝ってらっしゃるのか分からねえ。

 それでも兄貴は辛抱強く、俺に何を仰りたいのか言って下さる。それでやっと理解できた俺は、ねえ首を勢いよく横に振った。

「そんなとんでもねえでげす、兄貴! そりゃあっしの方が謝んなきゃなんねえくれえで」
「ううん、ヤンガスのせいじゃないよ」

 自分がもう少し気を付けていれば良かったんだと、兄貴は仰る。そんな、とんでもねえ!

「兄貴はむしろあっしに怒るべきでがす! 兄貴、怒ってらしたでしょう!?」

 そう、兄貴は馬姫様が攫われて、物凄くお怒りでいらっしゃった。あんな怒ってる兄貴は初めて見たって、トロデのおっさんも言ってた。

 兄貴はいつも優しい喋り方をして、笑っていらっしゃる。多分意識してらっしゃるんだろう。酔いどれキントを問い詰める時なんて戦闘の時みてえなドスのきいた声で、面の皮の厚いキントの野郎もガタガタ震えるくれえだったから、きっとその気になればもっと。

「まあ、怒らなかったと言えば嘘になるけど……姫様は無事戻ってらっしゃったし、ヤンガスのせいじゃないし。君に怒るわけがないよ」

 そう仰ってにっこりする。

 兄貴はやっぱり、できたお人でがす。必要なく相手を威圧することはしねえ。蛙みてえな面のおっさんのために汗水流して働いて、あっしみてえな汚ねえおっさんにも良くしてくれて、ゼシカのねーちゃんがいきり立っても抑えるし、ナンパ野郎のククールにも優しい。

「あっしは一生兄貴について行くでがす!」

 宣言したら、兄貴はそんな大げさなと苦笑なさった。

 いやー兄貴っ、漢でがす!








「ゼシカ、怪我してるね」

 兄に少し似ているこの人は、優しい。戦闘が終わった時、結構きつい道のりを歩いた時、一日が終わる時。とにかく私達のことを気遣ってくれる。

 彼は敵にざっくりやられた私の腕を取って、回復呪文をかける。大丈夫よって言っても、傷が残ったらいけないからって、律儀に綺麗に治してくれる。お陰で私の大理石にも負けない肌は、まだ傷知らずだ。

「おい、ナイトであるオレの役を取るなよ」

 ウザくて赤い男が声をかけてきた。ごめん、なんて笑う彼の代わりに、私が刺々しく言っとかなくちゃ。

「誰がナイトなのよ。アンタは女の敵でしょ?」
「おおハニー、それは誤解だ! オレは騎士さ。それも、君だけのね」
「よく言うわ」
「まあまあ二人とも」

 彼は朗らかに笑って、くだらない私達の言い合いを制する。まったく、何でアンタ怒らないのよ。

「ごめんね、邪魔しちゃったみたいだ。折角ククールが、ゼシカに素直になれるチャンスだったなのに」
「ちょっとッ!」

 声を上げたのは私だけではなかった。私は不快さを隠さずケーハク男を睨むけど、全く気にしないらしく、ウインクされた。彼は軽やかに笑っている。

 彼は優しい。でも、時々意地悪。








「お帰り、ククール」

 名前も知らない愛しい女性との名残惜しい別れを演じてきたオレを迎えたのは、男だった。テンションはやっぱり下がるもんだが(こういうのは女の子がいいよな)、不思議と不愉快ではない。

 宿の前で白刃が閃くのを遠目に見て、コイツだろうとは思っていた。近づけば大当たり、我らがリーダーである。

「早いな」
「君もね。ちゃんと睡眠とった?」
「まーな」

 ここで呆れも怒りも蔑みも妬みもしないのがコイツらしい。

いつものことだが母親のようだ。とは言ってもオレの母はとっくの昔に他界しているから、母親が夜遊びしてきた息子にどんな声をかけるのかなんて知らないけど。

 我らがリーダーは幼い顔に浮かんだ汗を、肩にかけた布で拭っている。顔に似合って細い、しかし不釣り合いに筋ばった腕に抱えた槍をオレは眺める。

「よく飽きねえな」
「そっくりそのままお返しするよ」

 口にした言葉は皮肉に聞こえてもおかしくないものなのに、全く嫌味を感じさせない。冗談めかしたトーンのせいか、少女に似た笑みのせいか、はたまた人柄か。何にしても、どっかのイヤミな誰かさんに見習ってほしいもんだ。

「俺は目的と楽しみがあるから飽きないんだ。ククールもそうじゃないの?」
「確かに、レディーとの濃厚なひとときは何にも換えがたいな」
「うん、そうだよねー」
「何だよその顔は」
「早くイイ人が見つかるといいね」
「おい」

 何だよその、分かってますみたいな澄ました顔は。コイツ、まさか本当に察してんだろうか。

 ……癪だな。

「じゃあ、お前の目的と楽しみって何なんだよ」
「え、それは――」

 目もとがさっと赤らんだ。オレはわざと慇懃に、胸に手を当ててお辞儀して見せる。

「愛しい愛しいミーティア姫を、お守り申し上げるため」
「やめてよククール!」
「何でだ? 臣下として、だろ?」

 手がオレの背中をぶった。真っ赤になったコイツが面白くて、つい笑い声を上げてしまう。

 槍の石突きが音を立てて顔の上を過る。こえーこえー。駆け足で逃げ出した。

 朝焼けをバックにした軽い追いかけっこはそのうち戯れの手合わせになって、アイツのくすぐられたみたいな声が弾ける。

 真面目で、誠実で、腕が立って、思慮深い、よくできたリーダーは、でもまだまだガキなんだよな。おにーさんがたまにゃあ、こうやって遊んでやらねえとな。








「姫さまっ、どうかなさったんですか?」

 あれはたしか、お空の透き通って綺麗な日でした。

 ミーティアはお城でお勉強。言葉のお勉強、お国のお勉強、お作法のお勉強、お勉強、お勉強、お勉強。お勉強ばっかりで、疲れていましたの。

 少しお休みをいただいてバルコニーにお花を見に来たはずなのに、気が付いたらお空を見て泣いていたのです。そうしましたら、ちょうど通りがかったエイトが顔色を変えて駆け寄ってきて、私は急いで涙を拭いましたけど、でもばっちり見られてしまったようなのでした。

「ごめんなさい、お母さまのことを思い出していたら……」

 エイトは黙ってしまいました。エイトはちょうどその頃お城に来たばっかりだったのですが、ミーティアのお母様のことは聞いていたようでした。

 お母様は、エイトが来るより少し前にお亡くなりになったのです。幼い私は寂しくて寂しくて、お空を見ては優しかったお母様を思いだして泣いていたのでした。

「お母さまは、ちゃんと女神さまのお膝元に行かれたかしら」
「……きっと」
「神父さまは仰ったわ。生きている者はみんな、年を取ると女神様のもとへ行ってしまうのですって。お父さまも、今にお母さまみたいにミーティアを置いて行ってしまうんだわ。お城のみんなも、私よりずっと年上だもの。先にいなくなってしまうわ」

 じわじわとエイトが滲んで、お空に城の輪郭が溶けて、本当にお家やみんながお空に吸い込まれてしまうような気がして、私は恐怖しました。

「そうしたら、ミーティアは一人ぼっちになっちゃう……」
「ボクはっ」

 急にエイトが大きい声を出したから、私はびっくりしました。びっくりしたせいで目の雫が飛び散って、世界ははっきりとした形を取り戻しました。

「ボクは姫さまと同じくらいの年だから、ずっとそばにいます! 姫さまは一人ぼっちになんてならないです!」
「……ほんとう?」
「はい、本当です!」
「本当の本当に?」
「本当の本当に!」

 ミーティアは嬉しくて、何度も何度も聞き返しました。エイトは真面目な顔で、辛抱強く何度も何度も頷いてくれました。あまりに熱心に聞いてくれるので、友達のいなかったミーティアは、その時初めてこれが友達というものなのかなと思ったのを覚えています。

 子供の約束なんて、と思うでしょう。でも、これが彼の優しいところ。それからもう十年の月日が経った今でも、エイトはその約束を守ってくれているのです。

「そんな昔のことをよく覚えてらっしゃいましたね」
「エイトだってそうよ。覚えていたのね」

 あの頃は私と同じくらいの背だったエイトは、もうずっと前に私より頭一つ高いくらいになってしまいました。声も低くなって、体つきもしっかりとして逞しい。

 けれどあの約束のことを口にすると、あの時と同じように眉を下げた笑顔を見せてくれました。エイトは変わっていない。それを確認して、私は嬉しくなります。

「勿論です。ですが、僕だけだろうと思っていたので……」
「まあ、そんなひどい」

 申し訳ありませんと言うエイトは、何故か微笑んでいます。

 エイトは変わってない。それは嬉しい。でも、言わなくちゃ。そのためにこうして人間に戻れる久しぶりの貴重な時間に、お父様に席を外していただいて、みんなにも離れてもらってるんだから。

「ありがとう、エイト。私とお父様の呪いを解くため、大変な旅を続けてくれて」

 エイトは眉を上げました。私は勇気を出してその顔を覗き込み、ずっと考えていた言葉を続けます。

「大丈夫ですか? 疲れ果てていませんか? もしそうなら、もう旅をやめてもいいのよ。お父様がひとり言のように、このミーティアに話しかけました。エイトにはエイトの人生がある。いつまでも、わしらにつき合わせるわけにはいかないのお……って」

 身体から泉の力が抜けていくのを感じます。私は急いで、一番言わなければならないことを唇に乗せました。

「ねえエイト。貴方は自分の道を行ってもいいのよ」

 最後の音が唇を離れた時、私はまた馬の姿に戻っていました。もう、次はいつエイトと話せるか分からない。悲しくて、下品でない程度に軽くヒンと鳴きました。

 エイト、もっと言いたいことがあったのに言えなかったわ。私、エイトに申し訳ないと思ってるの。最初は私の遊び相手として、次は私の近衛兵として、お城にずっと縛りつけられてたでしょう? エイト、本当は他に行きたい所があるんじゃない?

 いいのよ、好きな所に行って。私の我が儘でずっと縛り付けてきてしまったけど、私、こうしてお馬さんになって外に出て、やっと分かったの。世界は広いわ。エイトが生きる場所も、トロデーン以外に絶対あるはず。

 ごめんなさい、そんなことにも気づかなかった幼い私で。

 ありがとう、そんな私に付き合ってくれて。

 エイトの表情は、心なしか硬いように感じられます。そんな顔しないで、と言いたい。馬になると言いたいことが嵐のように噴き出してきて、頭が破裂しそうになります。だけど、喋ることはできない。こんな時ほど、私は呪われた身を苦しく思うのです。

 じっとこちらを見つめる黒い双眸に映り込んだ光が、燃え立つように揺らめきました。

「僕は、誰かに生き方を強いられたことはありません」

 静かに優しく、しかし確固とした口調で、エイトは頭を垂れます。

「貴方が僕をいらないと仰るその時まで、お傍にいさせてください」

 いらないなんて、どうしてそんなことを言うの。

 問いかけたくとも、私は馬。せめて精一杯の「そばにいて」を込めて、頷くことしかできないのです。

 エイトは風のない夜より、ずっと穏やかな人。けれど時々その黒い瞳に、篝火よりも遥かに激しい炎が宿ることを私は知っている。

 それがどうしてなのか、ミーティアには分からないのです。











Ⅷ10周年感謝SS



20141214