不届きな純情




※主姫







 貴方に初めて出会った日のことを、今でも覚えている。



「ねえ、あなたはなんてお名前なの?」



 見知らぬ広い広い部屋に連れて来られた僕に、貴方はそう尋ねた。キラキラ輝く翠玉のような瞳、白百合の花弁に似た形の良い顔、邪気の欠片もない笑み。
 僕は面食らった。



「え、えと……」
「まあ、エイトと言うのね! お父様、エイトですって」
「ほう。誰が聞いても名を答えなかったと言うのに」



 陛下が不思議そうに僕をご覧になった。
 いや、単純に思いだせなくて迷って出た声だったんだけど。
 それで僕はまた困ったけど、エイトエイトと嬉しそうに繰り返す貴方の声を聞いていたら、そんな名前でもいいかなって気になれた。何より、雲の上で天使が奏でる鈴のような、透き通った彼女の声で自分の名前が呼ばれると、自分を思い出せないことなんてどうでもよく感じられた。



 あの日、貴方は僕に個をくれた。世界をくれた。
 世界をくれた貴方は、すぐに僕の世界の中心になった。



 貴方が望むなら、僕は貴方の剣となりましょう。
 貴方が望むなら、僕は貴方の盾となりましょう。



 貴方への忠誠と口に出せぬ思いを胸に秘め、ずっと貴方の幸せを祈って生きてきた。



 そんな貴方が、僕の世界から消える日が来た。



「サザンビークへ嫁ぐことで、ミーティアも王族としての義務を果たします。だからあなたも……この先もどうかお父様につかえ、トロデーンのために、今までどおり尽くしてください」



 出会った頃より更に可憐に、眩いほどに美しくなった貴方は、悲しげに微笑む。


 違う、そんな顔をして欲しかったんじゃない。
 僕は貴方に個をもらったのに、貴方に僕は個をあげることはできないのか。



 百花がトロデーンを彩る季節、ひときわ清らかな華が去る。
 もう一度、この城を茨が覆えばいいのに。僕はそんな罰当たりなことを考えた。











第九回ワンライ参加。お題「Ⅷ主人公」選択。



20140831