そんなひどい
※主人公が浮気性です。いつもの姫に忠実なエイトとは別人です。主姫でクク主でその他×主をにおわす部分があって、更に主←ゼシからククゼシ気味なギャグにも修羅場にもなり損ねたブツです。某名作をパロディしたようなセリフもあります。
どうか、引き返してください。
リンーンゴーンリーンゴーン。
聖地ゴルドに鐘の音が響き渡ります。いつもは静粛かつ厳かな雰囲気を漂うこの地が、今日は浮足立っています。それもそのはず、今日は世界で一、二番に大きい国の跡を継ぐ王子王女の結婚式があるのです。特にトロデーンからやって来た花嫁の方が、この世で最も美しいと称される美少女とあっては、見ないわけにはいかないでしょう。
誰もが興味と期待を胸いっぱいに大聖堂へと向かいます。しかし宿にあるある一室だけは、殺伐とした空気が流れていました。
「……いい加減はっきりしなさいよ」
部屋にいるのは四人。青いシャツ一枚を纏った純朴そうな青年と、銀髪に同じく何故か赤いズボンしか穿いていない銀髪の美青年、全体的に輪郭の丸い男、そしてその赤毛と同じ色に美しい顔を染めた美女です。さきほどの台詞を放ったのはそのうちの紅一点です。そしてその視線を受け止めたのは、純朴そうな青年です。
「ゼシカ、何のこと?」
「何のこと? じゃないわよ!」
小首を傾げた彼に、ゼシカは声を荒げました。
「アンタの本命は一体誰なの!?」
「お、おい……ねーちゃん落ち着くでがす」
「落ち着いてなんかいらんないわよ! だってヤンガス!」
ゼシカは自分を宥めた小太りの男をきっと睨み付け、刺さんばかりに二人の青年を指さしました。
「アンタの慕ってる兄貴は! 姫とイイ感じになっていながらその裏でこの馬鹿男とアンアンハンハンしてたのよ!! しかも姫があのブタとくっつくかもしれないっていう前日の夜に!! これのどこが漢なのよ!?」
「まあまあハニー。そんなに怒ると可愛い顔が台無」
強烈な往復ビンタが銀髪を襲いました。宿のフローリングに勢いよく背中がめり込み、赤い足が床から生えてしまったのを見て、ヤンガスは彼女の得手とする双竜打ちを思い出しました。
「ふっざけんじゃないわよ!! 私が何も知らないとでも思ってるの!?」
ゼシカの眦は吊り上がっています。だって、ことの次第が発覚したくだりを思い出すだけでも腹が立つのです。
それは、今朝方のことでした。身分こそ違えど親しい友人であるミーティアのこれからを考えて、眠れぬ夜を過ごしていたゼシカは窓を開けて星空を眺めていました。すると、どこからともなくこの聖地に相応しくない音が聞こえて来たのです。普通なら聞かぬふりをするところ。けれど空を伝わる声、聞き覚えのある名前に、彼女はまさかと思いながらも音の出所を探ってしまいました。
その結果、知りたくもないことを知ったのです。
「アンタが何を言ってたか、私聞いたわよ。放したくない盗られたくない、離れたくない……」
床下から這いあがって来た男の顔は、出血しているせいもあってか青ざめていました。色男のその情けない様を見て、彼女は余計に腹が立ちました。
「盗るも盗らないもないわ! そもそもこの人はアンタのじゃない!!」
自分達を率いて来たリーダーの部屋で何が起こっているのか悟った時、ゼシカは猛烈な怒りと悲しみを覚えました。彼女はかつて、この純朴なお人好しが好きでした。大好きだった死んだ兄に、少し似ているところがあったからです。だけど彼と姫が思い合っていることを知り、淡く恋とも知れない心を掻き消しました。
ククールのことも、最初は気に食わない奴と思っていたけれど、彼の様々な面を見て嫌いじゃなくなっていました。寧ろ、好意的に思っていましたのに。
「何か言いなさいよ!」
ゼシカに怒鳴られて、俯き加減だった純朴そうな顔がびくりと跳ねました。
「アンタはミーティアに好きって言ったんでしょ!?」
「う、うん」
「じゃあなんでククールと――」
「僕、姫のこともククールのことも好きだよ」
ゼシカは愕然としました。台詞のせいではありません。彼のお人好し然とした黒いつぶらな瞳に、何の反省も後悔も、それどころか悪意すら浮かんでいなかったからです。
「僕は姫のことが好き。トロデ王も好き。ククールも好き、ゼシカも好き、ヤンガスも好きだよ。大好きな皆には幸せになって欲しいし、一緒に幸せになりたい。だから姫が結婚して幸せになれないなら僕、結婚式を妨害するし、姫が僕と一緒がいいって言うなら結婚する」
「ま……待って」
ゼシカは狼狽えていました。まさかずっと一緒に旅してきた、ちょっと抜けてはいるけど頼れるリーダーが、こんなトンデモ理論を展開するとは思ってもみなかったのです。
いやいや待ちましょう。ゼシカは自分に、心の中でもう一度そう言い聞かせました。
これはもしかしたら、この人が好きという感情を勘違いしているだけかもしれない。
「ねえ、ミーティアのことはどう思ってるの?」
「姫のことを思うと、胸がぽかぽかするよ」
リーダーは頬を僅かに赤らめました。もしや、という期待がゼシカの中で頭を持ち上げます。
「ククールのことは?」
「ククールのことを思うと、ぽかぽかするよ」
「……トロデ王のことは?」
「ぽかぽかするよ」
「……ヤンガスと私」
「うん、ぽかぽかするよ。だから僕、皆にぽかぽかしてほし」
「アンタ馬鹿ぁ!?」
そう叫んでリーダーの胸ぐらを引っ掴んだゼシカは、既にテンション50の状態でした。ヤンガスもククールも悲しげな顔をしています。ククールはそれより、悲痛の方が近いかもしれません。
「博愛主義者きどりもいい加減にしなさいよ!! それはもう愛ですらないわ!!」
「僕はみんなのこと、ちゃんと好きだよ」
「好きの意味分かってんの!?」
「好意に値するってこと。僕レティスに乗せてもらって色んなとこに行って、色んな人に教えてもらったよ。心も体もひとつになるってきもちいいことなんだって」
その瞬間、ゼシカの目の前は事実真っ白になりました。
聖地ゴルドは、またなくなりました。謎の大爆発が起こって、滅んでしまったのです。
何が起こったかなんて誰も知りません。生き延びられたのは、トロデーンの王族親子をはじめとしたほんの一握りだけ。
その中の一人、赤毛に巨乳の美女は、満身創痍で帰宅した際に母親に対してこう言ったと言います。
「なんか楽になったわ」
20140901