足るを知れ




 何故、何故だ。

 ドルマゲスは地に伏して、愕然としていた。この闇に守られた地で、何故この暗黒神の力を我が物にした私が、こんな四人の愚者に負けたのだ? 何が劣ったと言うのだ。解せぬ、解せぬ。


 ドルマゲスは暗い少年だった。声は小さくぼそぼそとして、肌は白も過ぎて病的、背の高さだけは誇れるものの、姿勢も肉付きも悪いため、立ち姿は枯れ木のようでものであった。さらに顎が異様なまでに長く大きく、目立つこと限りない。それで彼は、やたらこの容姿のことで他人に嗤われた。

 臆病な少年は自身を笑い者にする同年代の友人達を嫌い、代わりに書物を友とすることで楽しみを得た。来る日も来る日も書物を手にし、遊びもせず文字ばかり目で追う少年のことを、大人達は気味悪がった。加えて、彼が自分達よりなお知識を持っていることを知ると、もっと距離を置くようになった。そして気が付けば、ドルマゲスは一人になっていた。

 だが、彼は気にしなかった。書物はいつしか彼の友ではなく、その周りを取り囲む高き城壁となっていたのだ。博覧強記の青年となる頃、ドルマゲスは教養なき市井の民を自身の居城から見下すようになっていた。蔑みで嫌らしく垂れた青年の目を嫌って、人はなおさら彼を疎ましがった。

 彼を弟子とした偉大なる魔法使いでさえ、何故か認めてくれなかった。いつも叱り飛ばしてばかり。どんなに書物を読み、学問に励み、呪文を完璧に詠唱しても、褒めてくれることは滅多になかった。心がどうだの、お前の魔法はどうだのと言うことの、下らないこと下らないこと。

 それを見破られたか、ある時彼は師匠の家から追い出された。ああ、見る目のない愚かで高慢な老いぼれめ! ドルマゲスは勘当同然のこの行動に憤った。いいだろう、それならば無理に認めさせてやる。見ていろ。

 そして、ドルマゲスは生まれ変わった。白塗りに紫のメイク、毒々しい服、ずっと憧れてきた笑いと皮肉あふれる道化師になって、かつて師の先祖が封印したという、トロデーン城の秘宝を奪い取ったのだ。

 素晴らしい魔力! 杖を手にした途端、彼は高笑いを抑えきれなかった。何せ、ついに師はおろか、何人も超えられない巨大な力を手に入れたのだ! これが快感でなくてなんだろう?

 ドルマゲスは恍惚として、杖の導くままに激昂する師や若い戦士、老聖者などを殺した。余裕を持って高みから人を嬲るのは楽しかった。もう、誰かに見下されることはない。
 この時まで、そう思っていた。



 ――だから言ったのだ、この不肖の弟子め。

 目の前から四つの旅人の影が消え、不意に懐かしい姿が浮かんだ。あの、偏屈な師匠だった。

 ――お前は既に多くのものを持っておったのに、他者を嫉むあまり目が曇り、全てを無駄にしてしまったのじゃ。

 全く、暗黒神にまで利用されよって。毒づく師匠は、背を向ける。すでにかなりの高齢であるというのに、曲がることを知らないその背中。ずっと見て来たそこへ、ドルマゲスは手を伸ばし。

「足りぬ……には……まだ……」

 突如眼前へ現れた暗闇に指が触れた刹那、濁った瞳から光が消えた。







※第4回ワンライ参加。お題「ドルマゲス」選択。