いつかの閃光




※クリア後閲覧推奨。






























 ロトゼタシアの中心、世界樹をいただく始祖の森、北西果てに古びた塔がある。いつ、誰が、なぜ建てたのか、誰も知らない。そもそも塔のある場所は、人が足を踏み入れるには厳しい原始の森の深奥。海側から向かうにも、始祖の大陸北辺は断崖。だから塔の存在自体、鳥のように空を飛べる者でもないと知りようがないのである。
 塔は奇妙な作りをしている。外装について、ある者は使い古された見張り台のようだと言った。またある者は城の外郭の一部、また別の者は時計塔、灯台、煙突などと評した。土気色の煉瓦積み。壁面には金の線で所狭しと謎の意匠が描かれている。ある箇所には太陽に似た絵、ある箇所には文字らしきうねりと計算式らしき記号。何か目的があって書かれたものが、てんでんばらばらに散らばっている。幾何学的と言うより、散文的に近い。
 内装はもっと不可思議で、劣化せず陽光を集める無数の窓、おのずから黄金に輝く壁面、螺旋を描くリボンがきれぎれになったような通路、それを繋いで飛ぶ歯車型の移動装置、天井から無限に光の粒を降らし続ける巨大な砂時計など、その奇妙さをあげればきりがない。
 誰が建てたのか。どのようにしてできたのか。どうしてなのか。何があったのか。
 塔のことは何も分からない。何か役割があったのだろうが、有意義に使う者がいない以上今さら意味など問うても仕方なかろう。
 だからこの塔は、「忘れられた塔」と呼ばれている。



 ところで近頃、この塔に通う奇特な客ができた。
 首回りに垂らした亜麻色の髪、佇む姿勢、眼差し、何をとっても癖のないまっすぐな青年である。
 彼は時折ここに来た。仲間と共に訪れることもあるが、たいていは一人である。天辺にある時の祭壇まではいかず、きれぎれに宙に浮いている廊に座り、塔の内部にぼんやりと満ちる金の煌めきを眺めていた。そうやってしばらく座るだけで、何もせず帰って行った。
 座る時間が長くなる時は、仲間が迎えに来た。仲間は一人座り込む彼を見つけ、いつも何か言葉を発する。
 塔の内部、くすんだ黄金に輝く壁面は、彼らが言葉を交わす様を束の間映す。







 ある日、少女と乙女が迎えに来る。
「まだここにいたのね! もうやることが済んだの?」
「まあ……」
「お姉様。あまり急かしてはいけませんわ」
「でも用は済んだんでしょ?」
「うん」
「終わったなら行きましょ。セニカさまだって、あんまり長くお客さんにいられたら困っちゃうわ」
「そうだね」
 青年は頷き、立ち上がる。







 ある日、旅芸人と英雄が来る。
「ここの光、キレイね。よく分からないけど、見とれるわ」
「人ならざる美しいものというのは存在するのだな。こうして旅をするまで知らなかった」
「やだグレイグちゃん。美しさが分かるようになったなんて、進歩じゃな~い」
「俺にも感受性くらいある」
「じゃあ、どうキレイなのか言ってごらんなさい」
「急な無茶ぶりはやめろ」
「えー?」
「だいたい、光など見えて見えないようなものだ。すぐに変わってしまうし、形もない。それを言い表すのは難しい。そう思わないか?」
「うん」
 青年は瞳を伏せた。







 ある日、武闘家の女と老爺が来る。
「よくここに通っておるようじゃな」
「気になることでもあるの?」
「うん」
「無理もない。この建物は謎だらけじゃ。神の民のものでもない。大昔の存在が時の化身として生き続けている。わしもこのようなものは全く見たことがない」
「砂時計を見てるの?」
「うん」
「どうして?」
「あの光は、いつの間にか消えてしまうから」
 青年は微笑んだ。







 ある日、盗賊が来る。
「よぅ」
「うん」
「オレも座って良いか」
「もちろん」
「…………」
「…………」
「…………」
「……カミュは」
「うん?」
「ここに世界の時間が集まってるみたいだって、前に言っていたね」
「あ-。はは、忘れてくれよ。大した考えなんざねえんだ」
「たとえばあの降ってくる光が世界の時間だとして」
「うん」
「どうして時間はあんな形をしてるんだろうって考える、そういうことをずっとしてるんだ」
「へえ。答えは出たか?」
「……分からない」
「そうか」
「でも」
「…………」
「あの光を見てると、楽しかったことをいっぱい思い出せる」
 青年は天を仰ぎ、目を細めた。







 忘れられた塔の壁面はくすんだ黄金の輝きを纏っている。
 塔の天辺から降り注ぐ光の粒子の、細かな細かな粒が霧散して、壁面に辿り着く。悠久の経過と共に、光はやや翳りを帯びる。
 それでも塔は、今日この日も静謐な輝きを放ち続けている。







20200808