がーるずとーくupでーと!




 一つの任務を終えて、また次の任務に出掛けるまでの隙間時間。
 談話室で三人の戦士がくつろいでいた。サンドラ、ソフィア、ノインの三人である。サンドラとソフィアはソファに座ってぼんやりとし、ノインはカウンターの帳簿を眺める。そんな、互いを気にせず思い思いに過ごす、気の抜けた時を共有していた。
「ときめきを知りたい」
 ふと、ソフィアが呟いた。
 サンドラが驚き、対面へ座る同僚を見る。
「どうしたの。急にそんな、トチ狂った死刑囚みたいなことを言い出して」
「えっ。そんなに変?」
「自分の普段の言動を思い返してよ」
「別におかしなことなんて言ってないもん。最近、胸の高鳴るような戦いをしてないなと思っただけだもん」
「あ、本当だ。いつも通りね。ごめんなさい」
 サンドラはおざなりに謝ってから宥めるように言う。
「仕方ないでしょ。貴女は強いもの。それに、命を賭けた任務がたくさん飛び込んでくる状況だったら、世界が大変なことになってるってことでしょう。平和が一番よ」
「それはそうだけどぉ」
 ソフィアは唇を尖らせる。
「でも、戦いのときめきが一番の楽しみなんだもん」
「そもそも貴女の言うそれって、本当にときめきなのかな」
「え?」
「強敵との戦いで高鳴る鼓動って、つまり命を賭けてることによる緊張と高揚だよね」
 吊り橋効果に近いもののように思うけれど。
 サンドラの言葉に、ソフィアは首を傾げる。
「それがときめきってものなんじゃないの?」
「いや。喜んだり期待したりした時に起こるものがときめきのはず」
「なら合ってるよ」
 盛夏の髪が縦に振られる。
「私は、命を削り合うほど激しい戦いを期待してるんだから。立派なときめきだって」
「あー。そう言われると、条件的には合ってるのね」
 すると、カウンターで耳をこちらに向けていたらしいノインが言った。
「サンドラさんは、どんな時にときめきを覚えますか?」
「私?」
 ノインは首肯する。
「ソフィアさんは死闘にときめき、私は世界の可能性にときめく傾向にあります。このことから、ときめきは個人の感性に依存する性質が強いように考えましたので、サンドラさんの実例を聞いて確かめたくなりました」
「なるほどね。でも、悪いけど私は参考にならないよ」
 サンドラは言う。
「だって、私はときめくことがないから」
「え?」
 今度はソフィアが目を丸くする番だった。
「ない?」
「うん。何かを楽しみにするって感覚が薄いみたい。予定を組むことはあっても、期待をすることはほとんどないから」
 落ち着き払った言葉を聞き、ソフィアとノインは顔を見合わせる。その後、二人揃ってサンドラに訊ねた。
「大丈夫? 人生楽しい?」
「今度一緒に世界巡りをしましょう。新しい世界の可能性を見つけるとドキドキしますよ」
「急に何。楽しみがなくたって、人生惰性で過ごせるでしょ」
「うわあ。魔王を二回、神竜を一回倒してる英雄の口から出た言葉とは思えない」
 その時、玄関の扉が開け放たれた。
 現れたのはミーナである。彼女は自分の世界からやって来たばかりのようで、見慣れない旅装で身を包んでいた。
「こんにちは。今日は三人とも、任務じゃなかったの?」
「今、待機時間なんだ」
 ちょうどいいところに来てくれた。
 愛想良く挨拶する彼女を前にして、ソフィアが身を乗り出す。
「ねえ。ミーナはどんな時にときめく?」
「えっ? いきなり何」
 ミーナは戸惑った様子だったが、考え込みつつも答える。
「うーん、そうだなあ。おしゃれな服を見た時とか、職人仕事が上手くいきそうな時とか。親しい人と出かけることになった時も、そうね。好きなものとか楽しみなことがあると、ときめくかな」
「これだ」
 サンドラは思わず呟いた。
「これだよ。これこそ、私が世間で聞いてきた女子のときめきだ」
「わあ、すごーい!」
 ソフィアが目を輝かせて立ち上がる。
「これが普通の女の子ってやつ? 初めて見た!」
「ちょっと待って。本当に何? あたし、褒められてる?」
 ミーナは訝しむ眼差しをノインへ送る。少女天使は笑顔で答える。
「大丈夫です。ミーナさんは今、希少性を認められたのです」
「何の?」
「サンドラさんは使命と惰性で生きる哀しきバトルモンスター。ソフィアさんは命の危機と胸の高鳴りとが結びついてしまった哀しきバトルモンスター。そして私は天使にも人間にもなれない哀しきモンスター。つまり、この止まり木の女性陣において、ミーナさんは唯一の普遍的人間女性だということです」
「はあ」
 ミーナは首を捻る。さっぱり分からないという顔だ。
 そんな彼女に、ソフィアが詰め寄る。
「ねえ。恋は? 恋のときめきは体験したことあるの?」
「なっ……」
 ミーナの目元がさっと赤らむ。
「それは、その」
「ねえ、どうなの? あたし、身の周りにまともに恋してる女の子がいないの。自分の仲間もそうだけど、この中で唯一結婚してるサンドラもときめいたことないって言うし」
「え。そうなんですか」
 ミーナが弾かれたようにサンドラを見る。
 端整なポーカーフェイスが縦に振られる。
「うん。うちの場合はない」
「うわあ。旦那様に聞かれたら泣かれそうなほど温度がないですね」
 ノインが笑顔で述べる。
 ソフィアはミーナの肩を揺さぶる。
「ねえねえ、その様子だと恋したことあるんだよね? 恋って実在してるんだよね? 恋のときめきってどんな感じ?」
「分かった。答える。答えるから揺さぶらないで」
 肩にかかった腕を下ろし、ミーナは溜め息を吐く。
「あたしだって、そんなに詳しいわけじゃないんだけど。多分、好きな服や趣味と向き合うのと似たような感じ。ただ、その人とすること全てが楽しみになるから、楽しみなことの量が増えるかな」
「ふーん」
「でも、相手がいるから、楽しいだけでもいられなくて」
 ミーナは視線を他所へと流し、困ったような笑みを浮かべる。
「ときめきが強いほど、『いつか旅先で死んだらこの人を置いていくんだろうか』って思わされる。それが難点かな」
 しん、と場が静まり返った。
 ソフィア、サンドラ、ノイン。全員ミーナを真顔で見つめている。
 ミーナは慌てる。
「ご、ごめんなさい。白けさせるつもりはなかったんだけど──」
「すごい」
 ソフィアが呟いた。
「戦闘に、まだあたしの知らないときめきがあったんだ」
「え?」
 目を瞬かせるミーナのもとへ、ノインが駆け寄ってきた。両手をきゅっと握り、顔を覗き込んで言う。
「大丈夫です。ミーナさんは日々努力されています。きっと帰れますから」
「ええ?」
 ミーナは視線を残る一人へ転じる。
 サンドラは依然として座ったまま、大きく頷く。
「ちゃんとブレーキのついてる同性の戦士が来てくれて嬉しい。これからもよろしく」
「ええ……?」
「ねえ、女子会しようよ!」
 ソフィアが声を弾ませる。
「次の空いてる日、教えて」
「私はいつの何時でも行けます」
「今週なら明後日以外無理。その後は──」
 周囲で急速に予定が固められていく。目を白黒させるミーナは問われるままに予定を答え、気付いた時には新たな会の一員に組み込まれていたのだった。





20240805