突撃!未知の仲良しさん
※ちょっと肌色注意。
※ちょっとNLCP要素有。
ある日、イレブンさんが言った。
「不死鳥パーティーのみんなには、相棒っているの?」
それはちょうど晩飯をみんなで食っていたタイミングだった。
俺達は十四人の大所帯だから、食事の時は大抵それぞれが好き勝手に喋っている。二人くらいのペアで話していたかと思えば、気付けば全員で同じ話題について話していることもざらだ。逆も勿論ある。
その時は俺が端の席に座っていて、隣にはイレブンさんしかいなかった。新入りの隣はアベルで、ちょうど反対側に座ってるアルスとモンスターパークの話で盛り上がってた。周りの連中も話題に乗っている。だから、俺しか聞く相手がいなかったんだろう。
「あー。いるんじゃないですかね」
「アレンの相棒は、誰?」
聞き返されて、ちょっと考えた。
相棒。よく一緒に何かする奴。なんとなく、息が合う相手というイメージもある。
すぐに思いついた。
「俺のところの世界の奴です。まだ、アンタは会ったことないと思います」
「旅の仲間?」
「はい。たまにここにも来ますよ」
魔王を倒したチームのリーダーみたいな奴らが集まるこのパーティーに、何故か俺は俺の世界の代表みたいな感じでよく参加している。
でも俺は、全てにおいてリーダーなんかじゃなかった。スタミナが取り柄の俺が生き残る確率が高かったからチームの先頭に立ってただけ。あとは、この不死鳥パーティーでのクエストに一番向いてそうなのが俺だったからここにいるだけだ。
俺達のチームは、誰が率いるとかついていくとか、なかった。三人で一つだった。
だから、よく他の二人もここに来る。
そのうち、相棒と言われたらどちらになるかは、決まっている。
「アーサーっていいます。見かけたら話しかけてやってください。のんびりしてて、人当たりもいいです」
(そう。俺以外にはな)
アーサーは、俺限定で口がキツい。
旅を始めた最初の頃はそうじゃなかった気がする。その辺りのことはもう覚えていない。でもあんまり遠慮されるよりは、ずけずけ言われた方が俺はいい。
「そうか。アレンも、相棒は自分の世界の仲間なんだね」
イレブンさんは微笑んだ。
この人の相棒の話は、何回か聞いたことがある。
「イレブンさんは、カミュさんでしたっけ」
「そう。仲間はみんな大事だよ。誰ともいつでも連携技を使えるくらい、仲もいい。でも、相棒はカミュだよ」
イレブンさんは、よくカミュという人の話をする。
何度も窮地を救い、苦しい時に傍にいてくれた恩人なのだとか。
「で、なんでこのパーティーメンバーの相棒のことを聞きたいんです?」
俺が尋ねると、イレブンさんはちらりと周りの様子をうかがってから、俺に小さく手招きをした。
顔を寄せてみる。彼は耳元に手を寄せて、囁いた。
「みんなの本来の世界のパーティーじゃなくて、この止まり木の世界のパーティー内で、決まったコンビみたいな人達っているのかなと思って」
「なんでですか」
「世界を超えた相手同士でも、そういう関係になれるのかなって気になったんだ」
戦闘での連携だけじゃなくて、純粋にどこまで仲良くなれるのか気になる。
イレブンさんはそう言った。
「一人一人に聞いてみてもいいんじゃないですか?」
「ぼ、ボクは新入りだから。急に話す内容としてはちょっと、恥ずかしいよ」
白い頬は少し紅潮していた。
(ずるいな)
そういう彼の姿を見て、その優男ぶりを噛み締める。
もっとも、遠目に見た時はそう感じない。田舎出の朴訥とした垢抜けない青年に見える。しかし近付いて見ると、髪の淡い色合いの髪の絹のような繊細さや、半月の形をした瞳の透き通るような青さ、痘痕の一つもない健やかな肌に気付かされる。その途端、田舎出の垢抜けない青年は「これまで俗世に汚されたことのない、外見心根ともに清らかな青年」へと印象を変えるのだ。
それで、なんとなく無下にできなくなってしまう。他の止まり木の面子が、この人と同じことを言ったなら、「本当に知りたいなら覚悟を決めて行ってこい」と返すところだ。だが、相手がこの人だと言えない。ちょっとくらいなら助けてもいいかという気分になってしまう。
「そうですねー」
俺は腕組みをした。
「みんな、仲はいいと思いますよ。でも特に仲が良くて相棒みたいに一緒にいるみたいな、そういうのは、俺もずっと全員を見てるわけじゃないんで、全部知ってるわけじゃないです」
「知ってる範囲でいいから」
「うーん」
さらに考えこみながら、俺は食卓を囲む面子を眺める。
みんな旅慣れてるだけあって、誰とでも仲良くできるから、特別に気を許し合っている奴らを見分けるのは難しい。たとえば今話題の中心になっている一人であるアベルはすごい。アベルは誰とでも打ち解ける。誰と接している時も、壁を感じさせず、粗末に扱われているという印象を抱かせない。あの人と話していると、不思議と心の内を話してもいいような気になってしまう。俗にいう人たらしという奴なのだろう。
その一方で、このパーティーの特定の誰かと行動を共にする様子は見られないように思う。強いて言うならば、互いの出身世界が過去と未来の関係性にあるらしいソロやソフィア、レックなどと話していることが多い気がする。
その向かいで話すアルスも打ち解けやすい方だ。俺も含めて、みんなよく話しかける。決まった誰かとずっと一緒にいるかどうかまでは知らない。
(アレフさんはコミュニケーションそのものが下手。俺は結構適当に過ごしてる。サタルさんは口から生まれた人で、サンドラさんはあんまり話す方じゃねえ。ソロとソフィアとレック、エイトも誰とでも絡む。だからと言ってナインとノインが決まった面子としか話さねえわけじゃねえ。むしろアイツらこそ、誰とでも分け隔てなく話すよな)
俺はしばらく唸る。
唸ってみたが、時間が流れていくだけだった。
「すいません。俺、やっぱりよく分からなくて──」
「なんでそこで、あたし達に話を振らないの!」
突然向かいから声が飛んできた。
わっ、と声を上げて、俺は正面に向き直った。ソフィアとサンドラさんがこちらを見つめていた。
「聞こえてたんですか?」
「全部ではないけど、だいたい察しはつくわよ」
サンドラさんが言う。
ソフィアが片目を瞑る。
「こういう時はあたし達みたいな女子会に話を聞くもんよ。あたし達ほど、クエストの外のどうでもいいところでもみんなの関係をよく見てるメンバー、いないと思うよ」
「いるにはいるでしょうけど、ソフィアほど語りたがる人はいないでしょうね」
「アレンはどうせ、戦闘のことばっかりよく見てて、他はどうでもいいって感じだったんでしょ」
「そういうもんだろ」
否定はできない。
ソフィアは溜め息をつき、立ち上がった。
「二人とも、食べ終わってるよね? じゃあ、行こうよ」
「どこに?」
イレブンさんが聞く。
ソフィアは親指を突き立てた。
「サンドラの部屋」
「そこは普通、あなたの部屋じゃないの?」
「だって、あたしの部屋汚いもん。サンドラの部屋なら、すぐ人呼べるくらいに綺麗でしょ」
「綺麗っていうか、荷物が少ないからものがないの」
まあいいか、とサンドラはこぼして、俺達を見た。
「来る?」
「うん!」
イレブンが嬉しそうに頷いた。
俺達は自分達の食器を片付けて、食堂を出た。
なんだか既に一ペア見つけたような気分になっていた。
▶
サンドラさんの部屋は本当に片付いていた。四人で座ってすぐ、早速なんだけどとソフィアが切り出す。
「私のイチオシ仲良しは、アルスとエイトとナインなんだ」
「早い早い」
「コンビじゃなくてトリオじゃねえか」
サンドさんと俺とで、相次いでツッコミを入れた。
しかしソフィアは、楽しそうに目を煌めかせて、構わず話す。
「あのね、この止まり木で一番通じ合ってる相棒みたいな二人って言ったら、まずナインとノインでしょ。あの二人は目で見たものを共有できるし、ツーカーを超えてテレパシーでいつも通じ合ってるのかっていうくらい、お互いのことがよく分かってる。でも、通じ合いすぎて、相棒って言うか二人で一人って感じじゃん」
「そうだな」
「分かる」
これには俺達三人も一様に頷いた。あの二人は、もともと一人だったのが分身したのかというくらい、通じ合っている。
「イレブンが知りたいのは、仲良しなんでしょ? それならあたしは、さっき言った三人を挙げるわ。二人に絞り切れないのは、アルスとエイト、エイトとナイン、ナインとアルス、それぞれ仲がいいから、一組だけに絞れなかったのよ。しかも三人揃ってても仲良しだから、なら三人まとめて言っちゃってもいいかなって思ったんだ」
「なるほど」
イレブンさんは神妙な顔をして頷いた。
一番聞きたい人間が納得してるならいいか。俺は思い直した。
ソフィアは話し続ける。
「あの三人、いつもまったりマイペースに話してるところが可愛いんだよね。本当にいい。癒される」
コイツにしては意外なことを言う。
「そののんびりした感じで、たまにぶっ飛んだ会話するところがいいの」
全く意外じゃなかった。いつも通りだった。
「ぶっ飛んだ?」
イレブンさんが首を傾げている。
アイツら、いつもやってるじゃないですか。
俺はそう説明を入れようとして、はたと気づいた。
(この人もぶっ飛んでるところがあるから、分かんねえかも)
イレブンさんと話していると、ちょくちょく物の感じ方の違いに驚くことがある。もっとも、この止まり木の世界に来ているメンバーは皆どこかしらぶっ飛んでいるので──少なくとも俺個人はそう感じている──彼に限った話ではないのだが、彼は特にゆるさ方面で逸脱していた。何でも鷹揚に受け入れるのだ。だから、俺達の言う「ぶっ飛び」の判別をつけられるかどうかすら怪しい。
「たとえばね」
聞き返されるのを期待していたのだろうか。ソフィアはここぞとばかりに身を乗り出した。
「ついこの間の話なんだけど──」
あたしが談話室に降りてきたら、ナインとアルスが向かい合ったソファに座って話してた。
「アベックはなぜ手を繋ぎたがるのでしょうか」
「言い方が古いよ」
アルスがすぐナインに指摘した。
ナインは目をぱちくりさせてた。
「アベックという呼び方は、もう廃れたのですね」
「普通にカップルで良いと思うな」
「では、カップルは何故手を繋ぎたがるのでしょうか」
アルスはうーんって唸って、ソファに深く沈み込んだ。
いつもの、ナインの人間考察。よくやってるでしょ。ナインがやってた天使の仕事って、人間の観察だったじゃん。それが癖になってるみたいで、今でも人間の行動をよく見て、つい考えちゃうんだって。
それによく付き合うのが、アルスなんだよね。アルスはナインよりずっと生きてる時間が短いのに、なんでだろうね。いろんな国と時代を超えて旅をしてたから、ナインの疑問に通じ合うところがあるのかな。
「分かんない」
「アルスさんは、恋人と手を繋いだことがありますか?」
「え、ええ?」
アルスは狼狽えたみたいだった。
「ある、ような。ないような」
「どういうことですか」
「手を繋いだのは小さい頃だったんだ。だから、付き合ってからは、手を繋いだこと、なくて」
最後の方は声が小さくなって、ごにょごにょ言ってた。
手を繋ぐような出かけ方しないから、とか。
一緒に冒険してること多いから、とか。
繋ぎたくないわけじゃないんだけど、とか。
付き合う前と後と、そんなに空気も変わらないし、とか。
大体そんなこと今更、とか。
なんだかんだ言ってるのを、あたしは階段の陰に隠れて必死で息を殺しながら聞いてた。
可愛い。
世のカップルって、みんなこんな風に可愛いの?
絶対そんなことない。アルスのカップルだから可愛いんだ。
そうじゃなかったら、今頃世界は可愛さで溢れ返って戦争がなくなってる。
あたしが胸に込み上げる「可愛い」を抑えているうちに、ナインの好奇心に火がついたみたいだった。
「そうですか。どうして世のカップルは手を繋ぐのでしょうか。アルスさんは手を繋ぎたいと思わないのですか。思いますか。どうして手を繋ぎたいのでしょうか。何か得るものがあるのですか。手を繋ぐとしたら、どんな気持ちになるのでしょうか?」
まあ、容赦ないよね。
アルスの顔が茹蛸みたいになっちゃう。返事ができなくて困ってるみたいだった。
それはそれで可愛い。
「ナイン、訊きすぎだよ」
突然、頭上から声がしてびっくりした。
階段からエイトが降りてきて、話し掛けたんだ。
エイトが二人に近付く間に、あたしは階段の上からも談話室からも見えづらい万全の死角に入り込んでいて良かったって、安心した。
当たり前なんだけどね。ゴミ箱代わりにしてる樽の中に入り込んで、蓋まで閉めてたんだから。
え、怖い? 何が? 談話室にそんな完璧な死角があることが? 大丈夫。これで一カ所注意すべしって分かったんだから、この宿に何か忍び込んできた時は、真っ先に潰しに行こうよ。
話をもとに戻すわ。
エイトはナインにこう言ってた。
「手を繋いでみれば分かるんじゃないかな。試しに、俺達とやってみる?」
優しく笑って手を差し伸べる仕草が優良王子様すぎて、あたしは悲鳴をこらえるのに必死だった。
エイトって王族として育ってきたわけじゃないんでしょ? なのに、何でたまにあんな貴公子みたいになるの? 不意打ちでやられると心臓が勢い余って肋骨を突き破りそうになるから、やる前に予告してほしい。
え? アレン、何? 落ち着け? 過去のあたしにそんなこと言っても無駄でしょ。
「しかし、僕はお二人と付き合ってません」
ナインはいつも通り素でボケた。
まあまあ、ってエイトはナインを隣にある長いソファに連れて行った。
「僕も?」
「うん」
アルスを手招きして、エイトはナインを真ん中に座らせて、アルスと自分で両脇を固めて、二人してナインの手を握った。
しばらく、三人はそのまま黙って座ってた。アルスはちょっと落ち着かないみたいで、目をあちこちにやってて、エイトはナインの横顔を見つめてた。
ナインは二人の手に繋がれてる両手を膝の上に置いて、じっと見つめてた。
「お二人の方が、僕よりも体温が高いです」
「そっか」
「あたたかい。アルスさんの方が、手の湿り気がありますね」
「汗かいてて悪かったよ! ねえ、離していい!?」
アルスが悲鳴みたいに言って、握った指を開こうとしたのが見えた。
でも、引っ張った手は離れて行かなかった。一度跳ねたようになったけど、そのままナインの膝の上から動けないみたいだった。
「不快だとは感じていません」
ナインはアルスの顔を覗き込んだ。
「不思議です。今、離れようとするアルスさんの手を、咄嗟に引き留めてしまいました。アルスさん、すみません。僕ともう手を繋ぎたくないかもしれませんが、もう少しだけ、繋がせてくれませんか」
「う、別に。嫌ではないから、いいけど」
アルスはナインから顔を逸らした。
ナインは目を瞑った。エイトが訊く。
「どう?」
「他人の体温。肌の感触。手の動きには意思。自分が他人に接していて、他人が自分に接しているという、自他の輪郭の確認」
「うん。それはそうなんだけど」
こういう時よく分かんない時でも受け入れてくれるエイトに、あたしはいつも「ママ」を感じてるのよ。
エイトはママとしても非常に優秀だわ。
え? 気持ち悪い? うるさいな。続きを語らせてよ。
で、エイトはさらに聞いたのよ。
「さっき、手を繋いでる人がどんな気持ちになるか気にしてたよね。ナインは今、どう?」
「ああ、なるほど。手を繋ぐという行為は、相手と自分の生命の感覚をすぐに確認できます。それが心地よさに、安らぎに繋がっているように思います」
「そうだよね。安心できるんだと思うよ」
「恋人のような特別な関係の人間と手を繋いだならば、この感覚がさらに増す可能性も高い」
分かりましたって言って、ナインは両目を開いた。
「つまり、快楽が目的ですね」
「言い方!」
アルスとエイトが同じタイミングで手を離した。
あたしは、一部始終が見えるような位置にソファとゴミ箱が置いてあってよかったって、この家具配置を考えた誰かに心の底から感謝した。
「──ってわけよ。最高だった」
ソフィアは満足そうに頷いた。
俺はイレブンさんを見た。目が丸くなってる。
(ナインの変な台詞かソフィアの気持ち悪さで、意識が目的から逸れてないだろうな?)
少し不安になったが、イレブンさんはうんうんと大きく頷いた。
「仲、いいねえ」
「でしょう!?」
ソフィアは嬉しそうだ。
なんでコイツは、他人の仲の話をしてここまで楽しそうなんだろうな。俺には分からん。
イレブンさんが言う。
「手を繋げるのも、それを雑に払えるのも、仲良しだね」
「さっすがイレブン。話が分かる!」
「仲いい人とくっつくと、安心する。ボクもカミュとたまに一緒に寝てた」
「マジかよ」
反射的に、思ったことを口にしてしまった。
しまったと思ったが、ソフィアが本当!? と嬉しそうな悲鳴を上げたのとかぶって、掻き消されたみたいだ。イレブンさんは気にしてないみたいだった。
(俺はアーサーと手を繋がねえし、一緒にも寝ねえぞ)
仮にそういう提案をアイツがしてきたら、俺は新手の呪いじゃないかって本気で疑うだろう。
逆に俺がアイツにそういう提案をすれば、アイツは顔を顰めるに違いない。
──やばい、アレンがついにイカれた。ローレシアが滅びる。サマンサと対策会議しなくちゃ。
そう言って、ルーラでさっさといなくなるところまで目に浮かんだ。
「イレブンも、スキンシップをする方なのね」
私はあまりしないわ、とサンドラさんが言うので、俺はほっとした。
「うん。ある国に追われてた時に、眠れなくなっちゃって。その影響かな」
さらっとトラウマを暴露するな。
何かこう、心が痛くなるだろうが。
「そういえば、うちのパーティーには服を脱いで一緒に寝るコンビがいるのよ」
俺がイレブンさんの旅路に思いを馳せていたら、サンドラさんがとんでもない爆弾を落とした。
俺の頭から偉大なるロトの旅路が吹き飛んだ。
ソフィアはそうだった、と手を打っている。打つな。聞き間違いだと思わせてくれ。
さすがのイレブンさんも、おそるおそるといった風にサンドラさんに訊ねる。
「履いてる?」
「多分」
「多分!?」
悲鳴を上げたのは俺だった。
「聞いたことないですよ! いつそんなことがあったんですか!?」
「いつも何も、一ヶ月か二ヶ月に一回はあるわよ」
驚愕の事実だ。
ソフィアが首を傾げた。
「あれ。アレン知らないの? みんな知ってると思ってたんだけどなー」
「知らねえ」
「ああ。あの人、アレンには隠してたのかもしれないわね」
サンドラさんは何か納得したようだった。
「子孫の前では、格好つけたかったのかもしれない」
「あり得る」
サンドラさんとソフィアが頷き合う。
俺の頭に、嫌な発想が浮かんでいた。
「まさか、アレフさんとサタルさんが……?」
「ああ。ごめんなさい。そっちじゃない」
「その二人だったら、服脱いだら一線まで超えちゃうじゃん」
アレフが隠せるはずないし、とソフィアが言う。
やめろ。俺も薄々そう思ってたけど、第三者に言われると響く。
「サタルとソロよ」
「あー」
サンドラさんの言葉を聞いて、俺は目を閉じた。
「分かりました」
「納得するの早っ」
「あのプレイボーイコンビなら、その場のノリと勢いで一緒に全裸で寝ますね」
「あの二人はプレイボーイじゃないよ。素人童貞」
「やめろ」
言葉選びが妙に刺さる。繊細だなあとソフィアが笑った。
でも、事実だ。
この止まり木の面子はぶっ飛んでいる奴ばかりだが──何度も言うが、俺の個人的な感想だ──節度はある。特に色恋沙汰については、何故か非常に落ち着いている。結婚してる奴や恋人がいる奴が多く、しかも一途だ。相手がいない奴にしても、色恋沙汰で一悶着起こしたという話は聞かない。
その中で、現在こそ落ち着いているが、かつて魔王討伐の旅路と同時並行で風俗に入り浸っていた奴が二人いる。それが、サタルさんとソロだ。
「別に、『お楽しみ』したことがないことは、悪いことでも何でもないと思うよ」
ソフィアがさっきの四文字の、後半二文字について言う。
サンドラさんは心底不思議そうに言う。
「何で男って、やたらそういうことを気にするの?」
「よくわかりません……」
これ以上話を逸らしたくないので、俺は軌道修正を試みる。
「で、その二人はともかく。あと、誰の仲がいいんですか?」
「え? もうその二人の話でいいんじゃない? ねえ、サンドラ」
「うん」
ある意味、軌道修正に失敗した。
サンドラさんが語り始める。
「サタルはね。滅茶苦茶に酔っぱらうと脱ぐのよ」
「あの人、素面でも面倒臭いのに酔っても面倒臭いんですね」
「本当にね。そう言われるのが分かってたから、サタルもあなたの前では酔いすぎないようにしてたんでしょうね」
全方位面倒臭い。
サンドラさんの目が、今は見えない遠い天を仰ぐ。
「そうね。私が初めてあれを見たのは、この世界に来て一年も経たない頃だったわ──」
あるクエストを終えて止まり木に戻ってきたら、もう夜だった。
だから、いつもみたくみんなでこの憩いの宿に一泊しようって話になった。
ただ、メンバーがすごくて。
レックとソロとサタルとソフィアと、私。
そう。分かるでしょ? 私以外、お祭りメンバーなのよ。
何、ソフィア。あなたもそうでしょ?
メンバーがそんなだから、夕飯の段階からみんなで飲むぞって話になって、私は普通に食事をとりながら、食卓が宴会場になっていくのを眺めていた。
みんな飲めるから、空になった酒瓶が、食卓を一周するくらいに並んでいたわ。
さっきお酒が強い人ばっかりって言ったけど、それでも、アルスほどのザルじゃない。
みんな酔うと、独特の癖が出てくる。
何、ソフィア。そんなに癖はなかった、って?
あのね。あなた達全員、とんでもない笑い上戸だったわよ。普段から笑ってることが多いから気付かないのかもしれないけど、とんでもなく酔っぱらうと、本当に意味の分からないことでも大笑いしてたわ。
私はあの場に居合わせて、このメンバーって普段はそこまで酔ってなかったんだなって思ったわ。
だって、あんなに笑ってるところ、初めて見たもの。
空き瓶で食堂に街を作るって言ってた時は放っておいたけど、魔法陣を作ろうとした時はさすがに止めたわ。覚えてる? やっぱり忘れてたのね。
とにかく、夕飯を食べ終わってもそんな感じだから、何かしでかすんじゃないかと思って、私は読書をしつつ、食堂の様子を談話室から眺めていたの。
「ヘルクラウド城―!」
しばらくしたら、レックが酒瓶の底を掴んだ両手を水平に掲げて、叫びながら談話室に突っ込んできた。
そうして階段の真ん中辺りで止まった彼を見て、後から来たソロとソフィアがゲラゲラ笑ってた。
「あー、笑いすぎて腹痛ぇ」
そう言うソロが一番、言葉を話せてたわね。
ソフィア。あなたは覚えてないでしょうけど、あの時は呂律が回ってなくて、あなたがなんて言ってるのかさっぱり分からなかった。それも宴会の笑いのネタにしてたけどね。
レックは単語しか話さなくなってた。あと、やたら奇行に走ってた。
サタルは、いつも以上に話があちこちに飛んで、要領がよく分からなくなってたわ。
そのサタルが、ソロとソフィアのあとをついてきて、笑いながら自分の服を引っ張った。
「暑い。マジで暑いわ」
で、下着以外全部脱いだのよ。外じゃなくてよかったわ。
うちのパーティー、脱いだくらいじゃ誰も気にしないじゃない。レックは階段からずり落ちる一発芸をしてて、ソロはそれを見て大笑いしてて、ソフィアは何かサタルに叫んでた。でも、あれは悲鳴じゃなかったわね。
あら、そこは覚えてるの。「景気がいいね」って叫んだ? あなた、おじさんなの?
まあ、いいわ。
食堂から出てきたなら、そろそろお開きにする流れなのかもしれない。
そう思った私は、サタルに訊いた。
「お開きなの?」
「お開き」
反復したサタルは、目が据わってた。
私はこっそり、いざとなったら部屋に担ぎ込む覚悟を決めた。あと、足元にあるバケツを忘れずに持っていこうと思ってた。
「終わりかなあ。終わったら、寝るのか」
彼はそう言って、目の前にいたソロの背中に寄りかかった。
「ソロー」
「なんだよ」
「生きてる?」
「おう」
「脱がねえの?」
……アレン。あなたの言いたいことは分かってるわ。
大丈夫よ。あなたが落ち込むことはない。あなたのせいじゃない。
ソロは笑いながら、ちらりと私の方を見た。その様子を見ていた私は、まだ少し理性が残ってるんだって感心した。
「俺はベッドじゃねーと、脱がないの」
「じゃあベッド行こう。暑いから」
「熱い夜にしてやるぜ」
二人は大爆笑した。そのまま笑いながら──ソロがサタルを背負うみたいな姿勢で──二階へ上がっていったわ。二人の後ろを、ソフィアが雄叫びを上げながらついて行った。
談話室には、私と、いつの間にか頭からバケツを被って床に倒れてたレックだけが残された。
寝に行ったみたいだから、いいか。
私がもう一度読書し直そうとした時、床に倒れてたレックが起き上がった。
「アイツら、何してんの?」
「あなたこそ何してたの」
バケツを頭から取り去ったレックは、すっかりいつも通りだった。驚いたように、三人が上がっていった二階を見ていた。
「あなた、言葉が話せたのね」
「俺、酔うのもわりと早いけど、酔いが醒めるのもめちゃくちゃ早いんだよな」
レックは立ち上がった。全然ふらついてなかった。
「ちょっと心配だから、見に行くか」
「え。何を?」
「あの三人。サタルとソロだけなら放っておくんだけど、ソフィアも上がって行っただろ」
「誰の安否を心配してる?」
「全員」
レックはしっかりした足取りで二階へ上がっていった。
私は仕方なくついて行った。
二階のサタルの部屋はカラで、ソロの部屋はドアが閉まってた。
その前を通る時、中からサタルの声が聞こえた。
私とレックは顔を見合わせた。
「今、何か聞こえた?」
「『わあ、すっげー綺麗な身体!』って聞こえた気がした」
「もう放っておきましょう」
「そうだな」
私達は、宿の屋上で遠吠えしてるソフィアを保護して眠らせた。
ソフィアを部屋のベッドに押し込んで、自分の部屋に向かう途中、ソロの部屋のドアが少し開いているのに気付いた。
「開けっ放しだと風邪引くぞ」
レックがドアを閉めに行く。
その時、私達は見た。
肌を曝け出したソロの上に、何も着てないサタルが折り重なって眠っているのを……。
「ウワアアア!」
俺は叫んだ。
「落ち着いて、アレン。大丈夫だから」
イレブンさんが驚いて、俺をなだめる。
そんな簡単に落ち着けたら叫んでいない。
「何が大丈夫なんですか! 俺の心は何も! 何も大丈夫じゃないです!」
「服を着ないで一緒に寝てただけだから」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
我を忘れた酔っぱらいの先祖の話に、俺は頭を抱えた。
話の流れが耐えられない。これは仲がいいというか、ただの酒に飲まれてやらかした話だ。
聞くに堪えない。
あの人は何をしているんだ。
しかも、よりによってソロの野郎と、何をしているんだ。
「そういうことを、あの二人は今も一、二ヶ月に一回はしてるのよ」
「ロトの子孫、やめていいですか」
「え、やめちゃうの?」
「やめないです……」
イレブンさんが眉を下げたので、俺はすぐに撤回した。
サンドラさんは眉を軽く持ち上げる。
「サタルが快楽主義の耽美主義なのは、今に始まった話じゃないじゃない。あの人、人肌に触れると安心できるタイプで、しかも造形美が大好きだもの。バラモスを討つまで風俗に通ってたのも、快楽と女体鑑賞で心の安定を図るためよ。でも、男性の筋肉のついた身体にも憧れがあるって言ってたわね」
「マジか……」
「ソロはね、村を焼かれた後の一時期、『お楽しみ』しないと眠れなかったんだよねー。毎日、戦いか『お楽しみ』のどっちかでくたくたになった後、気絶するみたいに寝てたらしいよ。さらに、朝起きた時に誰かが隣にいる状態じゃないと安心できなかったみたい。男と寝た経験は聞いたことないけど、今でもちょっとその欠片は残ってるかもね」
「マジか……」
遊び人なら遊び人らしく、パーッと遊べよ。
この世界に来てる遊び人どもは、なんでこんなに拗らせてるんだよ。
俺はサンドラさんとソフィアの補足を聞いて、さらに頭を抱えた。
イレブンさんは深く頷いている。
「分かる気がする。眠れないと寂しいのはつらいよね」
「そう、ですか」
俺は、生まれてこの方ずっと快眠なので分からない。
眠っていいと判断した時は瞬時に眠り、戦の気配を感じたら瞬時に意識を覚醒させる習慣が身についている。
「レックの酔いが醒めるのが早かったのには、いつも驚くわ」
「そうそう。びっくりすると醒めるみたい」
サンドラさんとソフィアは会話している。
二人とも、なんでそんなに普通なんだ。
「アイツ、自由なように見えて面倒見がいいよね」
「そうね。ナインの質問暴走にも付き合えて、お祭りメンバーの中でも程々の節度を保てるようにしてて、私みたいな一人で動くのが好きなタイプにも、程よく声をかけて」
「お兄ちゃんなんだよね」
「根はしっかり者なのよね」
そうか。
俺は、意識を新しい話題の方へ向ける。
言われてみれば、レックは陽気かつ自由奔放にふるまっているように見えるものの、こちらに過干渉してくることがない。
戦場では前衛として攻め込みすぎるほどに攻め込むから、人付き合いの方も押してくるタイプという印象があった。でも実際、そんなことはないのかもしれない。
「レックはお兄ちゃんだね」
イレブンさんが、何故か嬉しそうに言う。
「この前も、アベルがレックに寄りかかって寝てるのを見たよ」
「え?」
「ホント!? めちゃレアじゃん!」
サンドラさんが目を丸くして、ソフィアが目を輝かせた。
俺も驚いた。アベルは人前でめったに寝ない。おそらく俺と同じで、周囲に自分へ干渉する気配を感じた途端、目を覚ます癖がついているのだろうと検討をつけていた。
「逆だと思ってたんだけどな。アベルは俺達の中でも、年長者で頼れる相手っていうポジションだろ」
「そうね。でも、どんな人にも頼りたい気持ちはあるものだから」
それはもっともだ。
「ねえ、イレブン! もっと話を聞かせてよ!」
ソフィアが催促する。
「外の、裏のベンチのところで──」
今度はイレブンさんが話し始める。
その話を聞いて、サンドラさんやソフィアの口から、また新しいエピソードが出てくる。
俺の知っているようで知らなかった、パーティーメンバーの顔が、浮かび上がってくる。
(たまにはこういうのもいいな)
俺は聞き役にまわりながら、自分ももう少しみんなの顔を見てみようと思った。
20210604