赤のパーティー




※気持ちG。
※カニバリズムがほんの少し匂う描写。





























 そこは、愛らしい家のような場所だった。
 ドットの散る赤いカーペットが一面に敷き詰めてあり、ローズミストの壁には三角旗の飾り付けがなされている。随所に点在する白布のかかった風船付きのテーブルには、ケーキやステーキといったご馳走が並び、鮮やかな黄色のポンチョに身を包む笑顔の参加者達がそれを囲んでいた。
 一見して、ホームパーティーを開く家の中にいるようだった。だが、訪れた者達はすぐにこの家に違和感を覚える。
 まず、物音が一切しない。景色の賑やかしさに反して、人の話し声も食器の触れ合う音も聞こえてこない。時折音楽が聴こえてくることもあるが稀で、たいていはすぐに止んでしまう。
 次に、このパーティー会場は異様に広かった。歩いてみると、ホームパーティー風の飾り付けがされた小部屋がいくつも連なっているのに気付く。縦に横に、同じような意匠の小部屋がどこまでも続いていて、終わりが見えない。
 そして何より奇妙なのは、パーティーの参加者達だった。彼らはテーブルを囲んでいても、数人で連れ立って会場を歩いていても、何も喋らないのだ。さらに、全員揃いのデザインのポンチョは、頭から足元まですっぽりと覆ってしまう異様なもので、その顔部分には赤い塗料で笑顔が描かれていた。覗き穴は一切見当たらないが、そういう状態でも彼らの歩く足どりは澱みない。人型をしているが、何か別の存在であるのは明らかだった。
「我々に似ようとしているのです」
 ナインは彼らを指し示してそう言った。
「人間は、群生する生き物ですから。擬態しておびき寄せるのが、一番低コストな狩りのやり方だと、知っているのでしょう」
 少年の言葉に、残るパーティーメンバーはへえと相槌を打つ。
「よく分かってるね」
 遠くに佇む黄色のポンチョ達を観察しながら、アベルが言う。
「こういう異次元の迷宮には、ほとんど人間がいない。多くの人間は人型のものを見ただけで、心許なさから近寄って話しかけたくなってしまう。下手な人でなしより、人のことを理解してるよ」
「何で僕達を襲わないんだろう」
 アルスが首を傾げる。
「ここに迷い込んだ人達の残した映像記録だと、この距離まで近づいたら襲いかかってきてたよね?」
 彼らはちょうど、パーティー卓を囲む怪人達の背後を通るところだった。人間が四人も傍を通ったというのに、彼らはこちらを一瞥すらしなかった。
「味が好みじゃないとか?」
「俺ら、人間として変わり種だからな」
 ソロが、パーティー机を見下ろす怪人達の顔を覗き込む。怪人達は、多少彼へ顔を向けるような素振りこそ見せるが、すぐに食事の方へ目を落としてしまう。襲いかかったり、背後から騙し討ちをしたりする様子はない。
「どうやってこっちを認識してるんだ?」
 整った顔を、一体の頭部へ寄せる。黄色い布地に、赤い液体で子供の落書きのような笑顔が描かれているだけだ。平面的な布の中に、眼球や鼻といった立体的なパーツがある気配はない。
「人間の顔とはどう見ても違いそうだが、俺が動くと一番最初に反応するのは顔だ。ドタマが知覚の中心か、司令の中枢だと考えるのが自然かね」
「鋭いですね」
 ナインは微笑んだ。
「彼らはフロアマスターという存在を通じて各個体の知覚を共有する統合思念生物なのです。その情報の授受を行う核が、人で言うところの頭部にあるのではないかと言われています」
「ほぉ」
 ナインはソロのいるテーブルへ歩み寄り、手を伸ばす。薄桃のムースケーキへ指を差し伸べると、中から青白い火の玉が三つ浮き上がった。
 ソロは腰に下げていた袋を取り、両手でその口を開く。すると、火の玉はそこへ吸い込まれていった。
「次の卓へ行きましょう」
 ナインはアルスのいる卓へ向かう。そちらにはテリーヌが並んでいる。ナインがまた料理へ差し伸べると、先程とよく似た火球が現れてアルスの持つ袋へと入っていった。
 彼らは、異次元の迷宮へ迷い込み死んだ人魂の回収という定期クエストをこなしに来ていた。
 他の世界との繋がりが不安定な世界には、死んだものの魂が溜まっている。それを連れ出して解き放つのが仕事だった。
「珍しいな。これ、原型留めてる」
 アベルが別のテーブルの上を指差した。
 ソロは彼の方へ寄っていき、食卓の大皿を見て本当だと目を丸くした。
「おっぱいのペラペラソースじゃねえか」
「ね。こんなの見たら、人間は逃げちゃうんじゃないのかい?」
 アベルが隣にいた怪人へ窺うように首を傾げると、彼も同じ方向へ首を傾けた。
 現在彼らがいるパーティー会場に似たこのダンジョンは、黄色いポンチョの怪人達が迷い込んだ「食材」で料理を楽しむための世界だった。パーティー机に並ぶ料理は、一見して人間の食べるものに酷似しているが、材料はどれもこの部屋で獲れた食材でできている。
 そのため、ここへ来る面子はいかなる「料理」を見ても動じないメンバーで構成されていた。
「いや? こいつら、人間をおびき寄せるために読み書きまで覚える奴らだからな。こうしてるってことは、効果があったんだろ」
「なるほど」
「おや。ここは魂が無いですね」
 会話する二人の背後から、ナインが料理を覗き込んだ。
「次に行きましょう」
「どこならあるんだ?」
 ナインは、細い回廊の向こうに小さく見える卓を指差した。
 ソロはそちらへ足を向ける。今度の机には、料理の他に花の形をしたバルーンアートが置いてある。
 この部屋の風船飾りは、よくできた可愛らしいものばかりだ。しかし、立派な出来に感心して見つめていると余計な本質に気づいてしまう──たとえば、薄いゴムの表面に細い糸に似た模様が見える──ので、あまり注視しないことにしている。
 この魔窟の住人達は、本当に物作りが好きだな。
 そんなことを考えながら料理へ目を向け、ソロは思わず声を漏らした。
「おお。マジか」
 今度はアルスが寄ってきた。
 ソロの指すものを見て、声を失う。
「これは」
 気持ち眉根に皺が寄る。その表情は、不安というよりも足の小指をぶつけた時のものに似ていた。
 ソロは言う。
「おちんちんソーセージだよな」
「うん。おちんちんソーセージだね」
 ナインと共にやって来たアベルが、料理を見て肯定した。
 ナインもまた目を細めて言う。
「内容物は我々のものとは違いますが、外皮はそうです」
「じゃあガチのソーセージか」
 誰ともなく、皿へ向けて手を合わせた。
 ナインが手を翳すと、霊魂が二つ出て来てソロの袋へ入った。
「少なくね?」
 彼は皿を二度見する。どう見ても山盛りだった。
「魂がどこにあるかは、その魂の意思次第ですから」
 ナインが答えると、ソロは頷いた。
「なるほどな。こいつらはチンコにいたかったのか」
「そうなのでしょう」
 四人はしばらく、魂を求めて会場を練り歩いた。
 そうして三つの袋が霊魂で仄青い輝きを纏い始めた頃、不死鳥の力で光と転じ、静寂に満ちたパーティー会場を脱出した。









 本拠地へ戻ると、夜だった。
 止まり木の下で、青く輝く袋の口を開ける。
 たちまち霊魂達は地上から天へと昇る逆さの流れ星となり、夜空の彼方へ消えた。
 尾を引く燐光が完全に失せた頃、ナインが呟く。
「素材の数に反して、霊魂が少なかった」
「ああ、やっぱり」
 アベルが納得する。
「皿の数と魂が釣り合わなかったのは、数え間違いじゃなかったのか」
「あの中の誰かになったのかな」
 アルスは、会場を歩き回る黄色いポンチョ達のことを言った。
「それくらいしか、行き場がないよね」
「ええ」
 ナインは頷いた。
「もしくは、我々の知らない行き先へ転じたか」
「死んで、何をどう願ったんだろうな」
 ソロは呟く。
「テメェを殺した存在になりたいと願う気持ち、俺には分からねえな」
「ソロは理性的だからね」
 アベルが微笑んだ。
「ならざるを得なかったのかもしれないよ。そうだとしても、彼ら自身の意志で望んだことに変わりはないけど」
「魂は、本来自由だからね」
 アルスは己の手を見据えた。
 いつまでも少年のように若々しいそれを握りしめ、また開く。
「僕らは誰にでもなれる。だから、なるべき形を──輪郭を与えてくれる枷を望まずにはいられない。自由は、枷があって成り立つものだから」
「それでも、魂は永遠に無形です」
 ナインが告げる。
「本質的に魂は無垢であり、故に無知です。生死の流転を繰り返し、様々な寄る辺に縋っても、忘れます」
「でも、染みついたもんは消えねえだろ」
 そこまで魂は強くない。
 ソロが言うと、ナインは肯定した。
「ええ。魂は滅びることができない。だから、その生きた記憶も本当は消えていない。少し、距離を置くだけです」
「だから、また生まれて生きられるってわけか」
 四人は天を仰ぐ。
 止まり木の頭上にて、不死鳥流星群が円環を描いている。
「少なくとも俺は、チンコにはなりたくねえな」
 ソロが呟くと、アルスが呆れたように言う。
「まーた下ネタ脳になってる。もう忘れようよ」
「あのおちんちんソーセージ山盛りプレートを、そうすぐに忘れられるかよ」
「じゃあ、お風呂に行こうか」
 アベルの朗らかな提案に、アルスは意表を突かれた顔をする。
「な、何で?」
「自分のを確かめて上書きするしかないかなって」
「入浴については、僕も賛成です」
 ナインが声を上げる。
「今夜は少し冷えます。身体を温めればリラックスできますし、何より身体についた血の匂いも落ちます」
「決まりだな」
 ソロが唇の片端を吊り上げた。
「マーメイドハーブ使おうぜ」
「ハープじゃなくて?」
「そっちだと海に行っちまうだろ」
 四人はそんな会話をしながら、憩いの宿へ戻って行った。