ようこそ




 村での暮らしが落ち着いて、かつての大冒険が蜃気楼のように立ち退こうとしていた頃。
 ボクのもとに天使が訪れた。二人組の子どもだった。
「僕はナインといいます」
「私はノインといいます」
 少年の方が先に言い、少女が続く。二人とも外見も性別も全く違うのに、雰囲気が瓜二つだった。話す速度。イントネーション。直立不動の姿勢。僅かに開いた足の角度から、小さく持ち上げた唇の両端の角度までもが、測れば全く同じなのではないかと思える。
「イレブン・アルベルト・ライゼンテ様でいらっしゃいますか」
 ナインさんが言う。頷くと、ノインさんが口を開いた。
「副業のご紹介に参りました」
「副業?」
「大きな導きの星のもとに生まれた方のみにご紹介するお仕事です」
「イレブンさんは、勇者としてこの世界を救ったと聞いております」
 交互に言った後、二人は同時に口を開く。
「その力で、光の神々のクエストをこなして欲しいのです」
 声が、完全に重なっている。
 すごいな。どうやって喋ってるんだろう。
「わかりました」
 返事をしてから、エマに確認を取っていないことに気付いて、慌てて走った。










 時空の狭間を渡ってやって来た世界は、決して広くはないけれど、穏やかな場所だった。山があって、川があって、草原がある。時間はボクの世界同様、星々と共に過ぎていく。
 その一角、巨大な世界樹が根を張る傍に、大きな宿屋があった。「憩いの宿屋」と、何の飾り気も無い、木の表札が下がっている。その下に、これまた一目で素人作りとわかる立て看板があって「ご依頼あればどこでもおでかけ! 不死鳥ヒーローズパーティー」と書いてある。「不死鳥ヒーローズパーティー」の下には、何度もペンキで塗った痕がある。
 中に入ってすぐ、広い談話室で、二人の女性が出迎えてくれた。
「キラキラ、不死鳥ヒーローズパーティーへようこそ!」
 一人、満面の笑みでソファから立ち上がる。好き勝手跳ねる緑のショートカット、はっきりした目鼻立ち、明るい表情。ぴったりしたレオタードを身につけ、肉付きのいい四肢が露わである。開放的な雰囲気が、どことなく夏を連想させる。
「きらきら……?」
「ソフィア。それ、呼ぶのやめない?」
 首を傾げたボクの反応は、正解だったらしい。火のない暖炉の前、ソファに座った女性が窘めた。こちらはクセのない漆黒のショートカット、品格のある美しい造作をしているが、表情は乏しい。チュニックの下に隙なくアンダーシャツを着込み、さらにはマントを羽織っている。静謐で憂いを含んだ佇まいが、冬のようだった。
「ここは止まり木の世界。時をかける不死鳥が羽を休める場所。そして私たちは、ここを拠点にして活動している……なんと言ったら、いいんでしょうね。私たちに共通することはあまりないのです。職業、年齢、思想、みんなバラバラ。けれど、みんな魔王を倒したという経歴だけは一緒」
「じゃあ、魔王討伐ギルドにする?」
 ソフィアが女性の顔を覗き込んだ。名称はいいのよ、と彼女は答える。
「しかし、コミュニケーションにおいて、互いの名称は大切なのでは」
「私たちの団体名はともかく、お二人はまだイレブンさんに名乗ってません」
 ここでずっと黙っていた天使達が口を挟む。二人は顔を見合わせた。
「そうだった、うっかりしてたわ。私はアレクサンドラ。皆はサンドラと呼びますので、そうしてください」
「あたし、ソフィア! よろしくね。わかんないことがあったら、だいたいサンドラに聞けばいいよ。ここではサンドラが辞書みたいなものだから」
「覚えるのは、得意なので。私達にリーダーは存在しません。あるのは、この世界を創られた神の規律のみ。だから、あなたもここでクエストを受けるならば、まず最低限のルールを把握しておいてください。仕事の内容は、ナインとノインから聞いたでしょう」
 サンドラさん曰く。
 彼ら「不死鳥ヒーローズパーティー」──長いので、不死鳥パーティーやら、ただのパーティーとだけ呼ぶことも多いらしい──は、光の神々のくだした任務をこなす冒険者集団である。光の神々のクエストは多岐にわたる。時空も渡らなければならない。そういうとかなり重い仕事をこなさなければならないように思えるが、実際には積極的にこなす必要のない任務も多い。緊急性の高いものは、あらかじめきちんとその旨が伝えられるので、手遅れになって焦ることもない。
「無理せず、自分の世界の都合を優先すること。クエストは必ず二人以上で行くこと。報酬はしっかりもらうこと。それだけ分かっていれば、今はいいわ。忘れたら、また周りに聞いてちょうだい」
「うちに今いる戦士は、君を除いて全部で十二人いるよ。あと、戦士じゃないお手伝いさんもいっぱいいる。どんな人がいるかは、そこのカウンターにあるリストで確認してね」
 ソフィアさんは正面のカウンターを指した。酒のボトルが並び、奥に厨房が続いているようだからただのバーカウンターだと思っていたが、違ったらしい。よく見れば、分厚い本が数冊、カウンターの端に並んでいた。
「基本的にそれに載ってる人や魔物がいるだけのはずだから。パーティーリスト、住人リスト、取引先リスト、って感じで並んでるから、暇な時に読んでみて。ここにいる時は、当分説明係としてメンバーをつけるから大丈夫だと思うけど、もしそこに載ってないモノがこの世界にいたら、叩っ斬らなくちゃいけないからよろしくね」
「叩き切るまではしなくてもいいけど、対処が必要なの。こちらが呼んでないのに迷い込んでくるなんて、ほぼあり得ないことだけれど」
 ソフィアさんの説明に、サンドラさんが付け足した。
「私達からの話は、これで終わりよ。あとは、ここにいるメンバーとこの世界のことを、その二人から聞いてください」
 ナインさんとノインさんが進み出て、ボクの手を引いた。階段へと導かれながら、ちらりと後ろを振り返る。正反対の女性達は、ソファに座ってまだ何か話し続けていた。










「やっとこれをお披露目できる日が来ました」
 二人の天使は嬉しそうに、部屋の中央に据えてあるものを指さした。三本の棒で立つ、四角い箱である。箱の上には大きな受け皿があって、側面にガラス窓がついている。
「魔法の映写機、です。この媒介器の上に記憶を持つモノを置くと、記憶が見られるんですよ」
「本当は、僕達で一から造るのではなく、ある世界で売っている『おもいで映写機』というのを駆ってくる予定だったんです。それが、規律の関係でなかなか行けなくて」
 天使達は揃って目をぎゅっと瞑り、天を仰いだ。どういう感情表現なのか分からないけど、息が合っていていいな。
「いつか来る新しい冒険者のために」
「ここの紹介むぅびぃを撮っておいたんです」
「ようやく一人、来てくれて」
「これを見せることができて」
「我々は嬉しいです」
 また、最後の声が揃った。しかも今度はきちんと、自分達の人称まで揃えてきた。
 どうなってるんだろう。天使だからだろうか。
 天使っていうけど、普段は羽根も光輪もない。ボクのもとへ舞い降りたあの瞬間だけ、あと時空を越えるときだけ、光る羽根が背中に、光輪が頭にあるのが見えた。天使というのは、そういうものなのか。
「声が揃ってて、凄いですね」
「ありがとうございます」
 ボクが言うと、また声を揃えて答えた。本当にすごい。
 それからボク達は、映像を見た。部屋を暗くすると、映写機のガラスから光が溢れて、真っ白な壁にくっきりと情景が映った。「スライムでも分かる! ウチんとこの歩き方」というタイトルで、ナインともう一人少年が、この世界をまわりながら、十人の仲間達と会話して、この世界を紹介していくという内容だった。
「先輩方は、全員過去に魔王を倒してるんですよね」
「はい」
 みんな、若い。もっと強面の、シルビアのお父さんみたいな人ばっかりいると思っていた。
「言われてみれば、皆さんは人間の中ではお若い方でした」
「多くの方が、十代で魔王を倒されています」
「今現時点の平均年齢は、僕達を除けば、およそ二十三歳です」
「最年少で二十一歳、最年長で肉体年齢二十九歳です」
 何で最年長だけ、肉体年齢なんだろう。
 よく分からないけど、やはり彼らも複雑な冒険をしてきたようだ。きっと大変だっただろうと思う一方で、ちょっと嬉しい。
 「勇者」だとか、そういう肩書きを持っているのはボクだけではなかったのだ。
 「勇者」というだけで、こちらが望まなくても、周囲から特殊なものとして扱われてしまう。そういう立場の人間は、ボクだけではなかったのだ。
「先輩がた、よろしくお願いします」
 頭を下げた。ナインさんとノインさんはちょっと目を丸くして、互いに目を会わせた。
「先輩ですって」
「先輩ですって」
 それから、ボクに目を戻した。
「イレブンさん。ここで大切なのは、年齢ではありません」
「冒険年数でもありませんし、獲得しているスキルでもありません」
「皆でクエストをクリアすることです」
 声を揃えた後、再度交互に話し始める。
「ここには本当に様々なクエストがきます」
「それをクリアするためには、やはり様々な人間が必要です」
「経験の浅い方」
「豊富な方」
「積極的な方」
「消極的な方」
「戦える方」
「戦えない方」
「ルールとマナーを守り」
「心配りをしてくださる方ならば」
「どなたでも」
「結構です」
「あなたは僕達を先輩と呼びました」
「確かにここでの経験値のみ考えれば、私たちは先輩です」
「でもあなたは僕達の経験していないことをたくさん経験している」
「そういう意味では、あなたは私たちの先輩でもある」
「だからあなたは、必要以上に僕達を上のモノと考える必要は無い」
「私達は対等な仲間です」
「ただ、あなたは少し、この世界に不慣れだから」
「私たちを、うまく頼ってくださいね」
 天使達は揃ってお辞儀した。
「僕のことはナインでいいです」
「私はノインでいいです」
「敬語も敬称も結構です」
「私達の敬語は、天使の名残りのようなものですから」
 二人は大きな瞳で、じいっとボクを見つめた。なんとなく、待っている感じがある。
「分かったよ」
 ボクが頷くと、二人は微笑んだ。
「そうです」
「そうです」
 伸びてきた二本の手が、ボクの頭を掻き混ぜる。小さいのに、意外と暖かい。
「何でしょうね、ノイン」
「不思議ですね、ナイン」
「ムズムズしますね」
「私はそわそわします」
 しばらく、天使達はムズムズとそわそわの違いについて話し合っていた。話題が使用例と意味の考察から、天使の感覚の違いに移った頃、ボクは寝た。
 









 初めてのクエストは危険性の低いものがいいだろうとのことで、ボクは先輩二人と買い物にいくことになった。
「あ、イレブンでいいんだよね。俺はエイト。敬語はいらないから、気楽に呼んで。これからよろしくね」
「ソロだ。じゃ、行こうぜ」
 一言で表すなら、エイトは優しそうなお兄さん、ソロは悪そうなお兄さんさんだった。
 任務の内容は、エイトの世界で入手した聖者の灰とおいしいミルクを買って、ソロの世界のダンジョンに供えるというものだった。供えるものは、エイトが買っておいて持ってくるのでも良かったのだが、ボクの後学のためにということで、特別に一緒に行くことになったのだ。
 エイトさんの世界では、まずサザンビークという国に連れて行ってもらった。ボクの世界に負けず劣らず平和そうで、空にはカラフルな旗がはためき、子供達は商店街を駆け回り、人々の微笑みを誘っている。少し木陰に目を向ければ、休憩中らしい商人達が、ベンチで楽しそうに語らっていた。
「今回みたいに、俺たちの馴染みのある世界が仕事場所なら移動が楽で良いんだけど、馴染みのない場所の場合は、不死鳥と繋がりがある人か、天使の二人に足になってもらう必要がある。それは覚えておいた方がいいかな」
 移動の途中、エイトはボクの隣に並んで話す。眼差しも話し方も、柔らかい。牛乳屋でボクが目当てのものを買おうとする時、多少まごついても、何も言わずに辛抱強く見守ってくれた。彼は人に合わせること、人を助けることに慣れているのだろう。
 エイトのルーラで移動して、竜神族の里という場所に行く。道具屋はかなり個性的な品揃えをしていて、つい並んでいる商品をまじまじ見てしまった。聖者の灰を売っているだけでも驚きだけど、ものすごい色合いのカビや、悪魔の尻尾、ドラゴンの糞が横に並んでいる光景は、圧巻だった。
「ほれ、新入り。店の旦那が困ってるぜ」
 ソロが脇を小突いてくれなかったら、ボクはもっと眺め続けていたかも知れない。
「何だ、欲しいもんがあったのか? それぞれ一個ずつまでなら、エイト先輩が買ってくれるってよ」
 店に背を向けてから、ソロが言う。店にいた時からそうだけど、声も顔も愉快そうだ。ソロは顔立ちがすごく綺麗だから、表情の作り方が多少悪そうでも、それこそ先程とは別の方向に見入ってしまいそうだった。
「ごめん。レア素材が揃ってて、つい見入っちゃった。用途もないのに無駄に買うと、本当に必要な人が困るだろうから、ボクは買わなくて大丈夫」
「ちょっと、ソロ」
 エイトがボクの肩に手を添えて、ソロから引き離した。
「俺の癒やしにちょっかい出さないでくれる?」
「何だよ。いつお前だけの癒やしになったッてんだ。俺にも分けろ」
「君の接し方はガキ大将みたいだからダメ。こんな純粋な子を傷つけたら俺、承知しないからね」
 ソロは肩を竦め、ボクの顔を覗き込んだ。
「エイトママは過保護で面倒くせえなあ、新入り」
「あのね。俺がパーティーで母親みたいなことばっかり言ってるの、主に君達の性格のせいだから!」
 エイトは指先でソロを突いてから、ボクに向き直る。
「俺たちのパーティー、悪い人はいないんだけど個性的だから、接し方に困ったら言ってね?」
「おめえのその異様なほどのお節介気質も、十分個性的だけどな」
 ほんの一瞬、まばたきして目を開いた時には、ソロの腹にエイトの肘鉄が入っていた。目を瞑る前は、ボクの背後にいたはずなのだ。それだけの速さで動いたのに、エイトのにこやかな表情は微塵も崩れていなくて、ただの優しいお兄さんじゃなかったんだと思い知らされた。
 その鉄壁の笑顔をこちらに向けて、エイトは語る。
「たとえばこのソロは、いっつもこういう喧嘩売ってるみたいな喋り方するし、反英雄主義のチンピラで、ほんっっっっっとに口の悪い奴なんだけど、根っこは悪い奴じゃないんだよ。万年反抗期なだけで、根っこの、本当に地中奥深く、エスタークがいるくらいの奥の部分はね、ピュアな少年なんだ」
 不敵に吊り上がっていたソロの口の端がひくついた。腹に刺さった肘を掴みながら、やはり彼もまた、何故かボクの方を向く。
「このエイトって奴はな。いっつも、息子にしたい理想の好青年ナンバーワンみてえなツラしてるが、同盟国の裏に手ェ回して王族から婚約者を奪うくらいなことはする、目的のためなら手段は選ばねえ、油断ならねえ野郎なんだぜ。こんな開いた襟の服着てッけどなあ、これ、胸襟を開いてる風のポーズだから。無害無防備に見せかけて、隙あらば胸倉掴んでくるからな。気を付けろよ」
「変な言いがかりつけるの、やめてよね」
「おめえこそ、気色悪ぃ言い回しすんじゃねえよ」
 一見、二人とも和やかに並んで語らっているだけのように見えるけれど、よくよく観察すれば、突き出した肘と掴んだ手が、微妙に震えている。両者一歩も退かず、押し合ってるらしい。
「いいなあ。二人って、お互いのことをよく分かってるんだね」 
 ボクが言うと、二人の力が同時に抜けたのが分かった。ぽかんとした顔で、二人はボクを見て、それから視線を交わして苦笑した。
「参ったな、こりゃ」
「イレブンは、本当に育ちがいいね」
 何故か、ボクに話が飛ぶ。
 エイトは身体の向きを変えて、あちらを指さした。
「ソフトクリームは好き? 最近この里に、美味しい店ができたんだ。食べていかない?」
「いいの?」
「まだ時間には余裕があるから、むしろ寄り道しておかないといけないくらいなんだよね。ソロも食べるでしょ?」
「おう」
 先に歩き出すエイトの後に続きながら、ソロはボクの背を押した。硬い掌は、そっと、空気を含むようにして、背中に沿った。
「どんな味があるの?」
「色々あるよ。さっぱりめが好きならばヨーグルト風味、こってりが好きならばチーズ風味がオススメかな」
「この里、乳製品好きすぎだろ」
「酒と同じくらい好きだろうね」 
 ねえ、とボクは口を開いた。二人が同時に、ボクの方を向いた。
「二人からみた他の仲間のことも、教えてくれる? ボクも二人みたいに、パーティーのことをよく知りたい」
 エイトは左右対称に唇で弧を描き、ソロは片側だけを吊り上げる。
「もちろんいいよ。色々聞いて?」
「可愛い後輩ちゃんのために、俺たちも仲良くしなきゃなんねえな。な?」
「はは。ゾッとする」
「聞いたか? こうやって不意にぶっ刺してくるんだ。気を付けろよ」
「そもそもは、君の日頃の行いのせいだからね?」
 エイトはこれまでの話をしている。ソロは茶々を入れたり、たまにげんなりしたみたいな顔したりするけど、何やかんやで楽しそうだ。
 楽しそうだなあ。
 ボクもこれくらい、ポンポン話せるようになりたいなあ。










 初めての戦闘任務は、定番のフォーマンセルで行くことになった。
 集合場所は宿の談話室。三人の先輩達は先に来て待っていてくれた。ボクはそのうちの一人を見て、びっくりする。
 髪型とか、シルエットがカミュにそっくりだったんだ。
「俺、レックってんだ! よろしくな! こっちは筋肉フェチのアレン」
「語弊! この野郎、やんのか」
 でも、喋ったら全くの別人だった。そっくりさんことレックはめちゃくちゃ陽気に笑っていて、筋肉フェチのアレンはめちゃくちゃ怒っていた。
 アレンがレックに決めた卍固めがあまりに綺麗なので眺めてたら、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、二人の青年がいた。一人は凜々しい青年で、もう一人は地味でやや小柄だ。
「あっ、すいません。こんにちは、ボクがイレブンです」
「うん、知ってる」
 肩を叩いた方の、地味な青年が答えた。
「僕の名前はアルス。今回は僕が、このパーティーのリーダーをやるんだ」
 アルスはよく日に焼けた顔で、控えめな笑みを浮かべる。
「任務の度に、内容に合わせてメンバーやリーダーを決めるんだよ。僕が参考になるか分からないけど、君もいつかやると思うから」
 のんびりと、呟くように話す。円らな瞳もどこか微睡むような雰囲気をたたえていて、リーダーにしては覇気がない。
「アルスが初めて見るパーティーリーダーだなんて、運が良いね、新入り君」
 もう一人いた青年が口を開いた。こちらはよく声が通る。目鼻立ちの凜々しい、なかなかに華やかな印象の青年だ。
「アルスは不死鳥パーティーで一番の腕利きさ。よく見ておくと良いよ」
「サタル、あんまり持ち上げないでよ」
「本当のことだよ。このパーティーの全員に今度、どの戦場でも活躍できる一番の戦士は誰か聞いてみるといい。みんな、このアルスだって答えるはずさ。そう言わないのは、当の本人だけなんだ」
「相変わらず、舌の調子が良いなあ」
 アルスが苦笑して、離れた位置で取っ組み合いを続ける二人を呼んだ。
「アレン、レック」
 一声掛けた途端、ぎゃあぎゃあ騒いでいた二人が、諍いをやめてすぐに彼の近くへ寄ってきた。
「さて。じゃあ会議を始めようか。今回は本部、憩いの宿屋からの攻略ナビゲーターとして毎度お馴染みの俺、サタルがつくよ。新入り君はこれ、もらって」
 手渡されたのは、積雪の底のような淡い青に煌めく、石のアクセサリーだった。
「ルーラストーンの破片に細工してもらったんだ。名付けて声だけルーラナビ。装備しておけば、装備している者同士で声だけをお互いの場所に飛ばして、会話できるんだ。凄いだろ? でも、この石を使った会話は、同じ時空にいる相手としかできないから、そこは勘弁してくれよ?」
 ついでに、この会議の司会もやっちゃうね。
 サタルが片目を瞑り、今回の任務内容を確認する。
「今回の任務は、止まり木の世界に無許可で繋げられてしまった闇のゲートを断ち切るため、核となる魔物を、この世界にあるダンジョン《お先真っ暗の洞窟》で倒してくること。要となっている魔物は、モンスターリストにないけれど、ギガデーモンとメッサーラ、ドラゴンゾンビの合成獣といった印象だ。強力な全体攻撃とコンボ技を持ってる。作戦は、リーダーのアルスから」
「はぁい」
 アルスは間の抜けた返事をした。
「久しぶりのゲート破りの仕事だ。新しく入ったイレブンは知らないと思うけど、こういう、本来なら繋がっていない場所が勝手に繋がってしまうことが、よくあってね。こういう時は、何かが世界の境界を越えてしまわないうちに、なるべく早く破壊する必要がある。だから今回は、短期決戦を見据えて火力重視のメンバー編成になった。敵は超重量級、おそらく一撃がかなり重い。だから最前線で攻めるのは、アレン、レック、二人に頼みたいんだ。一カ所に固まらず、うまく敵が標的を定めないよう、攪乱しながら攻める。いい?」
「わかった」
「あいさー」
 アレンが頷き、レックが軽く敬礼する。アルスはボクを見上げた。
「君は僕と一緒に、後列にいよう。今回の戦いの場所は狭いんだ。前衛に三人置くと、味方同士で気を遣って身動きが取れなくなっちゃう。だから後ろで、君は回復をしながら、前線の立ち回りを見ておくと良い。僕は全体の補助をしながら、様子を見る」
 どう? とアルスが全体を見回して尋ねた。
 文句なんて、無い。
「じゃ、行こうか」
 アルスが立ち上がった。










 ボクは、宿の外のベンチに座って、ぼんやり空を眺めていた。良い天気、良い青空だった。風も気持ちいいはずなんだ。
 でもつい口をついて出るのは、溜め息。あと、うーん、とか、そういう声。
 そんな浮かない感じだったからか、急に自分の視界が真っ白になっても、全然何が起きたか理解できなかった。
「わあっ、すまない! 人がいたのか」
 上から声が振ってきて、今取りに行くと言った。
 何か起きているらしいので、ボクはそのまま待つことにした。その後、足音がして、ボクの視界が明るくなった。
「おや。アレフが面白い遊びをしてると思ったら、新顔さんだね」
 先程の声とは別の声で、視界に現れた人が喋った。見たことのない男の人だ。白布を縫い合わせたような服に、紫のターバンという、服というより布を纏っているとも言えるようなシンプルな出で立ちだが、それが様になる優れた体つきをしている。無造作に束ねた豊かな黒髪と露わになった胸や手足の筋肉が、日射しを柔らかく纏って艶めく様に、野性の美しさを感じた。けれど、何よりも惹きつけられたのは、彼の瞳だった。見たことのないような、不思議な印象の眼だった。
「君、名前は」
「イレブンです。先日、ここでお世話になることになりました」
「ああ、君が。初めまして、僕はアベル。新しい人が加入したとは聞いていたんだけど、あまり頻繁に来られないから、なかなか会えなかったんだ」
 やっと会えて嬉しいよ。
 アベルは破顔した。落ち着いた物腰に反した、ひどく愛嬌のある笑みで、見惚れた。
「申し訳ない! 自室で洗濯物を干していて、うっかり窓から落としてしまったんだ」
 そこへ、先程の声の主がやって来た。良い体格をした、金髪碧眼の鎧武者である。戦士はアベルを──厳密には彼の手にしたシーツを見ると、つと眼を開いた。
「アベルの上に降らせてしまったのか?」
「いや、このイレブンの上に落ちていたよ。彼が布お化けになって微動だしないでいたところを、畑から野菜をもらった帰りの僕が見つけたんだ。イレブンは災難だったかもしれないけど、なかなか面白い風景だったよ」
 アベルは愉しげに言って、シーツを広げた。真っ白なシーツかと思ったが、よく見ると、仄かに色づく銀糸で繊細に刺繍されている。しかも、その形が。
「わあ。大きいハート」
 だったので、つい思ったことをそのままこぼしてしまった。それからはっと気付いて持ち主を見ると、彼は首まで真っ赤に染まっていた。
「あ、ご、ごめんなさい。その、すごくステキな刺繍だったから」
「ありがとう」
 振り絞るようにして、戦士は言った。アベルは笑っている。
「やあ。アレフの奥さんは、変わらず熱烈なようだね。この面積の布に、こんなに繊細で幾何学的な模様をつけるのは、大変だったろうに。この目立たないけど上品な色の糸も、特注だろうね。凄いね」
「俺も、そう思います……」
 何故か、アレフは敬語口調になった。
 なんだかあまりに狼狽しているようなので、ボクは立ち上がって頭を下げた。
「すみません。奥さんの愛が詰まった大切なものを、被ってしまって、すみません」
「ふごふっ」
 アベルが変な声を出して俯いた。アレフはずかずか歩を詰めて彼の手からシーツを奪い取り、ボクの上体を上げさせた。
「いや、いいんだ。それより、怪我はなかったか」
「はい」
「この辺りにはあまり人がいないから、窓から下を見て、驚いた。こんなところでどうしたんだ」
 ボクは考えた。
 正直に言って、困らせないかな。でも、話せたら、ちょっと助かるかな。
「景色を眺めてたのかい?」
 アベルが問う。逃げ道を用意してくれたのかもしれない。でも、特に逃げなくてもいいかという気になったので、首を横に振った。
「もちろん、それもあるんですけど。ちょっと考え事をしてました。あの、質問してもいいですか」
「答えられるか分からないけど、どうぞ」
「俺も、詫びの代わりと言ってはなんだが、答えよう」
 アベルが、アレフが、答えてくれる。ボクはずっと考えていたことを、話した。
「この世界で『消える』って、どういう意味ですか」



 先日、初任務に行って、ボクは危ない目に遭いそうになった。
 魔界から開いたという闇のゲートを閉じる仕事で、ゲートをこの世界に存在させる核となっていた怪物を倒すための戦いに、ボクは参加した。
 一緒に戦った三人の先輩達は、強かった。レックは強力な打撃特技や、ギガデイン──あの魔法を使うのを見たボクは、嬉しくなった。勇者はボクだけじゃなかった!──に加えて、素早い身のこなしや踊り、歌で相手を翻弄した。アレンは単純に殴り、蹴るだけだったけれど、これがとんでもない威力で、ちょこまかと動くレックに重い一撃を落とそうとしたあの巨大な敵を、何度も地に沈めた。アルスはあの呑気な、隙だらけの物腰のまま、信じられないくらいに働いた。補助呪文を唱え、敵の強化状態を解き、味方の士気を高め、それでいながら、隙あらば遠距離から攻撃を仕掛けていた。まだこのパーティーの全員の戦う姿を見ていないけれど、彼がパーティー随一の腕利きだという言葉も、あの働きを見れば納得だった。
 だから、うっかりボクが喰らいそうになった敵の一撃を、レックが庇って受けた時、久しぶりに身を引き裂かれるような絶望を味わった。
 先程まで空を眺めて思い出していたのは、彼の鮮やかな青い髪が血に染まっていく景色。大きく飛び上がった敵が、ボクめがけて振り下ろした棍棒は、身代わりとなった彼の身体を真っ二つに折った。
 息も絶え絶えな呼吸と言うより、壊れた人体に含まれていた空気が漏れ出てきたような、ぞっとする息を上げるレックに、真っ先に駆け寄ったのはアルスだった。
「大丈夫、レックはまだいける! ボクが回復するから、イレブンは僕らをアイツから守って!」
 普段の独り言のような話し方が嘘のように、彼は叫んだ。どんな荒波にも負けない、逞しい声だった。
「最前線は俺が引き受ける。だからお前はアイツの動きを見て、隙があれば攻めろ! お前にとって、それが最大の防御だ!」
 アレンも声を掛けてきた。武器を持たない彼の背中が、とてつもなく大きく見えた。
 幸運なことに、それからさほど時間を置かずに敵を打ち破ることができ、レックも息を吹き返した。
 それからサタルの連絡でゲートが消滅したことを知り、すぐさま脱出呪で逃げた。ルーラで宿に帰り、談話室に入った時は、膝から力が抜けて、立てなくなった。
「なに──うわ、ひっで! レックお前、ふざけんなよ!」
 凄い勢いで駆け込んできて、へたり込んだボクに驚いたサタルは、その後全身血まみれのレックを見て、怒った。
「お前、身の守りが弱いんだから気を付けろ! 死ぬぞ!」
「すいません、すいません」
 ボクは、バカみたいにそればっかり言っていた。レックが死にかけたのはボクのせいだ。戦いの日々から遠ざかり、ぬるま湯のような日常に浸かってふやけていたボクのせいなんだ。
 ボクはレックに向かって、謝り続けた。レックは血まみれだったけど、確かに立っていた。無事に帰ってこられて良かった。蘇生呪文があるとはいえ、ボクはまた、自分の非力さで仲間を失うところだった。そう思った途端、涙と鼻水が零れて止まらなくなった。
 情けないボクに、みんながどんな顔をしていたのかは、分からない。ただ、ひどく切羽詰まったレックの声が聞こえた。
「おい、何でイレブンがそんなに謝るんだよ。あれはお前のせいじゃねえって。勝手にお前に身代わりを仕掛けといて、ダメージをもろに受け取っちまった俺が悪いんだよ」
「そうそう。俺が今怒ったのは、イレブンじゃなくて、いつまで経ってもダメージの受け流しが下手な、お前」
 サタルのそんな声も聞こえた。
 それから、何やら色々物音がして、みんなが近づいてきた気配がした。上体を床に伏せていたボクを起こしたのはやっぱりレックで、色んな液体で汚く濡れていただろうボクの顔を見て、すごく情けない顔をした。
「そんな、泣くなよ。イレブン、お前──あの、嫌な言い方だったらごめんな──魔王を倒すくらいの冒険してきたんだから、俺のさっきの怪我より酷いもんだって見ただろ。何で、そんなに」
「レック」
 ひどく凪いだ声で、アルスが言った。
「君だって、自分の代わりに誰かが死ぬつらさは分かるだろ」
 レックの表情が固まった。ややあって、タオルでおずおずとボクの顔を拭いはじめた。
「そっか。ごめん。俺、酷いことしたな」
 ボクは首を横に振った。
「違い、ます。ボクは、もっと、強くならないと」
「そうだな。それが正しい」
 アレンが言った。
「あの攻撃は不運だった。未知の敵だ、あの図体であんなに軽く飛んで、素早く落ちるなんて、予想してなかった。イレブンがアレをまともに受けてたら、間違いなく死んでただろう。俺は身代わりの術は覚えていないし、アルスが代わりに受ければ、戦線が崩壊して任務の達成がままならなくなる。だから、レックの判断は正しかったと言えば正しかった。お陰で、任務も達成できた」
「そうだね。レックの判断は、適切だったよ」
 アルスも口を開いた。
「ただ僕達は、それぞれがもう少しずつ、腕を磨く必要がある」
「本当だな」
 レックは、深い溜め息を吐いた。手にしたタオルがぐっしょり濡れている。ボクはやっと、みんなの顔が見られるようになった。
 アレンは考え込むような、険しい顔をしている。アルスは少し、安堵しているような、悲しそうな、微妙な表情。レックはまだ、困ったような顔。サタルは、怒ったような顔してるけど、眉は下がってるから、本当に怒ってるわけじゃないんだろう。 
「ボクを、強くさせてください」
 自然と、口をついて出た言葉だった。全員が、ボクを見た。
「たとえ蘇生呪文で復活できるとしても、自分や誰かが死ぬのは嫌だ。ボクはさらに、いろんな状況で生きていく、また誰かを生かせるようにならないと。だから、ボクは強くなりたい。けど、ボク一人じゃあ限界がある」
 だから。
 言いかけたボクの髪を、レックがぐしゃりと混ぜた。ひどく、優しい手だった。
「分かってるよ。でもそれは、こちらこそ、だ」
「僕らが身につけてきた戦闘技能は、十人十色、みんな違う。だから、互いに磨き合っていこう」
 アルスが言って、笑った。それでやっとボクも、ボク達も笑うことができた。
「いや、よく戻ってきたわ。レックのルーラナビが届かなくなった時、俺、これは飛んだなと思った」
「アルスのお陰だよ。よくベホマだけでいけるって、咄嗟に判断できたな」
「前に魔物職の姿だったけど、敵に真っ二つに裂かれたことがあって。その時、結構意識が保ってたから、レックなら多分まだ魂飛んでないなと思ってやった」
「魔物職って、完全に姿が魔物に変わるやつだよな!? アルスお前、俺のこと化け物級だって!?」
「何で嬉しそうなんだよ。そこは怒るところじゃないのかよ」
 サタルがレックの肩を抱き、レックは大きく頷く。
 アルスは楽しそうな声を上げて、アレンは呆れたように笑っている。
 ボクも、これまで以上に笑って、これまで以上に彼らと話ができた。
 その日はご馳走を作って食べて、飲んで、語らった。そのうち他の任務が終わってやってきた仲間も混ざって、騒いだ。
 楽しかった。自分の非力さも知ったけど、それを乗り越える覚悟を得た日だった。
 でもその中で一つだけ、妙にもやもやしたことがあった。
 宴会も終わりの頃。寝ちゃった人。外に出てバカ騒ぎする人。色々あって、食堂にレックと二人きりになった時。
「本当にごめんな」
 レックは机に突っ伏し、顔だけ上げた状態で、ロックグラスに入った氷を揺らしてた。散々バカみたいなこと言って、やって、騒いでたから、もうまともな思考力なんて残ってないと思ってたんだけど、あのレックの目は、確かに正気だった。
「ごめんな。でも、俺、反省してるけど後悔してないんだ。ごめんな。俺、イレブンが消えるのが嫌だった。せっかくここに来て初めての任務にも来たのに、あとにも先にもこの任務は一回しかないのに、それを経験したイレブンが消えるのが嫌だった」
 レックはうっすら笑っていた。その顔が。
「良かった。イレブンが消えなくて、良かった」
 どうしようもなく泣きそうに見えて、だからボクは、何も訊けなかった。



「なるほどねえ」
 ボクの話を一通り聞き終えたアベルは、顎を手でさすった。
「君にこの世界の説明をしたのは、サンドラと天使の二人だったっけ?」
「うん」
「サンドラ、説明しなかったのか。彼女ともあろう人が、忘れてたのかな」
「サンドラさんには、中断の書があるからじゃないか」
「そうか。彼女なら、リスクがあってもあれを使うか。なら、説明してなくても納得だね」
「ナインとノインは、恐らく俺達ほど、あのことを気にしていない」
「天使だからね」
 アベルとアレフは会話して、それから二人ともボクに目を戻した。
「あのね。ここでは、冒険の書への記録ができないんだ」
 君も、気付いてるだろう。この世界には、教会がない。教会がない世界で、祈りを捧げて、冒険の書に記録を残すことはできない。
 アベルが語っている。
「だから、もしここで命じられた任務の最中に死んだら、君は自分の本来の世界で目を覚ます。家のベッド、とかかな。もしくは、最後にお祈りした場所かも。そこで、気がついて、あれ、自分は何をしていたんだろう、ってなるんだ」
「どうして教会がないんですか」
「さあね。教会がない理由は分からないけど、教会神父の代行するあの、復活の奇跡は、どんな熟練の冒険者でもできないんだよ」
「俺の故郷、アレフガルドでは、教会神父はおらず、精霊神ルビスに終生の信仰を誓った王が、民の祈りを聞き、神に届けていた。あれは、終生の信仰を誓える生粋の者でないと、できない。俺たちのような流れ者には、不可能だ」
 呆けたボクは、ただアレフの語る難しい言葉を聞いていた。そしてアベルの温和な微笑みを見ていた。
「だからね、イレブン」
 アベルの白い歯が、零れる。
「ここでは決して、死んではいけないよ」










 カン、カン、と澄んだ音が木霊してる。
 天窓から光が射し込むだけの、殺風景な工房。中央で小さな人影が、一心不乱に何かを打っている。熱い火花が散る。澄んだ音が飛ぶ。
「よお。やっと、お出ましか」
 人影が振り返る。まぎれもなく少年の外見をしているが、表情は年老いた男のものだ。
「何も言うなよ。お前さんには、まだ綺麗な明日がある。だから、何も言うな」
 男はまた背を向けて、俯く。振りかざした槌が、日を弱々しく照り返す。
「教会がないから、冒険の書に記録ができない? ハッ、降り積もった過去さえ壊せる勇者が、あの紙っきれに、落書きできないわけないだろ。教会がない? ハッ、ここは光の神々のお膝元なんじゃなかったのかよ。不死鳥の止まり木だ? ハッ、不死鳥がいるのに記録できない世界って、何?」
 澄んだ音が響く。
 槌が、繰り返し繰り返し、穿つ。
「副業。クエスト。ねえ。自分の本来の世界の都合を優先していい光の神々の任務って、なんだそれ。そんな軽そうなもんなのに、何で自分の命をかけなくちゃならないほど、難しいの。何で、大魔王や闇の神さえ滅ぼした連中を、そんなもんのために、必死で強くさせてんの。副業なんかに必死にさせちゃあ、アイツらが滑稽になっちゃうよ」
 問いは、繰り返す槌の声に重なる。
 澄んだ金属の残響が、全てを掻き消す。 
「ねえ。どうなってるんだろうね」










20200309