炎の精霊属




「何なんだよあのフレイムってモンスターは!」

 白き大地ロンダルキアへと続く洞窟の一角で、叫ぶような囁き声。その声の主は青き衣の屈強な戦士である。彼は折っていた上体を起こし、自分同様に息切れしている仲間二人を見る。
「大丈夫か?」
「一応。でも、これはちょっとキツイね」
「ええ。魔力を節約しなくちゃだから、辛いわ」

 返事をした人の良さそうな青年も、紫髪の美少女も、そして戦士も、衣装のあちこちが破れ、煤けている。特に男二人の肢体には痛々しい火傷が目立っており、それに気づいた少女は顔色をさっと青ざめさせた。

「ごめんなさい、二人とも……私を庇って」
「んなんじゃねーよ。前衛だったからだ」
「はいはい。悪いけどこの強がりの傷、治してやってくれる? 僕のは自分で治すから」

 戦士のそっけなさにオロオロする少女へ、青年は苦笑して助け舟を出す。戸惑いながらも少女が戦士に回復呪をかけ始めるのを確認すると、青年は先ほど戦士が口にした魔物の名を口にする。

「ここの魔物は大体強いけど、あのフレイムって魔物は特に厄介だね。炎を吐くだけならともかく、仲間をやたら呼ぶから」
「そう。別に強いわけじゃねえけど、群れてくるのが面倒だ」

 さばききれねえ、と戦士は悪態を吐いた。険しかった顔つきは少女の癒しによって和らぎつつあり、青年は安堵する。もう既にこの洞窟に入って長く、その上あれだけフレイムの吐く火炎を身に浴びたのだから精神的にきていてもおかしくないというのに、さすが無駄に屈強なだけある。

「ベギラマでどうにかできないのか?」
「駄目だよ、同じ火属性だし」

 青年は首を横に振る。魔法に疎い戦士は、眉間に皺を寄せて唸る。

「火同士だとやっぱ駄目なのか。ベギラマより強いやつってないのか?」
「ないねえ。あるとしたら君達の愛のほの――ごめん変なこと言おうとしたね僕。疲れてるせいだと思うから殴るのは勘弁してくれない?」

 火傷に手を翳したまま固まってしまった少女と、瞬時に拳を握りしめた赤面の戦士を見て、青年は言いかけた語句を止めて謝罪に切り替えた。あと一文字言ったら間違いなく棺桶にされる。そう判断してのことだった。

「べ、別に俺達はっ」
「うん言いたいことは分かってるよ。ところでさっきの話だけど、昔はベギラマの上の呪文があったらしいんだ。そうだよね?」

 いつもなら少しくらいからかってやるところだが、この疲労が溜まっている時にまどろっこしい惚気は聞きたくない。青年は冷静に会話をすり替えて、少女に振る。魔法の寵姫は頬にやや朱を残しながら、小さく頷く。

「あったらしいわ。でも、もう誰も使える人がいないみたいなの」
「何でだ?」
「様々な文献に当たったし、識者の方にもお会いしてみたけど、理由ははっきりとは分からない。呪文は伝わってる。でも、唱えても効力を発揮しないの。原始の契約が切れてしまったのか、または……精霊様に何かあったのかも」
「精霊かあ」

 少女の論を受けて青年は顎に手を当て、考え込むような素振りを見せたが、わけが分からないと言いたげな戦士に気付くと、彼のために語り始めた。

「世の始まりに神と精霊と人の始祖が定めたという約束の言葉、それが呪文だ。呪文を唱えると、その約束に応じて起こる奇跡――炎が生じるとか、傷が癒えるとか――が魔法。これは知ってるよね?」
「お、おう」
「その呪文が伝わってるのに効力を発揮しないっていうのは、異常なんだよ。いつからこうなってるのかは知らないけど、彼女ほどの使い手が唱えても何も起きないのはおかしい」

 青年は少女を指す。私はそんなと少女は謙虚に首を横に振ったが、ふと何か脳裏に浮かんだようで、赤い瞳を僅かに開いた。

「そう言えば父が昔、失われた呪文を取り戻そうと契約の伝説にあった精霊を呼び出そうとしたと言っていたわ」
「まさかあの四大精霊を?」
「ええ。大変だからかなり時間を空けて、一人ずつだったって言ってたけど」
「それでも凄いことだよ。さすがムーンブルク王だ」

 青年の賛辞を受けて少女は嬉しそうに口元を綻ばせたが、その表情はあまり浮かばれなかった。

「でも、上手く繋げなかったの。呼び出しには応じようとしてくださってる気配を感じたそうなんだけど、いつまで経ってもお姿が現れなくて、結局お会いできなかったって」
「どういうことだ?」

 よく分からないながらも、仲間達の顔つきからそれがよくないことであるらしいと察した戦士が訊ねる。少女は愛らしいかんばせを引き締めて、答えた。

「これは私の憶測だけど、何か神霊界の方であったのかもしれないわ。または、この世界に精霊様の来れないような歪があるのかもしれない」
「ひ、ひずみ……?」
「そう言われてみると、さっきのフレイムもその一つかもしれないな」

 戦士と少女の視線が青年に移る。常に柔和な光を湛える碧眼には、恐れるような、案ずるような色がちらついていた。

「魔物のことはそれなりに詳しいつもりだけど、僕はあんな魔物見たことがないよ、初代ローレシア王時代の文献でも、その前のものでも見たことがない。それにあれはどちらかと言うと……」

 青年が少女を窺うと、彼女は頷いて続けた。

「魔物の気配はあるけど、火の小精霊によく似てる」
「あれが本当に、もともと精霊なのだとしたら。それでしかも、ああなったのがここ何年かのことだとしたら……」

 青年と少女は口を噤んだ。戦士は理屈こそよく噛み砕けないものの、文脈で彼らの疑問と恐れを察する。そして、同じ思いを抱いた。

 ――自分達の敵は、いったい何なのだろう?

 ロンダルキアで待ち受けるものを、彼らはまだ知らない。
















※第5回ワンライ参加。

お題「フレイム」選択。




20140804