旅立ち




Ⅲです。性格の違う六人の勇者で、それぞれ旅立ちの場面を書いてみました。
よろしければどうぞ。CP要素は皆無ですのでご安心ください。
今から六人分あります。ほのぼのシリアスギャグ混合です。












「起きなさい、起きなさい、私のかわいいアルノや……」
 眩しい日差し、母の優しい声。それでアルノはぱっちりと目を開けました。
「おはようアルノ。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。アルノが初めてお城に行く日だったでしょ」
「うん、そうだね。起こしてくれてありがとう」
 アルノは素直に礼を言いました。
 支度をしておいで、という言葉を残して部屋を出ていった母を見送り、アルノは衣装棚からこの日のために少しずつ着慣らしてきた旅装束を手に、鏡の前に立ちます。
 どんぐり眼の、どこにでもいそうな平凡な少年がこちらを見返してきました。黒髪には癖がついてしまっています。アルノは櫛できちんと梳かしてサークレットでまとめてごまかし、青空のチュニックと山吹のアンダー、最後に水の色をしたマントを被ってもう一度鏡を見ました。
 よし、大丈夫。小さく呟いて、少年は隣の部屋に行きます。
「爺ちゃん、おはよう」
「おお、おはようアルノ」
 祖父はまだ部屋着のままでしたが、かくしゃくとして立ち上がりました。
「今日は遂に旅立ちの日じゃな」
「うん」
「お前の父、オルテガは立派な勇者だった。この爺の息子じゃ」
「知ってるよ」
「まあ聞け。だから、この爺の孫であるお前もきっと立派な勇者としてやっていけるだろう」
 そして、祖父はアルノが幼い頃からやってくれていたように、そのツンツン頭に手を置きました。
「自信を持ちなさい。お前なら大丈夫じゃ」
「うん! ありがとう、爺ちゃん」
二人が下に降りると、既にテーブルには朝食が並んでいました。アルノと祖父がいつもの席に座ると、母もすぐにやってきてそれに倣いました。
いつものように、感謝の言葉を述べてから三人の食事が始まります。いつもなら個人の一日の予定の確認と他愛のない話に花が咲くところですが、今日は何だか静けさが耳に着きました。
「アルノ」
「なに?」
 食事の時間は束の間に過ぎ、いよいよ家を出ようという時に母が呼び止めました。母は少し躊躇いがちに俯いてから、毅然として顔を上げました。
「母さんは、この日のために、おまえを勇敢な男の子として育てたつもりです。でも、いくら勇敢な子でも時々立ち止まりたい時があるでしょう。母さんは、いつでも貴方の帰って来るのを待っているわ」
「母さん……」
 アルノは言葉に詰まりました。その隙に母は目頭を拭い、先に家を出ました。
「さあ、母さんについていらっしゃい」
「あっ、そんないいよ母さん、一人で行けるよ!」
 アルノはそう言いましたが、母は先にずんずん歩いて行ってしまいます。仕方なく、彼はその隣には並ばず後ろをおずおずとついていきました。
「ここからまっすぐ行くとお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ。さあ、いってらっしゃい」
「行ってきます」
 心配性の母の見送りを受けて、アルノは城門に向けて一歩踏み出しました。

(まずは転職SSに出てきた「ふつう」勇者)






「起きなさい、起きなさい、私のかわいいアリエルや……」

 眩しい日差し、母の優しい声。それでアリエルははっと目を開けました。

「おはようアリエル。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。アリエルが初めてお城に行く日だったでしょ。この日のために、おまえを勇敢な男の子として育てたつもりです」

「うん、すぐ支度する」

 母は部屋を出ていきました。アリエルは衣装棚から着なれた旅装束を手に、鏡の前に立ちます。

 アーモンドの瞳の、凛々しい少年がこちらを見返してきました。アリエルは寝間着を脱ぎます。胸部をぐるぐる巻きにしたサラシに乱れがないことを確認して、サークレットを被り青空のチュニックと山吹のアンダー、最後に水の色をしたマントを被ってもう一度鏡を見ました。

 よし、大丈夫。小さく呟いて、少年は隣の部屋に行きます。

「お爺ちゃん、おはよう」

「おお、おはようアリエル」

 既に着替えていた祖父は、老人にしては素早く立ち上がりました。

「今日は遂に旅立ちの日じゃな」

「はい」

「お前の父、オルテガは立派な勇者だった。この爺の息子じゃ」

「ええ」

 アリエルは話すと長い祖父を連れ立って、階段を降ります。そこには既に三人分の朝食が並んでいました。アリエルは起きて筋トレをしてから待っていた母と食事をするのが常でしたので、新鮮でした。

 食事の間、母と祖父はアリエルの当分の旅程と旅の心得について何度も問いかけました。中にはもう一週間以上前から繰り返し聞かれている質問もありましたが、アリエルは根気よく答えました。

「さあ、母さんについていらっしゃい」

 食事が終わって荷物を持てば、母が率先して町を歩き出しました。アリエルは自分に集まる視線――特に、女の子の熱い視線、黄色い噂話の声を聞いて、内心ほっと息を吐きました。

「ここからまっすぐ行くとお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ。さあ、いってらっしゃい」

「行ってくる」

 男らしい短い挨拶でしたが、それを聞いた母は満面の笑みを浮かべました。

(FC準拠、「男勝り」勇者。「アリエル」って英国では男性名らしいです)




「起きなさい、起きなさい、私のかわいいサタルや……」
 眩しい日差し、母の優しい声。つられてサタルはゆっくりと目を開けました。
「おはようサタル。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。サタルが初めてお城に行く日だったでしょ?」
「もう朝か……。起こしてくれてありがとう、母さん」
 サタルは目をこすりながら、愛想良く微笑みました。
 ご飯張り切って作ったから早く降りてきてね、と朗らかに言い残して軽い足音と共に部屋を出ていった母を見送り、サタルは衣装棚から着慣れた旅装束を手に、鏡の前に立ちます。
 甘い顔立ちの秀麗な少年がこちらを見返してきました。額よりやや上に静かな輝きを放つサークレットの宝玉を撫でてから、サタルは黒髪をうまく整えます。それから、青空のチュニックと山吹のアンダー、最後に紫のマントを被ってもう一度鏡を見ました。
 よし、大丈夫。小さく呟いて、少年は隣の部屋に行きます。
「おはよう、爺ちゃん」
「おー、おはよう……」
 祖父はまだベッドの中でした。孫を見ると、頭に被ったポンポンのついた三角帽子を枕の脇に置きました。
「ごめん、起こした?」
「うんにゃ」
 祖父はぼうっと窓の外を眺めてから、ふとサタルの方に顔を戻しました。
「今日は遂に旅立ちの日じゃな」
「うん、そうなんだよ」
「お前の父、オルテガは立派な勇者だった。この爺の息子じゃ」
「うん」
「……あり? 今わしなんつった?」
「やだなあ、爺ちゃん寝ぼけてるんだろ? 無理して貫禄ありそうなこと言わなくていいから」
「ほほほ、すまんのう」
 軽く笑い声を立ててベッドを降りた彼は、サタルをじっと見つめました。
「どうかした?」
「お前、イケてるめんずに育ったのう」
「若い頃の爺ちゃんにそっくりだろ?」
「大きくなったのう」
 サタルは、言葉に詰まりました。老人とは思えないほど澄んだ祖父の目に、透明な雫が浮かんでいたのです。
「お前が生まれた時は、こんなに小さくて、しかもあんなに……よく、大きくなったのう」
「爺ちゃん。もう、泣かないでくれよ」
 サタルは感傷に浸る祖父を頑張って会話して笑わせましたが、まさか更なる強敵が待つとは思ってもいませんでした。
「そうして立ってると、若い頃のオルテガにそっくりだわ」
 レストランのディナーのような朝食を精一杯平らげた後、戸口で見送りに出ようとした母が涙ぐんでしまいました。サタルは母が父のことを思い出すとどうしても話題を逸らせないことを知っていましたので、ただ笑みを浮かべました。
「そうかな」
「ごめんなさい。私、何も母らしいことができなかった」
「いいんだよ、母さん」
「せめて、貴方が帰ってくるのをここで待ってるわ」
「父さんを連れて帰って来る。きっと間に合うよ、大丈夫」
 母は堪え切れず泣き出しました。サタルは困って、荷物袋に入れたハンカチを取り出してその涙を拭いました。
「サタル。誰が何と言おうと、貴方は私とオルテガの子よ。愛してるわ」
 自分より背が高くなった息子を躊躇いなくハグする母は、父が去ってから時が止まってしまったのです。それを承知している十六歳の息子は、ハグを返しました。
「ありがとう、母さん。俺も愛してるよ」
  そしてサタルは一人、発ったのです。
(「お調子者」勇者。こんな親子実在しないとか知ってるコンテストNo,1)




「起きなさい、起きなさい、私のかわいいサンドラや……」
 眩しい日差し、母の優しい声。しかしサンドラは既に目を開けていました。
「おはようサンドラ。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。サンドラが初めてお城に行く日だったでしょ?」
「ええ、分かっているわ」
 サンドラが起き上がる前に、母は出ていきました。サンドラは衣装棚から着慣れた旅装束を手に、鏡の前に立ちます。
 憂鬱な面持ちの美少年に似た少女がこちらを見返してきました。サンドラは雑に櫛を髪に通し、首輪ならぬサークレットを頭に嵌めました。それから、青空のチュニックと山吹のアンダー、最後に紫のマントを被ってもう一度鏡を見ました。
 よし、大丈夫。小さく呟いて、少女は隣の部屋に行きます。
「おはよう、お爺さん」
「おー、おはよう……」
 祖父はいつものようにベッドの中でした。孫を見ると、頭に被ったポンポンのついた三角帽子を枕の脇に置きました。
「今日は遂に旅立ちの日じゃな」
「ええ」
「お前の父、オルテガは立派な勇者だった。この爺の息子じゃ」
「ええ、もう行くね。さようなら」
 今日も意識が混迷していることを確かめて、サンドラは部屋を出て下に降りました。
 朝食はありませんでした。昨夜、サンドラが仲間との挨拶を兼ねながら外で済ませるため不要だと言ったからです。
「さ、サンドラ」
 荷物を下げてまっすぐ玄関に向かおうとして、母に呼び止められました。サンドラの大きな三白眼に自分が映るのを見ると、母は怯みました。
「あ、あの……母さんが案内」
「いいわ。分かってるから」
 二人は親子であるはずなのに、その間にはどこかぎくしゃくとした空気が流れていました。母は落ち着かなそうに視線を斜め下にずらし、両手をさすりました。サンドラは冷たくもなければ温かくもない無味乾燥な顔で、彼女を見つめていました。
「貴方は『いい母親』だったわ。行ってきます。今までお世話になりました」
 母が顔をあげた時には、すでに彼女の姿は戸口にありませんでした。彼女は眉と口元を歪め、その場に膝をつきました。
「おお、神よ……! 私をお許しください」
 そして頭を垂れ、祈りの姿勢のまますすり泣きました。
(「一匹狼」勇者。こんな親子なりたくないコンテストNo,1。サンドラは少女ババアです)




「起きなさい、起きなさい、私のかわいいアンナや……」
 眩しい日差し、母の優しい声。それでアンナはうっすらと目を開けました。
「おはようアンナ。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。アンナが初めてお城に行く日だったでしょ。この日のために、おまえを勇敢な男の子に負けない女の子として育てたつもりです」
「ええ、母さん」
 アンナは身を起こします。艶やかな茶髪が、日差しのもとに絹のような光沢を放ちました。
 母はその場に留まり、娘の着替える様を見守ります。娘は真新しい旅装束を手に、鏡の前に立ちます。
 匂い立つように艶麗な美少女がこちらを見返してきました。アンナは丹念に櫛で髪を梳かしてサークレットでまとめ、見事なプロポーションを誇る肢体に青空のワンピース型チュニックと山吹のタイツ、最後に真っ赤なマントを被ってもう一度鏡を見ました。
 よし、大丈夫。小さく呟いて、少女は背後の母を振り返りました。
「分かってるわね、アンナ」
「ええ、母さん。母さんの言ったことはしっかり覚えてる」
「じゃあいつもの、基礎の確認合言葉行くよ」
 言うが早いか、二人の美女の間に戦場のような緊迫感が張りつめました。
「仲間は!」
「作戦次第!」
「王族は!」
「たぶらかす!」
「結婚相手は!」
「玉の輿!」
「さあ、母さんについていらっしゃい」
「はい、お母さん」
 それまでのドスのきいた声が嘘だったかのように、二人は淑女然とした笑顔で楚々と部屋を出て家を後にしました。
 立ち振る舞いも上品に、王城までに敷かれた石畳の上をしずしずと歩きます。親子を目にした人々が、皆目を丸くして人を呼びに行きます。
「おい見ろよ! オルテガさんとこの!」
「あれまあ、奥様とお嬢さん。相変わらずお綺麗で」
「やっぱり生まれつきが違うよなあ」
「ほら、俺が言った通り色っぽいだろう?」
 美人親子は全てを「恐れ入ります」と控えめな笑顔で切り抜けました。
 跳ね橋の前まで来ると、母は娘の方へ踵を返し春風のような声で言いました。
「ここからまっすぐ行くとお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ。さあ、いってらっしゃい」
「はい、行って参ります」
 アンナははにかんで初々しくお辞儀し、熱視線を一心に浴びながら橋を渡るのでした。

(「セクシーギャル」勇者。この調子でゾーマまで落とします)




「起きなさい、起きなさい、私のかわいいアニィや……」
 眩しい日差し、母の優しい声。それでも、アニィは目を開けませんでした。
「おはようアニィ。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。アニィが初めてお城に行く日だったでしょ。この日のために、おまえを勇敢な男の子として育てたつもりです」
 母の声は花を愛でるようでした。しかし息子は知らんぷりで、頭からかけ布団を被って寝返りを打ちました。
「起きなさい、起きなさい、私のかわいいかわいいアニィや」
 それでも、母は辛抱強く蜜のような声で呼びかけます。おはようアニィ。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。アニィが初めてお城に行く日だったでしょ。この日のために、おまえを勇敢な男の子として育てたつもりです。
 しかし、なかなかアニィは起きません。母は同じセリフを繰り返しながら、しかし一度繰り返す度に一つ「かわいい」を付け足していきました。遂に「かわいい」が十ついても起きなかった時、何かがブツンと切れる音が部屋中に響きました。
「勇者ヒトマルキュウ号アナスタシウス・アームストロングッ!! 起床せよ!!!」
「ハッ!!!」
 すると、あれだけ起きようとしなかった少年ががばりと飛び起き床の上に直立不動になりました。なかなかに引き締まった良い身体の、長身の持ち主です。彼は精悍な顔付きを母にひたと向けます。母は、さきほどまでの甘い声が幻聴だったかと疑えるほどに悪魔に似た形相をしていました。
「今の時刻を言え!」
「はっ、ハチゴーマルであります!」
「貴様の起床予定時刻はッ!」
「ハチマルマルであります!」
「バカ者!!!」
 バチコーン! 強烈なグーパンチがアナスタシウスの腹を襲いました。アナスタシウスは開け放たれた窓から飛び出し、落下しました。
 母はいつもなら頬を握りしめた拳で打ちます。しかし、今日は大切な日。これから王様に会うというのに頬に青痣があったりしたら一家の恥です。ですから、傷の見えにくい腹に一撃を叩き込んだのでした。これが、母の優しさです。
 母は開け放たれた窓の桟を足蹴にして、下の石畳にめり込んだ息子に向けて叫びました。
「聞け! 私は貴様をこれまで勇猛果敢なるアリアハン男児とすべく鍛えて来たッ! しかァし! 貴様は未だにこの体たらくッ! 勇者が受身くらい取れなくてどうするッ!」
「はっ、申し訳ありませんッ!」
 親子の階を隔てた会話を、近隣住人は「おやおや、またやってるねえ」と和やかに聞きました。代々多くの勇者と優秀な軍人を輩出してきた「アームストロング家」は、アリアハンの名物なのです。
「もういいッ! さっさと陛下のもとへ馳せ参じないかこのウツケッ!」
「イエッサー!」
 そしてアニィは石の破片を髪につけたまま猛然と駆けだしました。その後ろ姿をじっと見送って、母は溜め息を吐きます。
「……こんな時くらい、普通に送り出したかったのに」
 エプロンを軽くはたき、窓を閉めようとします。しかし、そこに土煙を上げながら息子が駆け戻って来るのが見えました。
「教官殿ッ! お城は、どこでありますかッ!?」
 それはアリアハン史上最も美しいムーンサルトだったと、後に目撃した近隣住人は語ったということです。
(「豪傑」勇者。ファミリーネームの由来は勿論、我がアームストロング家に代々伝わる由緒正ry)