転職は計画的に




「あの……転職してもらえませんか?」

 まさに青天の霹靂ってやつだった。

 それまでの私は武闘家。武術が大好きだったのもあって、武闘家になった。用心棒とか色々してそれなりに稼いで五年、それからルイーダで勇者君にスカウトされて、ずっと武闘家のままで頑張ろうと思ってた。

でも、その一方で限界も感じていた。

 私は生まれつき、筋肉の付きにくい体質だ。食べても食べても肉がつかない、筋肉を作れない。
 これは武闘家としては致命的である。でも認めたくなくて、がむしゃらにそこまで動かなくても戦える方法を探して古今東西の書籍をあたって――

「あのですね、賢者になって欲しいんです」

 悟りの書を手に入れて、ガルナからダーマに帰って来て一泊した翌朝のこと。

 何やら改まった様子のパーティーメンバーが机で読み物をしていた私の前に正座して、勇者君が切り出した。固まってしまった私に、口早に僧侶ちゃん。

「ごめんなさい! 貴方は武術が大好きなのに! でも」
「魔法使える奴が欲しいんだよ」

 お前だって分かってるだろ? と盗賊。彼の言葉を聞いて少し平常心を取り戻した私は頷いた。

 平々凡々という表現がまさにふさわしい性格の勇者君、乱暴者の盗賊、お転婆な僧侶ちゃん、そして頭でっかちな武闘家の私。

 パーティーもパーティーを構成する一人一人も、悪くはないのだがいまいちなのだ。勇者君は何でもそれなりにこなすが、悪く言えば器用貧乏。盗賊は力こそあるものの、職の特色であるはずの素早さに欠ける。僧侶ちゃんは打撃もいけるけど、一番の役割である回復呪文を使うための魔力が少ない。私は素早いし武術の知識はあが……打撃役のくせに力があまり強くなく、メインアタッカーには物足りない。

「これまではどうにかしてこれたけど、これから先もっと強い魔物の出る地域にも行くだろ? その時にこれじゃあやべえ」
「それで、パーティーの安定のために回復役か攻撃呪文役が欲しいんです」

 ぞんざいな盗賊の言葉を、勇者君が継ぐ。その口調はあくまでも優しく、私に気を遣っていることは明らかだったけど、私を役立たずだとかそういう風に思ってのことではないことは何となく伝わって来た。

 そう、私達は全員、上手くいっていないのだ。自分だけじゃない。三人の顔を見回すと皆同じように思っていることは明確で、私はやっと安心することができた。

「なら私は攻撃呪文を使える魔法使いの方がいいんじゃない? 回復役はもう二人いるもの」
「でも、不安なの!」

 僧侶ちゃんが叫ぶように言う。

「あたしは魔力が少なくて体力があまりないから、これから回復役のメインになれる自信がないんだ」
「僕もあまり魔力が豊富とは言い難いですからね。だから、貴方にお願いしたいんです」

 終始不安げな僧侶ちゃんに対して、勇者君は至って慇懃なまま。ホント、こういうところだけは普通じゃないわこの子。何か被り物してるんじゃないかって勘ぐっちゃう。

「貴方は魔法の心得が全くないのに、十分な魔力があります。僕達の中では一番記憶力が良くて、知識もたくさんあります。貴方さえよければ、どうでしょうか?」
「なるほどねえ」
「なるほどじゃねえよ」

 盗賊が眉間に皺を寄せて、私にガンを飛ばす。顔は悪くないのに、人相と性格のせいで台無し。

「やれ」
「偉そうね」

 私はちょっとだけ考えた。そして――素晴らしいことを思いついた。






「わー凄い凄い!」

 ツインテールの少女が完成を上げて跳ねる。キラキラと輝く彼女の瞳に映っているのは、満点の星空でも南国の海原でもない。もうもうと煙に似た蒸気を立ち上らせる、氷の大地である。

 蒸気を風が散らし、視界が晴れる。

 氷の銛に頭をぶち込まれ、絶命した魔物がちらほら。

 細い刺し傷から、直接体内を焼かれた魔物が点々。

 旋風を伴う蹴り技一つで、命を刈られた死体が累々。

 その散らばる遺体の集合地、中央に佇む女は宙を舞う白銀の欠片と同色の髪を風になびかせ、紅き唇を綻ばせる。その白魚の如き手足には唇と同色の――いや、それより遥かにおどろおどろしい、紅。

 少女が屍を飛び越え飛び越え、女のもとへ駆けていく。それを見送る男二人は、生の気配薄い新天地で無事でいられているにも関わらず、浮かぬ顔である。

「俺達、とんでもねー化けモン作っちまったんじゃね?」

 盗賊は頭痛でもするのか、額を抑えている。

「いやあ……武闘と魔術の合わせ技、素晴らしいですし期待通りではあるんですけど」

 困りましたねえ。勇者は口の端をひきつらせて、笑った。









※第7回ワンライ参加。

 お題「頭でっかち」選択。











20140820