妄信僧侶




 私の名はクリフト。サントハイム城の神官である。
 我が主君は二人いる。一人は勿論サントハイム王、素晴らしく器の広い、聡明な方だ。そしてもう一人のお方は、その姫君であらせられるアリーナ姫様である。

 アリーナ姫様である。

 大事なことなので二回言った。
 皆様はアリーナ姫様をご存じだろうか? 男性諸君は知らなくとも結構、女性の方は……ああ多くの方に姫様の魅力を知ってもらいたいのに私は! 私の邪なる心が姫様に害を与えかねないありとあらゆる可能性を計算し恐れ、アリーナ姫様の魅力を伝えることを躊躇わせてしまう! おお神よ、お許しください! アリーナ姫様お許しください!
 仕方ないので皆様は公明正大天衣無縫明朗かつ活発でありながら立ち振る舞い些細な所作にも優雅さと品位があり好奇心旺盛で清楚で他者に優しく自己の研鑽に非常に厳しく励まれる姫君の鑑のような方であるという概念だけ知っておいてください。

 私はこのアリーナ姫様の身辺警護を仕事の一つとしている。姫様は先述の通り好奇心旺盛な方であるから、すぐご自分の身の危険も顧みず様々な所へお出かけになってしまうので、私が、この私が! 姫様を危険からお守りしなければならないのです! 何たる光栄! 主よ、貴方が私に健全なる肉体と健全なる魂をお与えになったのはこのためだったのですね! ええ、天にまします我らが父よ、私は全身全霊をもって、そのご期待に沿う次第であります!

「で、その決意の結果がストーカーか」
「うわあっ!!?」

 後ろからいきなり声が!!!

「あああ勇者さん! 良かったあああ」

 振り向けば何だ、知ってる方です。ほっとしました。
 肩まで垂らしたまっすぐな緑髪、端正な顔立ちをお持ちのこの男性は勇者様です。何でもかの魔王を倒す力を持ってるのだとか。今は私と姫様の旅路に同行して下さっています。

 しかし、私としたことが背後の気配に気づかないとは不覚! 今回の場合、味方だったから良かったですがこれがもし敵だったらと考えると恐ろしい。
 姫様、クリフトはもっと強くなりとうございます! そのためには

「おーい聞いてんのか?」

 はい?
 私が自らに課している修行のメニュー改善を検討していると、目の前でひらひらと揺れるものが。勇者様の手です。

「すみません、修行メニューを考えるのに夢中でした。何でしょう?」
「聞いてなかったのかよ」

 勇者様はこれ見よがしに舌打ちする。そんな顔されても私の最優先事項は姫様の身の安全ですから。

「はッ! しまった!」

 そこで私は我に返った。
 そうだ、私は今一日完全オフのためお一人で町にお出かけになっている姫様の身辺警護の任についている真っ最中なのでした! なのに私は姫様を見ずに一体何を……!?

「おいクリフト! どこ行くんだよ!?」

 潜んでいたゴミ箱を飛び出して、私は商店街を見回した。
 左右に露店の並んだ広い一本道ですが、何にしても人が多い! これでは姫様の身に何が起こってもおかしくない!

 可憐な姫様に恐ろしいハプニングが襲い掛かることを思うだけで私の全身の血が冷えていきます。冷え性になりそうです。しかし後悔している場合ではありません。懺悔は後ほどたっぷりと、今は改めるべき時!

 目を瞑って全神経を研ぎ澄まします。有象無象の声などどうでもいいのです。今は姫様を一刻も早く見つけ出さなくては!
 私の記憶と魔力を結び付けて探知するのです。さあ思い出せ私。姫様の愛らしいお顔、姫様の御髪、姫様のおみ足、姫様の山吹色のドレス、姫様のとんがり帽子、姫様の紺碧のマント、姫様の髪の香り、姫様のうなじの香り、姫様の汗の香り、姫様のおみ――

「あそこにいるのアリーナじゃね?」
「アリーナ姫様とお呼びなさい!」

 一喝しつつも勇者さんの指した方向を向けば、いらっしゃいました!
 アリーナ姫様です!
 何やら武器屋をご覧の様子。さすが武術の鍛錬にご熱心な姫様。
 しかし気を付けてください! その武器にはどんな呪いがかけられているか分からない! 姫様を陥れるための罠だってあるのかもしれないのです! たとえば今持ってらっしゃる鞭! 姫様の細い腕に絡みついて離れなくなったり……腕? いや腕とは限らない足かもしれない。姫様のおみ足に絡みつく、だと……?

「ったく、おめー毎回飽きねえよな。アイツが出かけるたびにこっそり後ついてったり普段も目でアイツのことばっか追っかけてたりとにかく傍に行こうとしたりとかさ。もうストーカーまで越えそうで俺は怖いよ。お前王宮仕えの聖職者だろ? 犯罪とかやっちゃったらどうす――おい、鼻血止めろ。下が一面血の海じゃねえか」

 ああ、姫様……不肖クリフトは、罠にかかってなおお美しい姫様のお姿を考えるだけで……どうやら、ここまでのようです……。

「おい、何で倒れんだよ!? 目立つからやめろ! 起きろ馬鹿何もダメージ喰らってねえだろ!? おい!」

 意識はどんどん遠のいていきますが、どこかから姫様の悲鳴が聞こえたような気がします。
 ああ幸せです、いい夢が見られそうです。

 お休みなさい、姫様。






第1回DQ深夜の真剣文字書き60分一本勝負参加作品。お題「クリフト」選択。



20140706