My hero!




 最近越してきたばかりのこのモンストルの町には、英雄がいるらしい。新しくできた友達に聞くことには、その名をアモスというのだそうだ。アモスは腕も足も丸太のように太く、胴は一流の芸術家が造った彫刻のようにがっしりとして雄々しく、それでいてその笑顔は子犬のように人懐こく、朗々とした声は太陽が注ぐ光のように聞く者を安心させるのだという。


「アモスは強いんだぜ。それでいつも魔物から町を守ってくれる」

「今は旅に出てるけど、たまに帰って来て面白いお話を聞かせてくれるんだ!」

「みんなアモスのこと大好きさ。お前も、会ってみたらきっと好きになるよ」


 友人たちはそろってそう言った。だから彼も、その英雄に会えるのを楽しみにしていた。

 ある日、町を魔物の群れが襲った。この町の人々は、以前彼が住んでいた町に比べて戦い慣れている。しかし、如何せん敵の数が多かった。人々は次第に押されはじめ、遂に女子供や老人など、戦えない者は避難所へ逃げろという連絡が回って来るまでに至ってしまった。

 本来なら少年である彼は、母や妹と共に避難所へ行かなければならない。しかし、戦線へ赴いた父が心配だった。加えて彼には自分も一人前には一歩及ばぬものの、大切な者を守る男であるという自負があった。だから父のお古のナイフを懐へ収め、母の隙をついて人の流れに逆らって騒ぎの中心へと向かった。

 町の外れでは腕に覚えのある男達や女戦士が戦っていた。対峙するのは彼も目にしたことがあるものの他に、見たことのない宙を飛ぶ怪物が多く見られた。人々は足場なき空を自在に駆けるそれらに苦戦しているようだった。


「町長、もうアモールの水の在庫が!」


 道具屋の男が太った身体に汗を滝のように滴らせて町長に走り寄る。町長は照りあがった頭を脂汗で光らせて歯ぎしりする。


「くそっ、アモスさえいてくれれば……」


 そうだ、アモスだ。町の危機だという時に、英雄がいなくてどうするのだろう。彼は辺りを見回す。しかし、話に聞いたような男はどこにも見当たらなかった。でも、アモスがいてくれれば。


「呼びましたね!?」


 遠くから声がした。その声は、直接頭の中へ降って来たようにも思えた。

 空を見上げる。雲の切れ間から、何か点のようなものが向かってくる。


「何だあれは?」

「敵か!?」

「いや違う、あれは……」


 それは天馬だった。白い毛並みに覆われた筋肉を隆々と波打たせ、空を蹴ってこちらへ迫って来る。手綱は一台の馬車へと繋がっていた。

 荷台に誰か乗っている。胸が知らず高鳴る。


「アモスッ!」

「来てくれたぞ! アモスが!」

「アモスーっ!」


 人々が歓喜に満ちてその名を連呼する。答えるように、荷台の人物が大空から大地へと飛び降りた。


「お待たせしましたっ!」


 大剣を抜き、朗々とした声を放ったのは碧空の如き鎧を身に纏った男だった。露出の高い鋼鉄――少年は数年後、これの名がビキニアーマーというものであることを知る――から、背後に控える天馬よりなお頑健な身体が露わになっている。彼は凛々しい金の眉を持ち上げ、彫りの深い顔中にっかりと大きな笑みを浮かべた。その表情は聞いた通り子犬のようで、熟練した猟犬のようでもあった。


「今日のアモスはただのアモスじゃありませんよ!」


 大剣を魔物に向け、彼は陽気に吠える。魔物達は呆気に取られたのか、突然現れた男に警戒の目を向けている。町の人々も戦いの手を止めて彼に見入っていた。


「勇者職を極めたアモス、その名もウルトラマリンアモス!」

「おっと、俺達を忘れんなよ!」


 馬車の幌がめくれ上がった。中から三人の男が姿を現す。褐色肌にモヒカンの大男、笑顔の眩しい逆さ青髪の青年、そして死んだような顔つきをした色白美青年である。彼らは共通して、アモスと同じデザインだが微妙に色の違う鎧を装備していた。
 褐色の男が己を親指で指す。


「俺はオーキッドパープルハッサン!」

「俺はゼニスブルーレック!」


 続けて逆さ青髪が快活に告げる。

 奇妙な間が空いた。三人の男達が黙り込んでいる銀髪を振り返る。


「どうしたセンチメンタルブルー!」

「早く名乗れよ、お前の番だろ」

「やあ、すみませんねえ。彼ったらちょっとシャイなアンチキショウなもんで」


 アモスがモンストルの人々と魔物、両方に向けて頭を下げる。両者とも取り込まれたようにぽかんと口を開けている。


「……いっそ殺せ……!」


 センチメンタルブルーは血を吐くような声でやっとそう言った。だがアモスは構わず声を張り上げる。


「四人合わせて!」

「宇宙ヒーロー、夢幻勇者隊ッ!!!」


 直立のセンチメンタルを除いた三人が、各々ポーズを取った。

少年は、自分の心が英雄に完全に奪われたことを感じ取った。正確にはあまりに強いインパクトに圧倒されていただけなのだが、幼い彼にそんな細かい心の機微が分かるわけがない。


「やあ、決まりましたね!」

「勇者極めた甲斐あったな! スーパースターの効果も活きてるぜ」

「でも俺、やっぱ魔法少女隊やりたい。次ハッサンと交代でバーバラ入れようぜー」


 アモスと元気のいい二人の男達は場の空気にそぐわない気楽な口調で話し合う。色白の男は何やら一人でブツブツ呟いている。

 ドッグスナイパーが、そろそろと弓に矢を番えた。すると魔物達が我に返ったように動き始める。町民たちの間に緊張が走った。


「おっと!」


 だが先陣を切ったドッグスナイパーは、次の瞬間赤い軌跡を描いて地に倒れていた。


「開戦の台詞もまだなのに動き出すなんて、マナーが悪いですね。」


 いつ動いたのか、魔物の群れの中心に佇んだアモスが大剣を引き抜いた。魔物の空気が凍り付く。逆に、町側は熱い歓声を上げた。


「さあ皆さんっ! いきましょう!」


 アモスの掛け声に雄叫びで答え、人々は再び剣を握り地を蹴った。アモスの三人の仲間達もそれに混じった。

 モンストルの戦士達は、消えかけた炎が再び燃え盛るように一変したたけだけしい猛攻を披露した。中でも英雄アモスとその仲間達の快進撃は目覚ましいものだった。彼らは町のメンバーが苦戦していた空中戦をたった四人で制圧していった。雲の巨人、ドックスナイパー、ヒートギズモなどを回転しつつ体当たりし、飛んで己の膝で打ち取ったりして次々と屠っていく。彼らはいつしか人々の先頭に立ち、魔物達の攻撃を一身に受け止めながら強烈な攻撃でもって敵を圧倒した。その大きな背中を、少年はナイフを握りしめたまま放心したように凝視していた。

 どれほどそうしていただろう。その間に魔物達は怯えて逃げ帰っていった。人々は彼らを追うことはせず町の無事を確かめ安堵し、自分達の活躍を称え合った。そして、彼らを奮い立たせてくれた英雄に惜しみない賛辞と感謝を述べた。


「皆さんがご無事で何よりです。遅くなってすみません」


 町の英雄は謙虚ながら嬉しそうにそう答えた。そんな彼に人々はまた賛辞の言葉を送る。人の波に囲まれて、英雄は実に嬉しそうに白い歯を見せていた。


「おや君、大丈夫ですか? ぼんやりしているようですが、どこか痛いところでもあるのですか?」


 大人たちが後始末のために各自動き出したその時、英雄が彼に話しかけて来た。英雄の優しげな眼差しに晒されると、少年は顔に全身の血が集まって何も考えられなくなってしまった。

 それで気付いたら、自分も貴方のようになりたいと言っていた。魔物達を前に、町の人々を背に庇い戦うその姿は少年の目に光輝いて映った。彼のように誰かの希望になり、誰かを守れる人になりたい。そう強く憧れた。

 英雄はきょとんとして、それから笑った。やや苦みを堪えたような顔だった。


「私のようにはなっちゃいけませんよ」


 それから彼の頭に、タコのできた堅い手を乗せた。


「その気持ちを持ち続けることができれば、貴方も立派な戦士になれます。まだ身体はちいさいですが、たくさん遊んで学んで……そうですね。貴方のことを思って怒ったり泣いたり笑ったりしてくれる友達がいれば、今にきっと私よりも強い男になれますよ」


 戦闘の最中でもどこかふざけたような調子があった彼だが、今の声色は少年にも分かるほど真摯だった。そして、限りない慈しみに溢れていた。


「アモス、行くぞ!」

「はいはいただいま」


 英雄は仲間達に顔を向ける。この時の彼の嬉しそうな横顔と広い背中を、いつまでも心に刻んでおきたいと思った。














第36回ワンライ参加。お題「アモス」選択。


20150222