それでもみんな兄が好き




「アッシが一番でがす!」

「いーえ私よ!」

「いやいや、オレだね」


 俺はそりゃあもうありったけの力を込めて若造二人を睨み付けた。しかし奴らもさすが兄貴とアッシと暗黒神を倒しただけのことはある。ちっともビビった素振りを見せない。


「兄妹愛なら、私が一番に決まってるわ!」


 ゼシカがそのでっかい乳をバインと揺らして胸を張った。


「確かに私、サーベルト兄さんに迷惑をかけたことがたくさんあったわ。でもね、喧嘩して怒ったり泣いたりした回数の分、私は兄さんを何度も何度も愛し直したの。兄さんはいつも喧嘩すると『ごめんねゼシカ、俺も悪かったよ。愛してる』って言ってくれたわ! 勿論私も『ごめんなさい兄さん、愛してるわ』って言ったけどね!」
「ああっ、それは羨ましいでがす!」


 思わず俺は考えたことを口に出してしまった。ゼシカが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ふふーん。羨ましいでしょう?」

「べっ、別に羨ましくなんてねーし! そんなんうわべだけに決まってんだろ!」


 精一杯に強がるのはククール。しかし、ゼシカは容赦なく言い返す。


「兄さんはどっかのイヤミな二階とは違ってうわべだけで物を言うような人じゃないもの。誠実なのよ。しかも、小さい頃は仲直りのキスだってしてくれたんだから!」

「ど、どこに?」

「ほっぺ」


 ククールが頭を抱えて崩れ落ちた。俺は憐れみを込めて机の上に流れる銀髪を見つめる。可哀想に、ククールはそんな愛情を注がれたことが人生で一回もなかっただろうからな。

 しかしただちにククールは頭を跳ね起こして反論する。


「オレだって孤児院の頃はオディロ院長にしてもらったし! しかも喧嘩なんてしなかったしー!?」

「今はジーさんトークじゃなくて兄さんトークでしょ!? アンタたちの場合喧嘩もできないくらい仲悪かっただけじゃないの!」


 ククールは再び卓上に沈没した。何とつーか、本当に……哀れとしか言いようがねえ。

 ゼシカは両手を組んでキラキラと瞳を輝かせながら幼い頃の思い出を振り返る。


「それだけじゃなくて私達普段からとーっても仲のいい兄妹だったもの! 喧嘩したって言ったけど、それも両手で数えるくらいだしそんなに大きな喧嘩したことがなかったわ。だって兄さんは私の機嫌が悪いとすぐ察してくれたし、私も兄さんが疲れてるなーって思った時は――サーベルト兄さんはすっごくできた人だから、疲れ切った時でもないと怒らないのよ!――兄さん大丈夫? 肩揉みしようかマッサージしようか? って聞いたりして、お互いにお互いのことすっごく思いやりあってたのよ!」

「くっそー!」


 卓上で銀髪がじたばたと悶える。色々な意味で羨ましいに違いない。だが俺はそんなことに気を取られている場合じゃない! 負けるわけにゃあいかねえ!


「それだけじゃあ本当にゼシカも兄さんも相手のこと愛してたかなんてわからねーでがす!」

「分かりなさいよ! 私は兄さんのことが大好きで大好きでドルマゲスを殺したいほどに憎んだわ! そして兄さんは死んでも私のことを心配して魂の一部だけになってもリーザスの塔で待っててくれたわ!」


 それでも分からないッて言うの!? とゼシカが啖呵を切る。なさけねえことに、俺は返しが思いつかなかった。本当に俺は頭の巡りが悪いから、口で勝てなくていつも唇を噛み締めることになるんだ。

 兄貴は確かにアッシのことを大事に思ってくださいやすが、愛かどうかと言われると分からねえでがす。アッシは兄貴が万が一にも億が一にも殺されるようなことになったら間違いなくすぐに犯人の所にすっ飛んで行ってドタマかち割ってやるでがすが、うーん……兄貴は……?


「兄弟としての結びつきの強さなら、オレが一番だぜ」


 お互いへの愛で勝てねえと思ったのか思ってねえのか知らないが、ククールが復活してそう切り出した。なるほど、ゼシカとは違うところで兄弟愛をアピールするんだな! それは考えつかなかった!


「確かにオレの兄貴は弟としてオレを憎んでるだろう。だがその分、オレ達は誰よりも強くお互いのことを兄弟として意識している。これだけは絶対負けらんねえな」

「何よ、それじゃ兄弟としてどうなのよ!」


 ゼシカの言うことは至極正論だった。ククールはヤケ気味に返す。


「うるせえ! 兄貴がオレのことを思ってくれる時があるなら何でもいいんだよッ!」

「く、ククール……」


 俺もゼシカもそれ以上何も言えなかった。ククールは机を拳で叩いて泣きわめく。


「兄貴ぃ! どこ行っちゃったんだよぉぉぉ! オレはっ、オレはアンタと兄弟として……うっうっ」


 ゼシカの姉ちゃんは黙ってククールの背中をさすった。俺も黙ってコップに飲むものを注いでやった。

 ククールはこんなにもあの最悪な兄貴のことを思っている。そしてゼシカもまた、兄貴のことを思っている。

 それと比べて俺は。俺は……――







「ごめん待たせちゃって――ってうわっお酒くさっ」


 エイトは思わず顔を顰めた。トロデーンの王族も時には食事をする小洒落た一室には、かなりキツイ酒の匂いが満ちていた。繊細な装飾のなされた円卓に飾ってあったはずの草華は脇に避けられ、代わりにどデカい酒瓶が何本も居座っている。それを忠実な僕のように囲うゴブレット、ワイングラス、ロックグラスにタンブラー。様々な飲み物を満たしていたのだろうそれらは、今はただその名残として底に色を残すのみだった。

 そして、その周囲に三人の酔っ払いがボトルを片手に掴んで何事か会話を交わしていた。ただし、滑舌が怪しくて何を言っているのかいまいち聞きとれないが。


「アニキィィィ」


 酔っ払いその一、ヤンガスがこちらに気付いた。丸い身体が真っ赤に上気している。彼はゆっさゆっさとお腹の贅肉を揺らしながら千鳥足でエイトに向かい、よろけて倒れ込みそうになった。エイトは慌てて受け止めようとする。しかし、彼はそのまま土下座の体勢を取った。


「兄貴っアッシはらめら子分れげすぅぅあっしゃ兄貴にさしゅあげられるもんが何もねえれすう」

「何言ってんのよアンタ自信もちらさいよぅ」

「分かるぞ、分かるぞアンガスー!」


 ゼシカとククールが空のワイングラスをテーブルで打ち鳴らす。しかしヤンガスの耳にそれは入っていないようで、彼は額を床にこすりつけてろれつの回らないままに言う。


「兄貴、こんにゃとれえのねーアッシでがずがいざってときゃあ盾くれえにはなるでがすっ! 兄貴のためならあっしは命ぃ捨ててもええでがず」

「だっ、ダメだよヤンガス」


 エイトは落ち着いてと言うべきかもう今日はお酒やめてというべきか迷って、彼があまりにシリアスなことを言うのでまずそれに答えることにした。


「ヤンガスはまず俺にそんな気を遣わなくていいんだよ。何もくれなくてもヤンガスがいてくれるだけでいいよ。」

「あっ兄貴……」


 充血した円らな瞳が、みるみるうちに潤む。あれ、逆効果? と思う前に、エイトは圧倒的な質量で押しつぶされていた。


「兄貴ィィィ! 一生おともするれがず!」

「私もついてくわ兄さーん!」

「置いてかないでくれ兄貴ぃー!」

「うわっ……ちょっとやめて! 三人とか本気で潰れうぐっ」


 ブラコン同盟による兄貴への過ぎた愛情表現は、第四の同盟員がこの惨状を発見し「まあ、その人は私にとってもお兄様みたいな人ですのよ。私も参加したいですわ!」と乱入してもなお続いたのだった。











※第28回ワンライ参加。お題「ヤンガス」選択。




20141228