彼女のためのドレスアップ
※男主人公×アンルシア風味。
※いつもの、アストルティアが並行世界であることを自覚している主人公たち。
オレ、エックスにはたまに出会って共にアストルティアを冒険する仲間がたくさんいる。
普段はそれぞれの目的に従って各自旅をしているんだが、目的が一致した時には、一緒にパーティーを組んでクエストをこなしている。
冒険仲間たちと接する時間はそう長くないが、話が合うことが多い。
なぜなら、オレたちはほとんど似たような冒険をしているからだ。
オレも冒険仲間たちも、故郷の村を魔王ネルゲルに滅ぼされ、勇者アンルシアの盟友となって共に大魔王を倒し、様々な世界を旅して何度も世界崩壊の危機を食い止めている。
オレの冒険仲間のほとんどは「エテーネ村の時渡りの力を持つ生き残り」だ。
実は、仲間の他にも「エテーネ村の時渡りの力を持つ生き残り」は結構いる。
アストルティアを不規則に歩き回る者達に話しかけてみると、「エテーネ村の時渡りの力を持つ生き残り」であると分かることが多い。
しかし、エテーネ村の生き残りは周りにこんなにもたくさんいるはずなのに、世界の人々は不規則に動き回る彼らを「エテーネ村の時渡りの力を持つ生き残り」とは認識しない。
酒場も宿も、彼らをただの冒険者としてみなしている。
まるで、アストルティアには「エテーネ村の時渡りの力を持つ生き残り」などオレ以外に存在してはいけないかのように。
(こんなに似た境遇の人がいるなら、一人くらい同じエテーネ村の生き残りとしてずっと一緒にいられた方が、楽なのにな)
そう思うが、彼らは薄皮一枚隔てた別の位相に存在しているようで、同じアストルティアの十人ではあるけれど、「オレのアストルティア」と「彼らのアストルティア」は一致しないようだ。
出会えば自由に会話したり触れ合ったりできるのに、不思議な話である。
「並行世界に、自分と同じようなさだめを負った人がいて、その人と会話できる。それだけで十分に幸いだわ」
オレの冒険仲間の中で一番付き合いが古い一人は、そう言った。
名をミーナという。俺とほぼ同い年の女性で、長く伸ばした茶髪の風合いがオレとそっくりだった。
「アンタとはよく旅の途中で会うよな」
「それはそうよ。あたしはあなたの、あなたはあたしの同位体だもの」
「同位体?」
「似たようなさだめを負う『冒険者』の中でも、あたしとあなたは冒険の書の保管場所──生まれついた『星』が一緒なの」
「へえ」
相槌は打ったけど、正直よくわからなかった。
彼女は魔法のようなことにいっとう詳しいのだ。
でも、意味が分からなくても構わなかった。
ミーナとオレとはそれぞれ同性の弟妹がいて、冒険の進み具合がほぼ一緒だった。
彼女が、何かとよく話せるありがたい相手であることに、変わりはなかったからだ。
オレたちは冒険が落ち着いた時、つまずいた時、よく話をした。
こなす職業がちょうどかぶらなかったので、戦闘も助け合って攻略した。
冒険者仲間の中で、一番気心が知れていた。
もし仲のいい双子がいたなら、きっとこういう感じなんだろうなと、オレは思っていた。
大魔王との決戦から生き延びて、そこそこ月日が流れた、ある日。
オレたちはグランゼドーラの酒場で、王家の迷宮攻略について話し合っていた。
「あなた、前衛職しか極めてないんでしょ? よく躓かないわね」
「ひたすらレベル上げたからな。回復が得意な仲間モンスターについてきてもらって、アンルシアにも回復を頼んでる」
「へえ。うちはアンルシアとモンスターに攻撃役をやってもらってるわ。あたしはサポート」
オレとミーナは、それぞれ別位相のアンルシアの盟友である。
アストルティアには、冒険者の数だけアンルシアがいるらしい。
外見も話す内容もほぼ一緒。
違いは、オレたちのはたらきかけによって行動が変わることくらい。
これは実はアンルシアだけでなく、冒険者ではないほぼすべてのアストルティアの民に共通することなのだ。
よく考えれば妙なものなのだが、オレもアストルティアでの旅に慣れてきたので、もうあまり気にならなくなっていた。
「そういえば。エックスって、アンルシアにギフトを渡したことはあるの?」
ミーナが思いついたように聞いてきた。
「ギフト?」
「そう。アンルシアにプレゼントを贈れるの」
ミーナはポケットから向こうが透けて見える黒い石板を取り出した。
オレたち冒険者の必需品、《メインメニュー》である。
「ちょっとメニューから出て──ほら、これよ。ショップ。ここで、『アンルシアおめかし衣装』を買うと、郵便受けに届く」
ミーナが石板に映る《ショップ》を見せてきた。
そこには、出会った頃に着ていたミシュアの服を着たアンルシアや、鎧、ドレスなどの衣装を着たアンルシアが映っていた。
「町の防具屋じゃあ売ってないのか?」
「うん。ショップはアストルティアの外にあるから、こうやって特別なアクセスをして買うんだ」
ミーナは一度石板を自分に向けて何やら操作をした後、再度オレに画面を見せてきた。
「あたしは、これをアンルシアに贈った」
そこには、ピンク色のロングドレスを着たアンルシアが映っていた。
彼女の写真の上に、「グレースギフト・桃」と記されている。
「アンルシアは、赤が好きでしょ」
「そうらしいな」
アンルシアは、いつも赤い装束を身にまとっている。
好きな色なのだと言っていた。
「いつもの服はもちろん似合う。でも、あの子あんなに美人なんだもの。せっかくだから、いろんな服を着てほしい。というか、着せたい!」
ミーナは鼻息荒く、アンルシアの肌色と衣装の相性について語る。
彼女はファッション狂いだった。
彼女の本来の姿であるエテーネ人専用のドレスアップ衣装や、転生した種族の容姿に合うドレスアップ衣装を仕立てたり、たまに別種族の姿に変身して美容院に行ったり、またその姿専用のドレスアップ衣装を作って楽しんだりしているらしい。
最初に体をもらった種族と、本来の人間の姿とでしか歩き回らず、本来の人間の姿でいる時はだいたい身に着けた装備そのままの見た目で歩き回っているオレとは、大違いだった。
「でね。アンルシアったら、これを着て王家の迷宮にまで行ってくれるんだ」
「ええ?」
話半分に聞き流していたオレだったが、この彼女の言葉にはつい聞き返してしまった。
「このドレスで?」
オレは画面を指さした。
桃色のドレスの裾にはフリルが使われている。さらに、頭には大きなつば付きの帽子をかぶっている。
とても実戦向きには見えない。
ミーナは眉を持ちあげた。
「それが、意外といけるのよ。袖がバルーンで絞られてるでしょ。スカートもたっぷりしてるから、あんまり足に絡みつかないんだって。冒険者の中にも、ドレスっぽい服を着て普通に動き回ってる人だっているでしょ」
「あー。言われてみれば、いたな」
「運動神経抜群のアンルシアだもの。着こなせないわけがないわ」
「それもそうか」
ファッション知識ほぼ皆無のオレだが、アンルシアの戦闘センスはよく知っている。
だから、なんやかんやで納得してしまった。
「へえ、服を贈る盟友もいるんだな」
オレがそう言うと、ミーナはなぜか半眼になった。
「アンタは?」
「え?」
「アンルシアに何か、贈らないの?」
「贈らないの、って」
俺はこれまでアンルシアと接してきた記憶を振り返る。
「これと同じヤツと、ドワチャカシールドならあげた」
オレは腰に下げたはやぶさの剣・改を軽く持ちあげる。
性能がいいので、アンルシアにあげるだけでなく、自分でも愛用している。
ミーナは眉を吊り上げた。
「色気がない!」
「はあ」
偏見だろ。
勇者と盟友に、色気って必要不可欠か?
と言うか、色気って何だ。
あれこれ言いたくなったが、次のミーナの台詞を聞いて言葉を飲み込んだ。
「アンタ、まがりなりにもアンルシアの盟友なんでしょ? たまには感謝の気持ちを込めて、アンルシアの喜びそうな服の一着くらいプレゼントしたら?」
感謝。アンルシアの喜びそうなプレゼント。
「武器じゃあダメなのか?」
「アンルシア、喜んでくれた?」
思い返してみる。
これを装備すればいいのねと言われただけで、喜んではいなかった。
だいたいこれから王家の迷宮を攻略するという状況で渡したのだから、喜んでいる場合ではなかったように思う。
ミーナは体の前で手を組み、彼方を眺めてうっとりしている。
「アンルシアね、服を渡すと喜ぶわよ」
「へえ」
「何でも似合うのよ。アンルシアだから当たり前なんだけど」
ハァ本当に可愛いと溜息を吐くミーナは、この上なく幸せそうににやけている。
(こいつ、相当アンルシアに服を贈っているな)
オレは呆れた。
「アンルシアをきせかえドール代わりにしてないだろうな? 贈りすぎると、気を遣わせるぞ」
「してないよ! アンルシアだってちゃんと喜んでくれてるもん」
そうは言っているが、怪しい。
オレはこれまでに、こいつのドレスアップやハウジングに何度も金を貸している。
借りた金は期日までにすべてきちんと返してくれているが、借金をしたことがないオレからすると、かなり金遣いが派手なように見える。
アンルシアにも相当注ぎこんでいてもおかしくない。
「ミーナは楽しいだろうけど、あんまり贈りすぎると重く思われるんじゃないか? いくら盟友と勇者でも、その関係に甘えすぎたらアンルシアに負担をかける」
「分かってるってば」
オレが言うと、ミーナは頬を膨らませた。
「もう。エックスって、アンルシアのことになるとやたら堅いわね」
世の中には、喜んでバニーとか水着とかサンタコスを贈ってる盟友もたくさんいるのに。
ミーナはぶつくさ言っている。
オレは溜息を吐いた。
「そういう衣装もあるのかよ」
「お、興味湧いた?」
ミーナはわざわざメニュー画面でアンルシアの衣装を見せてくる。
バニーの耳を頭につけたミニスカート姿のアンルシアやら、色とりどりの水着姿のアンルシアやら、ファンシーな衣装のアンルシアやら。
様々な姿のアンルシアが並んでいた。
オレは頬杖をついて、目を脇にそらす。
たとえモデルのアンルシアがオレの知るアンルシアじゃないとしても、その肌をじろじろ見るのは気が引けた。
「その盟友とアンルシアがいいなら、それでいいんじゃねーの」
他人の幸せの形を批評するのは無粋だ。
周りにあまり迷惑をかけず、本人たちが幸せならば、それでいいだろう。
「あなたは?」
「オレ?」
「真面目な話。アンルシアへの感謝の気持ちとして、服を贈る盟友も多いわよ」
彼女の言うことにも、一理あるかもしれない。
武器や防具を渡すのは、贈り物というよりも戦略の一部に近い。
アンルシアとは、出会ってからずっと共に戦ってきた。
勇者覚醒時のショックで記憶を失ってしまった時期の彼女と出会い、その記憶を取り戻す手伝いもしたせいか──そもそも彼女が腹に一物を抱えるようなタイプではないからというのもあるだろうが──あちらが気を許してくれるのは早かったように思う。
オレの方も、彼女の勇者としての戦いに付き合っているうちに、気づけば彼女のために命を賭すのを躊躇わなくなっていた。
彼女の強さや明るさに助けられ、時にはその危うさを支えねばと懸命に努めたから、今日まで生き延びられた。
そんな気さえしている。
(一着くらい、服を贈ってもいいのかな)
勇者に必要な剣や盾ではなく、たまには気分の華やぐようなものを。
オレは考え込む。
ミーナが、対面からアンルシアの衣装ギフト一覧を見せてくる。
「どう?」
「……贈ろうかな」
「どれにする?」
オレは躊躇う。
「あのさ」
「うん」
「これはどうかな」
迷いながら、ミーナの示す衣装の一つを指さした。
純白と若葉色のロングドレス。
ミーナは目を丸くしている。
「アンルシアの好きな色と真逆じゃん」
「だって、この中に赤いドレスはないだろ」
「バニー服と水着とサンタコスと鎧ならあるよ」
ミーナはまた、アンルシアのための赤い衣装たちを見せてくる。
質のよさそうなものばかりだ。
彼女の好きな赤い服ならば、いくつでも贈っていいのではないだろうか。
あまり渡しすぎない方がいいと思っていたが、その気持ちが揺らいでくる。
「最初に贈るなら、これかな」
しかしオレは、再度緑のドレスを示した。
「あなたの趣味? アンルシアをきせかえドール代わりにするなとか言ったくせに」
ミーナの言葉が刺さる。
これだから、服を贈るという話になった時、すぐ乗り気にはなれなかったのだ。
結局のところ、買うオレの思いを、多少なりともアンルシアに押し付けるようなものなのだから。
「それは、そうだけど。でもオレは、何が何でもこの服を着せたいわけじゃねえから」
戦いの時でも、戦わない時でも、彼女が着たい服を選んで着るのがいい。
「水着でも?」
「あー。王家の迷宮なら止めない」
「外はダメなんだ」
「当たり前だろ」
「何で? アンルシアが着たいならいいじゃない」
似合うし、とミーナはまるで見たことがあるかのような口ぶりで言う。
「そうだけど」
オレは言いよどんだ。
どう説明したらいいか、分からないのだ。
ただ漠然と嫌だと思ってしまう。
「その……勇者があんまり薄着だと、敵が狙い目だと思って命を狙いに来そうで」
「そこ? まあ、そうかもしれないけど」
「護る側として、気が気じゃない」
「ああ。あなたが不安なのね」
ミーナは妙にぬるい笑みを浮かべた。
「話をもとに戻すぞ。アンルシアには好きな服を着ていてほしい。だから、オレの贈った服は着なくてもいいから、このドレスを贈りたいんだ」
「何で?」
「似合いそうだから」
「うわっ、理由になってない」
こいつ。ずけずけ言いやがって。
「オレが理由を語ったら語ったで、お前きっと引くだろ」
「うん。気持ち悪いなって思う」
「自分から話を振っといて、ひどくねえ?」
「でも、あたしも他人のこと言えないけどね。あれこれ理由付けてるけど、結局のところアンルシアに似合いそうだから贈ってるんだもの」
ミーナはあっけらかんとして言う。
「あなたがドレスを贈りたがるなんて、意外だったわ。鎧を贈るかと思ってた」
「何でだよ。そんなに戦闘好きそうに見えるか?」
「ううん。あなたって、かたくなに勇者と盟友の関係を大事にしたがるから」
てっきり戦闘服を贈るのかと思ってた。
ミーナは心底意外そうだった。
オレは首を傾げる。
「確かにアンルシアのことは大事だけど、かたくなって言うほどか?」
「うーん。何て言ったらいいんだろうね」
ミーナは困ったように笑う。
そのまま片手を顎に添えてうつむき、黙り込む。
オレは自分と同じ色をした彼女の前髪を見つめ、話す。
「実は、最初鎧にしようかちょっと迷った」
「へえ」
彼女は顔を上げた。
「何でやめたの?」
「アンルシアの大事な戦闘衣装だって考えたら、決められなくなった」
「ああ」
「戦闘じゃない時に着る服ならば、アンルシアの邪魔にならないだろ」
勇者として、王族として。
周囲から求められることの多いアンルシアは、その場面ごとに胸を張って人前に出られる自分の好きな服を着ていくだろう。
だからオレからは、アンルシアがたまに役割を求められないような場で着られる服を贈りたかった。
「黄色のドレスや青のドレスも、きっと似合うだろうから迷った」
「何で緑にしたの?」
「……似合いそうだから?」
ミーナが肩を竦めたが、オレだってそうしたい。
まともな理由が思いつかない。
なんとなく、感謝を込めて彼女に贈るとしたらこれだろうと思ったのだ。
「ところで、お妃様と同じ色合いだけど気づいてる?」
「あっ」
オレは口を覆った。
言われてみれば、アンルシアの母であるグランゼドーラ王妃は、純白のドレスに若葉色のボレロを好んで羽織っていたような気がする。
「全っ然気づかなかった」
「エックスって、本当に普段から他人の服を見てないのね」
何も言えない。
もう一度選び直そうか悩んでいると、ミーナが笑った。
「いいじゃないの。あなたの似合いそうっていう直感、あたしは間違ってないと思うよ」
「本当に?」
「うん。似た色の肌、似た髪色、同じ瞳の色のお妃様やトーマ様も、その色合いが似合っていたもの」
そういえば、生前のトーマ王子も緑の服を着ていたのだったか。
大魔王に操られていた王子の衣装のイメージが強いから、すっかり忘れてしまっていた。
ミーナは手を伸ばし、オレの肩を叩いた。
「色とかデザインは二の次。大事なのは気持ちよ。とやかく言わなくたって、アンルシアも分かってくれるわ」
「そうかな?」
「うん。いつもありがとう、だけ言えばいいのよ」
オレはミーナにショップへのアクセス方法を教わって、その場でアンルシアへのギフトを購入した。
「そろそろ時間じゃない? 王家の迷宮に行くんでしょ」
「ああ。もう行かねえと」
「郵便局に寄って行ったら? もうギフトが届いてると思うよ」
「そうする」
ありがとな、ミーナ。
そう言うと、彼女はいえいえと笑顔を返した。
「アンルシアの反応、聞かせてね」
「分かった」
手を振るミーナに見送られ、オレは酒場を後にした。
+++
エックスの背中が酒場の扉へ消える。
閉まった扉の反動が失せるのを見つめながら、ミーナはすっかり氷の解けて薄まったジュースをマドラーでかき混ぜる。
「何かと鈍いあなたのことだから、どうせ気づいてないんだろうけど」
ミーナは独り言ちて、物思いにふける。
緑は調和の色。
見る人の心に平穏な心象をもたらす。
白は純潔の色。
見る人の心に清潔な心象をもたらす。
そんな色をした服を、勇者としてでも王族としてでもなく、何の役柄を負っていないアンルシアでいる時に着てほしいというイメージを抱くということが、どういうことか。
(この際、異性が異性に服を贈る意図だとか、そういう話はもう触れないわ)
水着のアンルシアについて、面白いくらいに守る側のコメントしか言わなかったエックスなのだ。
話し相手が女のミーナだったからということもあるのかもしれないが、それにしたって彼の言い分はまるで保護者のようで、何の色気も感じられなかった。
まるで、色気が入ること自体を拒んでいるかのような。
──ううん。あなたって、かたくなに勇者と盟友の関係を大事にしたがるから。
先ほどの会話では、そういう言い方しかできなかった。
本当は別の言い方がしたかったのだが、ミーナの言葉に心底不思議そうな顔をしていたエックスには言えなかった。
言わないでおくことが、彼のためだと思ったのだ。
「あなたって、勇者と盟友の枠組みから外れるのを怖がってるみたい」
ミーナは彼の吸い込まれていったドアを見つめて、呟く。
「十分、立派な欲望よねえ」
それも、本人さえ説明できない無意識の領域にまで染み入ってしまうほどの、大きな欲望。
エックスがアンルシアを己の欲で縛りたくないと言っていた、その思いに偽りはないだろうけれど。
(もしも勇者も姫も求められない空間で、あなたとアンルシアが二人きりになったなら。あなたはきっと、アンルシアに緑と白の服を着せていないと耐えられないのでしょうね)
「赤い服を望めないあたり、ホント拗らせてるわ」
せいぜい、自分ではめた枷が外れないように、気を付けることね。
ミーナは喉の奥で笑った。
20210912