冥闇に花ひらく




※主人公♀×アンルシアの百合。
※受け攻めの明確な描写は無し。
※ver5.5までのネタバレ有。

























 最初に望んだのは、あなただった。

「好きよ、ミィナ」

 魔界のはて、決戦の地にて。
 魔王たちが別の場所で調べごとをしていて、アンルシアと二人きりになる時があった。
 驚いて彼女を見たら、切なそうな顔をしていた。
 それがただの親愛ではないことは、すぐわかった。

「アンルシアにしては、珍しい言い方。私もアンルシアが好きだよ」

 誤魔化すと、彼女は大きな瞳を歪めた。
 そんな顔まで可愛くて、私は目を逸らす。
 伝わってはいけないのだ。

「そうじゃなくて、私は」

 何か言い募ろうとする彼女の口を、片手で制した。
 周囲を見回して、誰もいないことを確かめてから、小声で言う。

「ダメよ、アンルシア」

 私たちは盟友と勇者で、同性なのだ。

「世界は滅びない。あなたはグランゼドーラに凱旋して、やがては勇者の血筋を残す」
「いや」

 アンルシアは私の手を握る。

「あなたが好き。あなたは?」
「王族でしょ。責任は?」
「そう思うなら、私を振って」

 笑いたくなってしまった。
 振れるものか。
 慕っているのは、彼女だけじゃない。
 でなければ、この身体に魔族の地が混ざったと知った後、契約を解消するために死に物狂いで働いたりしない。
 もっとも、アストルティアと魔界が手を結んだ今となっては、杞憂だったわけだが。

「私、あなたと一緒に並べるならば、地の底でも闇の果てでも構わないわ」

 彼女の双眸は、アストルティアの蒼穹の色。
 髪は降り注ぐ陽光。

 出会った頃から変わらない、光を擬人化したような少女が、静かに、切実に私を求め続けてくれる。

 幸せだった。

 「盟友」としての私を求められているのだとしても、構わない。
 彼女の横に並んで、世に二人といない戦友でいられるだけで、過ぎた幸運だった。
 この心情が何かなんて、どうでもいい。
 愛も、憧れも、過ぎた友情も変わりない。
 彼女と一緒に戦うために、奈落の底でも、闇の果てでも、どこにでも赴ける。
 そう思うのは、私だって同じだ。

「私だって、あなたが好き」

 私は観念して呟いた。

「でも、私は盟友でもあるの。勇者の血筋を次世代に繋げていってほしいって、同じくらい願ってるから」

 きっと、あなたは落胆するだろう。
 非難される覚悟もしていたのに、あなたはなぜか頬を赤らめた。

「あなたも私のことを愛してくれてるの?」
「うん」
「やった。私たち、想い人同士ね」

 アンルシアは、先ほど制した私の片手に指を絡め、白桃のような頬に寄せる。
 私は唖然としていた。

「でも私、あなたに他の男と結婚してって言ったのに」
「ひどいよね」

 不意に言葉で切られて、胸が痛んだ。
 しかし、彼女は微笑んでいる。

「でも、私はあなたのことが本当に好きだから、あなたが望むならば、勇者の血筋にふさわしい誰かと結婚して、この血を遺すわ。それに、あなたの血も誰かに継いでほしいもの」
「私にも、あなたを愛しながら他の人と結婚しろって言うの?」
「うん」
「ひっどい!」
「あなたも同じこと言ったじゃない!」

 二人して大きい声を出してしまって、慌ててあたりを見回した。
 まだ仲間たちは戻ってきていない。
 声を潜めて、アンルシアがくすくすと笑う。

「私たち、本当にひどいわね」
「まさかあなたまでそんなことを言うなんて、思わなかった」

 私が肩を落とす真似をすると、アンルシアは目を弓なりに細める。

「安心して。私だって、グランゼドーラの王家の娘だもの。誰との子でも、愛情と責任を持って育てるわ」
「そう聞くと、複雑……」
「あなたが望んだくせに、何言ってるの?」
「だって」

 私は言い返そうとした。
 けれど、先にアンルシアが私の両手を握りしめてこう言った。

「私たち、両想いね」
「そ、そうだね」
「死なないでね」

 私は、彼女の手を強く握り返した。

「当たり前よ。あなただって、私のしぶとさはよく知ってるでしょ?」
「うん」
「絶対生きて帰るわ。そして」

 私は言おうか迷って、やはり言うことにする。

「私たちの子孫を残す方法を、見つけ出してやる」

 アンルシアは目を丸くした。

「あるの?」
「わからないけど、死んだ人間が二回蘇れて、さらに自由に姿を変えられるんだから、女同士で子供を残す方法くらいあってもおかしくないでしょ」
「わあ。あなたが言うと、できる気がしてくる」
「そうじゃなければ、私が男になる方法を探す」
「うーん。それは最終手段ね」
「何で?」

 アンルシアは私の頭を撫でた。

「だって私、今のあなたが大好きだもの」
「私たちが結ばれるなら、どっちでもよくない?」
「そうね。でも、あなたのことが大切だから」

 私は彼女の巻き毛に指を絡める。
 繊細な黄金の髪に、ずっと触れたいと思っていたのだ。

「アンルシア、愛してる。絶対、死なないで」
「私も愛してるわ、ミィナ」

 アンルシアはくすぐったそうに笑う。

「二人で生き延びましょう。約束よ」











20210821