ひとり²




※ver7.5までのネタバレ有。
※ヒューザとアスバル左右無しブロマンス。

















 ゼニアス各地の調査が落ち着き、そろそろ解散の気配を感じ始めた頃のことだった。
 メネト村で行っている定期観察業務を終えてはじまりの地へ引き上げようとしたところ、アスバルが思わぬことを言い出した。
「調査隊が解散になったら、たまにでいいから君の手記を僕へ送ってくれないかな」
「はあ?」
 ヒューザは片眉を跳ね上げた。
 つい歩みが止まる。アスバルも立ち止まり、こちらへ向き直る。常より一段と靄のかかったように燻む曇天のラランブラ山道において、深い緋色のマントはよく目立つ。しかし魔物の影は靄の向こう、遠方ににちらつくばかりでこちらへ寄ってくる気配がない。実力を弁えているに違いない。
 アスバルはこちらを真っ直ぐに見据え、朗らかに繰り返す。
「君のつけた旅の記録を、お裾分けしてもらいたいんだ」
 アストルティアの旅人の習慣や暮らしを知りたい。場所はどこでもいい。旅人達の踏み慣れた道、海や川を行く魚の鱗模様、その日の風の向かう先。アストルティアの大地に息づく確かな景色を求めている。
 そう語る彼の口調は、出会ったばかりの頃によく浴びせられたキュララナビーチを吹き抜ける熱風もかくやという調子ではない。柔らかく穏やかな、こちらの意思に誠実に沿おうという意図の窺える話しぶりだった。
「アストルティアの郵便屋は優秀だ。君がどこにいようと手紙を届けてくれる。そして僕はウェディの姿でアストルティアの郵便屋へ手紙を出しに行くことができ、勿論受け取りに行くこともできる。君が魔族と交流している様子を誰かに知られることはない」
「アストルティアに来られるなら、全部自分で見られるだろ」
「そうじゃないんだよ。確かに僕は一人でアストルティアを旅することがある。けれど、その時の僕のモノの見方は、どうしても魔界生まれの気楽な一人観光という視点から出られていないんじゃないかという気がするんだ」
「はあ」
「僕は、アストルティアに生まれ育ったヒトがどういう風に生活しているかを知りたい。だからそんなに頻繁に送ってくれなくても、付けた記録の全てを送ってくれなくてもいい。少しでもいいから、君の付けた旅の記録を分けてくれると凄く助かるんだ」
(面倒くせえな)
 ヒューザは思う。
 自分が日々旅の記録を付けていることは、共にゼニアスで過ごすうちに知られていた。そもそもは以前ナドラガンドの竜族に誘拐され、己の知らぬ間に面妖な術を施されて仲間に迷惑を掛けた、その経験と後悔から始めた習慣である。魔法の才がない者でも、意識して記録を付けることが多少の抵抗や術を解く手掛かりに繋がることがある──そう、当時出会った者に教わったのだ。その前から引き受けた仕事に関するメモをする癖はあったのだが、以降、それを強化する形で日々の記録を手帳に書きつけるよう変えていた。幸か不幸かあれから幻術の類を掛けられていないため、成果が出ているのかは分からない。しかし、日々の鍛錬や食事の記録を付けることが身体管理の自覚のしやすさに繋がるという別の恩恵に気付いたこともあって、今もこの習慣を続けている。
 そのような次第だから、記録をつけること自体は何ら手間ではない。ヒューザには己の心情を書き留めようという意欲が無いので、他人にその内容を見せることにも抵抗はない。また、アスバルが魔族──しかも一国の王、つまり魔王なのだという。それを知った流れで我らが隊長が大魔瘴期を抑えるため大魔王に就任したことを知った時は呆れた、アイツは厄介事に巻き込まれやすい立ち位置の収集でも目指しているのではないだろうか──であるから疎んじているわけでもない。アストルティア本土にも魔猫という奴らがいる。彼らと妙な縁を持っているヒューザは、敵に回った時の手強さ厄介さこそ知っていても全体を毛嫌いしようという発想には到ったことが無かった。
 なら何を面倒に感じているのかと言えば、はたして隣にいる男の求めるだけの価値が己の手記にあるのか検討する必要があることと、彼が本気でそれを求めているらしいのが察せてしまうことだった。
 アスバルと共にメネト村の任務にあたり、接する時間が長くなればなるほど、彼の博学ぶりに驚かされた。見た目は同年代に思えるが、実のところ三百歳を超えているらしい。それでいて、彼には長命種にありがちなある種の満足や意欲の停滞がない。いつでも世界への好奇心と愛情に溢れており、その精神力は枯渇を知らないようだった。子供のような素直さで世界に触れ、得た事象と知見を組み合わせ、盛んに新たな仮説を作り上げる。時折こちらへ語って聞かせるそれには、素人の己が聞いても分かりやすいようにという配慮と洗練されたセンスを感じる。それでいてドゥラのような本職の学者とも対等に語り合えるのである。本当に頭のいい男なのだろう。
 そう知っているからこそ、彼の求めるものに己の手記が応えられるのかはなはだ疑問だった。要は荷が重いのである。なのに、今ヒューザが物思いする間にもこちらへ注がれる芯のある青の底には、あの情熱と期待が見て取れる。捲し立てるように語り掛けてこないのは、本当に彼が己の手記を求めており、そのために真剣に交渉しているということの現れなのだろう。己の付けた走り書きにそれほどの価値があるとは思えないのだが、共に過ごした時間が彼の振る舞いと意図をそう分析しているのだ。意味が分からなくて、より面倒臭さを感じる。
 ヒューザが渋っているのを察したに違いない。アスバルは依然として静かな調子で言う。
「君に負担をかけるつもりはないよ。手間賃として、月々の仕送りをさせてもらえるなら喜んでしよう」
 提示した金額を聞き、ヒューザは嘆息する。
「ただの旅人の走り書きには多すぎねえか」
「僕からすれば妥当な価値だよ」
 羽振りがいい。王族なだけあって、金に困らない暮らしぶりが窺える。実際彼の正体を知る前より、言動の端々にそういった環境で生まれ育った者特有の育ちの良さを感じていた。それでいて某国の生真面目王子のような箱入りの気質はないのだから、つくづく不思議である。アストルティア本土や未開の地のことで素直にはしゃぐ線の細い顔は、交渉じみたやりとりとなると百を超える齢の魔族であるのが納得の強かさを見せる。
「それが余計なお世話のようなら……そうだね。僕にも国務があるからいつでも絶対にとは約束できないけれど、可能な限り君の旅を手伝おう。魔法絡みで困ったことがあれば力を貸すよ。どうかな」
 これには揺さぶられた。
 彼が魔法の力を貸してくれる、ということは。
(こいつ相手に力試しができるようになるってことだよな)
 仕事において当てにするつもりはない。ヒューザは明らかに魔法が絡むと分かる仕事は引き受けない主義だ。己が仕事を受けるのは、武者修行と路銀稼ぎのため。手に余るものが出てきたら、雇用主に対して専門家を別に雇うことを打診することもある。それで給料が減ることになっても構わない。だからアスバルが協力してくれることになったとしても、仕事の幅を広げて稼ぎを上げようという気には全くならなかった。
 しかしヒューザの旅の真の目的である武者修行からすると、彼の提案はあまりに魅力的だった。
 己の武器の都合上、交戦となるとどうしても接近戦に持ち込まざるを得ない。接近戦へ持ち込みづらい強力な呪術使いの対策は、どんなに苦労することになったとしても練っておきたいものだと常々考えていた。
「お前、手合わせしたことはあるか」
「うん?」
 アスバルは首を傾げる。
「多少あるよ。でも、実戦の方が多いな」
 それならなお相手として申し分ない。
「じゃあ──」
 ヒューザはやっと、こちらを窺う青年へ顔を向けた。
 目が合って、ふと、既視感を覚える。
(何だ?)
 引っ掛かりを覚え、凝視する。淡い風合いの景色に似合う優しげな面差しがヒューザに微笑みかける。見慣れた光景だ。しかし呼び掛ける記憶はもっと遠く、深いところからするような。
 探るうち、自然と視線は一対の青へと引き寄せられていた。
 澄みきっていながら深みのある青。海の色。己の育った、暖かく穏やかで慈しみ深く──時として、魅せられた者を苛烈に奪い去りもする、故郷の景色。
「ヒューザ?」
 呆然とするヒューザに気付いたのだろう。アスバルが訝しむ。
「どうかした? 僕に何か──」
 温和な口調。爽やかで人好きのする態度。
 時折する手合わせではよく負けたが、たまにヒューザにない視点から試合の改善点を語り、こちらを驚かせることがあった。もしかしたら、学者であったという両親の気質を受け継いでいたのかもしれない。
 ひとつ気付いた面影は、眼前の魔族の上へみるみる重なっていく。ヒューザは狼狽した。
 忘れるわけがない。それは今後一生、己の人生の特別な位置から外れることのない同族の魂の面影だった。
(どうして今頃)
 彼を思い返すことはしばしばあった。果ての大地へ来てからもだ。何ならこの男のいるところで回顧していたこともある。
 それなのに何故、よりによって今──手合わせを申し込もうとしたこの時に気付いてしまったのか。
(俺は、また)
「ヒューザ?」
 我に返る。いよいよ心配の色を濃くしたアスバルがこちらを覗き込んでいた。気遣う仕草すら似ていて、息を呑む。
 どうしてこれまで気づかなかったのか。ゼニアスという未知や彼の強烈な好奇心、魔族としての力強さに気を取られていたからだろうか。彼が同族に擬態していた頃に気付いたって良かったろうに、何故。
 いや、今はそれどころではない。
 咳ばらいをし、明後日の方向へ顔を向ける。
「何でもねえよ……アストルティアのことを知りたいなら、他をあたってくれ」
「どうして?」
「気が向かねえ」
「本当に?」
 一度気のあるそぶりを見せてしまったのだ。そう簡単には引き下がらないと分かっていた。
 舌打ちをする。何とか気を逸らせないか。
「俺よりあれだ、あいつの方が適任なんじゃねえか」
「あいつ? 隊長のことかな」
「そうだ。頼んだのか」
「ううん。隊長とは手紙のやり取りをせずともたまに会うからね。それにあの子の旅は特殊すぎて、アストルティアの情報としては逆に物足りないんだよ」
 言えている。
 心の底から納得してしまい、唸る。
 アスバルは片手を差し伸べる。
「君、僕と手合わせしたいんだろう? いいよ、やろう」
 敏い男だ。言いかけたこちらの意図を汲み取れないわけがない。
 ヒューザは己の迂闊さを恨みつつ、ぶっきらぼうに答える。
「そんな気はねえよ」
「そうかな? 僕は君の戦闘スタイルと相性の悪い、遠距離から高火力の魔法を放ち自ら回復もできる魔法使いだ。強さを求めるなら、僕と戦って更に腕を磨くのも悪くないと思うけど」
「くどいぞ。やらねえって言ってんだろ」
「どうして? 僕は全く構わないのに。執務ばかり続くと、腕が鈍らないようにするのが大変なんだ。君との定期的な手合わせの予定を組ませてもらえるなら本当に嬉しいよ。願ってもない幸運だ」
「いーや、結構だ。賞金首になるのはごめんだからな」
 返事が途切れた。
 やれやれ、やっと諦めたか。ヒューザは安堵しかける。
 刹那、己の意思に反して顔が横へ向いた。ぐいと回転する視界の中心で、ラランブラの草木を背景に男が微笑んでいる。その利き手は宙を摘まむような形でヒューザの方を向いていた。
 魔力で動きを制限されている。ヒューザが抵抗を止めて彼を見つめると、身を縛る見えない力は失せた。
「そんなに容易く僕の首を跳ねられると? あまり甘く見てもらっては困るな」
 笑みを含む声は、和やかでありながら不敵だった。
「僕には優秀な使い魔が二体いる。仮に君と僕が手合わせをするとしよう。僕は、君が望むならば遠慮なく彼らを召喚させてもらう。彼らの手をかいくぐって僕に傷を付けられる者は滅多にいない。仮に使い魔達を召喚しなくたって、難しいだろうね。何せあの勇者姫アンルシアも、手練れの仲間を含めた四人で僕に片膝をつかせるのがせいぜいだったのだから──まあ、あの場には僕の他にも魔王二人と大魔王がいたし、持久戦になっていたらどうだったか分からないけれど」
 念のため言っておくけれど、僕には彼らを殺す気はなかったよ。せっかくアストルティアの生きる伝説達がやって来たのに、勿体ないじゃないか。
 アスバルはそう言い、莞爾として目を細める。
「万が一僕が死ぬことがあれば、僕の使い魔が僕を蘇らせるだろう。蘇ることが無ければそれまでさ。天命であって、君の気に病むことじゃない」
「いや、けどよ……」
「どうしたの? らしくもない」
 色味の薄い金糸がさらりと揺れ、白皙が斜めへ傾く。
「名誉、世評、私財──どんなものより強さを求める。それが君のモットーだろう。それとも、本当は強さを求めているわけではなかったのかな?」
 ヒューザは目を瞠る。咄嗟に否定の言葉が口を突いて出た。
「そんなわけねえだろ」
「僕から一本取れる自信がない?」
「馬鹿言えよ」
 焚きつけるような台詞に応えながら、乗せられているのかもしれないと考える。彼の言葉選びは妙に己の核心を突いてくる。それに、やけに好戦的だ。もしかしたら何もかも知っていて、それを利用してでも欲を叶えたいのかもしれない。そうしたところで引き出せるのは精々己の手記一つなのが、依然として腑に落ちなくはあるのだが。
(コイツの思惑なんざ知ったこっちゃねえ)
 それよりヒューザは、己に腹を立てていた。
 己の手に掛かって死んだ友の亡骸を前に絶望したあの日、強くなると誓った。それなのに信念を曲げ、己の負った罪から目を逸らすような選択をしかけた。友の面影に惑わされてとは言え、己が許せなかった。
(アイツは死んだんだ。俺が殺した。今更ビビりやがって、血迷ってんじゃねえよ)
 ここで挑まねば、本当に半端者になってしまう。そういうわけにはいかない。
 ヒューザは深く息を吐き、品の良い顔をじろりと睨む。
「そこまで言うからには、さぞ気合い入れて手合わせしてくれるんだろうな?」
「ああ。期待してくれていいよ」
 アスバルは友好的な笑みを浮かべる。
「俺は勝敗にこだわらねえ。戦法を確立できるまで何度でも付き合わせるぜ」
「大歓迎だよ! 楽しみだなあ」
「……なあ」
 ますます機嫌の良さそうなにこにこ顔を眺めていると、流石に口から疑問が零れる。
「お前、本当に俺の手記が目的なのか?」
「勿論さ」
「何でそんなもんにこだわるんだよ」
「あれ、忘れてしまったのかい」
 碧眼が丸くなる。
「以前、君とはまだまだ話したいことがあると言ったじゃないか」
「いつの話だよ。もう十分話したじゃねえか」
「いいや、全く足りないよ!」
 アスバルはきっぱりと言い切る。
「まだどうして君が自力で雷属性の特技を身につけられたのか分かっていないし現代ウェディ達の生活における詩歌の役割を確かめないといけないしウェナ諸島におけるマリーヌ神の加護の話も聞きたい」
「それは俺より他に適任がいるだろ。ヴェリナードの王立調査団とか」
「あとアストルティア大陸鉄道の利用無しで世界を回る旅人達の詳細と、僕の知らない絶景ポイントも答えてもらってないよね? まだあるよ。野営をする場所と時間の傾向に魔物除けのやり方、最近アストルティアで評判の携帯食、これまで旅をした中で体験した不自然な出来事とか──」
「分かった分かった、分かったって」
 ヒューザは溜め息を吐き、掌を振った。
 疑い、動揺し、ムキになり。振り回されてばかりの己が馬鹿らしくなってきた。
「やってやるよ。手記と手合わせでトントンだ」
「やった!」
「ただし、金は要らねえ。手紙を送るのは俺がマジで街に用事がある時のついでだ」
「うん!」
「それから引き受けた仕事のことは教えねえ。守秘義務があるからな。それで良いな?」
「勿論だよ! 僕は最初からそういうのが欲しかったんだ」
 嬉しいな。よろしくね。
 魔王は大層上機嫌でヒューザの手を取り、両手で握る。ヒューザはその底の知れぬ笑みを眺め、考える。
 やはり似てないかもしれない。
「変な奴だな、お前」
「ははは! そう言われるの、実は嫌いじゃないんだよね」







+++



 ヒューザ達が拠点で待機する間に、創失の根源は絶たれたらしかった。これが仮に凶悪な存在が元凶で、それを打ち倒して終わったなら祝宴でも開いたところだが、この度の異変の生みの親は創生神──世界の生みの親である。その自害による問題解決とあっては祝う空気になるわけもなく、また有事の際にはお力添えをいただきたいというドゥラの挨拶で調査隊は解散となった。別れを惜しむ者らもいる中、ヒューザは簡潔に全体へ向けてじゃあなとだけ告げ──アマラークにいることが多くなかなか会えずにいたジーガンフには、落ち着いた頃に手合わせしようぜという一言も添えた──さっさとはじまりの地を後にした。
 アストルティアへ戻る。オーグリード大陸で少々雑用を引き受けて片付けた後、ウェナ諸島へ渡りヴェリナード王国を目指した。久々に歩く生まれ育った海と島々は、変わらぬ呑気な明るさに満ちていた。燦々と降り注ぐ陽光の下、海底より流れ着いた砂や砕けた貝の堆積してできた大地を豊かな緑と美しい花々が彩っている。風は穏やかな波の彼方よりのんびりと渡り来て、己の耳ヒレへ生を言祝ぐ潮の讃歌を伝えてから気ままに去っていく。
(帰ってきたな)
 やっと実感する。長らく荒廃した世界を歩いてきた。その後に浴びる故郷の潮風は、格別な感傷を呼び起こす。
 己は生涯流浪の身。そう心に決めてはいても、ウェナ諸島が魂にまで染みついた母なる大地であることに変わりはないようだ。これまで何度も異郷からこの諸島へ戻ってくることを繰り返してきたが、今回ほどこのことを身に染みて感じたことはなかった。特にヴェリナード王国周辺の海と大地は、古来より伝わる特別な歌の力を間近に浴び続けた影響か、多様な生態系が育まれて気配を色濃く感じる──そう思うようになったのは、明らかに果ての大地での旅の影響だ。
 滅びつつある終末の世界に触れたから。そして、しばらく行動を共にした男が、魔族でありながら己よりよほどウェナ諸島に詳しかったから。
(云百年前と最近……確か、二度ウェナ諸島で暮らそうとしたことがあったとか言ってたな)
 何故ここだったのか。あの男は快活に様々なことを語ったものの、自身のことは二の次だった。それがまだ己の知らない何かを隠し持っているように思わせるから、こんなにも気になるのだろうか。
 詮索は柄ではないのだが、気になってしまうのは仕方ない。ヒューザは己に言い聞かせる。何せ、奴とは些細な内容でこそあるが長期の契約をしている。己の危機管理のためにも、奴を気にするのは当然だ。
 ヒューザは気の向くままヴェリナード領南の波風を楽しみ、その後王室へと足を運んだ。果ての大地でのことを語り、王子にそれとなくアスバルのことを聞いてみると、奴は本当に家庭教師をやっていたらしい。更に、似たような人物が三百年前にもヴェリナード王国を訪れていたということも聞いた。
(魔族ってのは、どのくらい生きると成人の外見になるんだ?)
 己の持つ魔族の知識は少ない。しかし恵まれた才を持つ王族の子が、王権の及ばない地で二度も暮らそうとする背景に、彼の王国の複雑な事情が絡んでいることは想像できる。嬉々としてドルワームの研究員達と語らう彼を眺めてしみじみとする隊長もとい大魔王の訳知り顔が脳裏に浮かぶ。奴は、彼も苦労したからねえと言うだけで、詳しく語ろうとしなかった。
 奴が認め、信頼する男だ。今更警戒する必要もないのだろうとは考えている。
 しかし、何故大枚を叩こうとしてまで己の手記を欲しがるのか──好事家の蒐集癖と理解してしまうこともできなくはないが、どうもその枠に収まらない部分があり腑に落ちない。腑に落ちないと気になる。結果、奴の顔が浮かびがちになる。過去の幻影に惑わされた己も思い出し、げんなりする。
 それでも約束は約束だ。ヒューザは城を出た後、アストルティアに帰還してからの旅の記録を郵便屋に託して宿に泊まった。
 翌日、ヴェリナードを出ようと渡し守のもとへ向かい、思わぬものを目にして立ち止まる。
「やあ、久しぶり!」
 ゲート前に、仕立ての良い服を着た長髪の若者がいる。挙げる片手の色は青く、耳ヒレがある。今はもう違和感を覚えるようになってしまったその容姿は、魔王アスバルのウェディの学者としての姿だった。
 笑顔で語り掛けてくる彼を無視するわけにもいかず、ヒューザは歩み寄る。
「まだ一ヶ月しか経ってねえぞ」
「少し前まで毎日会ってたじゃないか。僕はもう調査隊ロスで堪らなくて、仕事をさっさと片付けてこっちへ来てしまったよ」
 それで来るのが何故己のところなのか。調査隊ロスと言うなら、普通向かうべきは次の主神候補である人間の種族神を探しているだろう隊長とポルテのところだろうに。
(いや。いくらコイツが有能でも、構って欲しがる魔王は邪魔でしかねえか)
 自分が引き受けるしかないようだ。
 ヒューザは溜め息一つで状況を受け入れる。
「郵便屋は覗いたか」
「ああ、君の記録のことだね! ありがとう。受け取ってしっかり読んだよ。余計アストルティアが恋しくなってしまった」
「せっかく送ってやったんだから満足しろよ」
「満足はしたよ。でも、それとこれとは別なんだ」
 読んですぐ飛び出してきてしまった、とアスバルははにかむ。なるほど己の手紙に釣られていたか。なら、自分の所へ来るのも自然と言える。
 ヒューザは頭の中で今後の旅の行程を確認する。路銀にはまだ余裕があるから、もう少しウェナ諸島をうろついて次の大陸へ移るつもりだった。急ぐ用事は何もない。
「ヒューザはヴェリナードを出るところかな」
「ああ。お前は王室にでも行くのか」
「いや。僕は彼らにちょっとした術を使いながらお近づきになったきり、特に交流はしていないんだ」
「マジかよ。オーディスの奴、お前のことまだ先生って呼んでるぞ」
「本当かい? 術は解けてるのに……隊長からも聞いてたけど、彼は本当に人がいいよね。彼の治世が始まる頃を目標に、本格的にヴェリナードとの国交を始めていきたいな」
 ヒューザは渡し守達のもとへ足を向ける。しかし当然ついて来ると思った足音が続かぬことに気付き、振り返る。アスバルはその場へ留まったままだった。
「じゃあ、僕はもう少し城下を見て行くから」
「何だ。ついて来るわけじゃねえのか」
「えっ」
 碧眼が見開き、数度瞬きを繰り返す。整った顔容へ、みるみるうちに喜色が広がっていくのが見て取れた。
「ついて行ってもいいのかい?」
「別に来なくてもいいぜ」
「いや、是非! 是非行かせてもらうよ」
 アスバルが小走りで寄ってくる。その間にヒューザは南の渡し守に声を掛け、小舟に乗り込んだ。
 追いついたアスバルも乗り込み、ヒューザの隣へ座る。小舟が動き出す。ゆらゆらと揺れる景色に浮足立つ同行者に顔を寄せ、舟守に聞かれないよう小声で囁く。
「お前のついて来るついて来ないはどっちでもいい。だが、手合わせの約束をしたのを忘れてるわけじゃねえよな?」
「覚えているともさ。お望みとあらば、今日だってお相手させてもらうよ」
 ヴェリナードを囲む入江の景色から顔を戻し、アスバルは力強く頷いた。ヒューザはにやりとする。
「よし。そう来ねえとな」
 間もなく小舟がヴェリナード領南へ着く。二人は渡し守に礼を言い、島を南下し始めた。
 今日はどこか目指す場所があるのか。アスバルが問うので、特に無いと答える。
「気ままな一人旅だからな。仕事でも入れてなけりゃあ、日程なんてあって無ぇようなもんだ」
「いいね、一人旅。僕も好きだよ」
 アスバルが大きく頷く。そう言えばゼニアスにいた頃、仕事の合間を縫ってアストルティアへ出向いていると言っていたか。
「お前に会う前までは適当にこの辺をぶらついたら東へ向かうつもりだったんだが、気が変わった。飯を食った後、手合わせに付き合え。いいな?」
「ああ。食材調達はどうやるの?」
「釣りと素潜りだ」
 ヴェリナード領の最南端、海辺の交易所の辺りではサンマやサバがよく釣れる。更にあの辺りはホタテの生息地だ。海中にて泳ぐもの全てを引っ掛けると言われるアストルティア産の釣り糸に掛かることはないが、素潜りすれば十分獲れる。総じて食物に恵まれた現代ウェナ諸島の中でも、とっつきやすい食材の揃っている地域なのである。
「飯は食ったか」
「うん。さすがに、城の者が用意してくれたのを食べずに飛び出すわけにはいかなかったから」
「そうか。じゃあちょっとあそこで待ってろ。すぐ釣って食っちまうからよ」
 海辺の交易所が見えてきた。確か旅の学者も出入りしていたはずだ。知識欲の強い彼ならば十分暇を潰せるだろう。
 ヒューザは道具袋より取り出した釣竿を担ぎ、手近な海辺へ向かおうとする。待って、と呼び止められた。
「僕もやりたい。魚の一、二匹くらいなら食べられるよ」
「ああ? お前、釣りしたことあんのかよ」
「少しだけね。道具も持ってるんだ」
 ほら、とアスバルは釣り道具を出して見せる。闇の釣竿、トゲトゲルアー。どちらもアストルティア製に違いない。彼の腕前は知らないが、今日の目当てである魚相手の釣りなら問題ないはずだ。
 ならやるかと海辺に並び、糸を垂れる。勢いよく次々と釣り上げるヒューザの横で、アスバルは宣言通り二匹を吊り上げた。しかし彼の釣り上げた魚は、海面から顔を出し地上へ辿り着くまでの間、ぴくりとも動かなかった。訝しく思い、釣ったものを見せてもらう。どちらも既に死んでいた。アスバルは魚を絞めるような素振りなど一切見せていなかった。
「何かしたのか」
「釣竿に魔力を流して、ちょっとね。あまり苦しませるのも悪いから、ルアーに食いついた瞬間にこう、きゅっと」
「お前、そんなこともできるのかよ」
 十分な釣果を得たため、火を起こす。火を育てるのをアスバルに任せ、ヒューザは海へ潜る。ホタテを獲るのだ。ヴェリナード領の海には何度も潜っているから、おおよその生息地は把握していた。
 少々いただいて陸へ戻ると、焚火がちょうど良い大きさに仕上がっている。火のもとへ行き、網をセットしてホタテを載せる。魚は絞め、適当な棒を刺して焚火の周りへ並べる。
 そうやって魚を仕上げていくヒューザの手元を、アスバルはじっと見つめている。と思えば、おもむろに己の獲った魚に棒を通し始めた。真似したいらしい。仕上げたものを、ぎこちないながらも丁寧に地面へ刺していく。
「ヒューザは器用だね」
「そんなことねえよ。慣れだ慣れ」
 鼻を鳴らすと、アスバルはそうかなと目を細める。アストルティアの太陽が眩いせいか、それとも正面に焚火があるからか。碧眼へ映り込む光の量がいつもより多く見える。きらきらと瞳を輝かせる屈託のない様子は、とても己より何百歳も上の魔王だとは思えない。
「ああ。でも、流石に一人で海に潜るのはやめとけよ。ウェナ諸島周辺の海流は複雑だからな」
「こんなに暖かいのにホタテが獲れるのもそのせいかな」
「ああ。この辺りの海は、あったけえ流れと冷てえ流れが入り混じってるんだ。一般客向けに解放されるキュララナやジュレットはともかく、それ以外の海に気安く入るのは勧められねえ」
「恵みの歌や育みの歌の影響だろうね。代々のヴェリナード王が紡いできたあの旋律のおかげで、このような複雑な生態系を維持できているに違いない。音が言葉を成す過程で意味を帯びる、それはちょうど魔法の発動によく似ていて──」
 いつもの考察語りをはじめようとする男の目の前で、焼き網上のホタテがぱかりと開いた。うわっと声が上がる。驚いたのだろう、話の続きを忘れて貝を凝視している。
「びっくりした。今のは何だい?」
「ちょうどよく焼けたってことだよ。食ってみろ」
 ヒューザはヤシの葉へホタテを貝殻ごと載せ、手渡す。恐る恐る受け取ったアスバルはいただきますと一声発し、何処からともなく取り出したフォークで身を刺し齧りついた。熱いと眉根を寄せる。しかしそれも束の間で、すぐ表情が華やぐ。
「美味しい! ふわふわで、とろっとしてて。食べたことのない味だよ」
「旅の醍醐味だな。この辺りでの野営に慣れてるウェディなら大体やるぜ」
「そうなんだ。この貝は何だっけ。ハタテ?」
「ホタテだ」
 宮廷育ちの魔王は浜焼きなどやったことないだろう。それは予想できていたが、まさかホタテまで初めてだとは思わなかった。
 アスバルは美味しい美味しいとホタテを平らげていく。朝食を摂ってきたとは思えない食いっぷりである。自分の焼いた魚も一本渡してみると、いいのかいと喜び口へ含んだ。咀嚼する間、目を丸くしたり頷いたりしている。そのくせ一言も発しないのだからおかしく、つい笑ってしまいそうになる。
(何か気付いたことがあったんだろうな)
 しかしお品のよろしい魔王サマは、口に物が入っている間、決して喋ろうとしないのだ。
 薄紫がかった白い喉が動き、嚥下する。さて何を言い出すだろうと待っていると、嬉しげな調子で話し出した。
「うん。やっぱり、君の釣った魚の方が口あたりが優しいよ」
「同じサバじゃねえか」
「そうだけど、そうじゃないんだ。味の違いは釣り方の違いにあるんだと思う」
 これ食べてみてよ、とアスバルは自分の釣った魚をこちらへ差し出す。遠慮しようとしたが譲らない。渋々口に含んでみる。
 最初は変わらない味だと思った。しかし間もなく口の中を訪れた未知に、ヒューザは思わず口を押さえる。
「待て。どう釣ったら食った傍から酒蒸しみてえな味のする魚になるんだよ」
「さすがヒューザ。味覚も鋭いね。それは僕が魚を釣った瞬間に流し込んだ魔力のせいさ。害はないから安心して」
「まさか、魔界の魔族ってのはみんなこうやって魔力を流し込んだ食い物を食ってるのか」
「食べ物に魔力を込めて食べるのはゼクレスの貴族くらいだけど、まあ、魔界の食べ物はアストルティアと比べるとおおよそ刺激的だと思ってもらっていいんじゃないかな。アストルティアと同じ形の生物がいても、全部違う味わいになっているはずだよ」
「マジか」
 食べてみたいような、食べたくないような。
 ヒューザは思案する。魔界にはまだ足を運んだことがない。迂闊に踏み入るべき地ではないと考えていたからだ。しかし、思わぬ味の違いを体験し、冒険心が刺激されるのを感じていた。
(魔界は強ぇ魔物も多いんだろうな)
 この魔族のように。
 共に火を囲む青年を一瞥する。少し視線をやっただけなのだが、何か意味があると思われたらしい。何だいと話を促された。
「手合わせの場所はこっちで指定していいな?」
「ああ。どこがいいかな」
「ケラコーナ原生林。あそこならばほとんど人が来ねえ」
「了解」
 二人は海の幸に舌鼓を打つ。先に食べ終えたアスバルは、ヴェリナード王家に伝わる歌についての話が途中だったことを思い出し、語り始めた。ヒューザはそれに生返事をしつつ、この後の手合わせに思いを馳せた。







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 ヒューザは週に一度、アスバルへ旅の記録を送った。すると、大抵二日と待たず感謝の手紙が届く。直接やって来た本人に出会すこともある。手紙の届く時はほぼ国を空けられない用のある時らしいが、筆を取るゆとりくらいはあるのか──奴のことだ、意地でも手紙を書く時間を捻出している可能性もある──毎度そこそこの量の丁寧な文章を送られる。エピステーサ丘陵でモコフルが大量発生したと伝えればかの地の気候と地質からその原因を推察して作り上げた仮説を送って寄越し、アグラニの宝石職人の手がけた流行りの細工について綴ればその意匠から土着信仰と三闘士信仰の融合を見て喜ぶ。アストルティアに関するかの魔王の興味関心の幅は広く、逆に何なら惹かれないのだろうと気になるほどだった。
 ヒューザは元々、学術や文化に興味のある方ではない。しかし人付き合いに積極的になれぬまま長く放浪を続けるうち、いつの頃からか、意識が昔人の遺産や世界そのものの方へ傾いていくのを感じていた。そんな折に彼の手紙を読み、漫然と過ごしてきた日常の中でとっ散らかっていた世界観が整理されたような気がした。率直に面白いと感じたのである。そもそもは彼との手合わせを目当てに始めたやり取りだったが、思わぬ収穫を得た気分になった。
 最近は、以前より少しだけ彼の手紙を楽しみに待つようになっている。だが、そういうことを言うと会った時の語りが暴走するため控えていた──もっとも、楽しみになっているのはそれだけではないのだけれど。こちらはなおのこと言うつもりはない。
「お前、俺に何か仕掛けてねえだろうな」
「どういうこと?」
 何度目かの邂逅、日の沈んだ夢幻の森にて。
 焚き火を囲むアスバルに訊ねると、きょとんとした反応が返ってきた。
「俺は旅路で同じ奴に会うことはそうそうねえ。いくらお前が俺の手紙を受け取ってすぐ来たとしても、この広いアストルティアですれ違うことなく確実に会えるなんてあり得るか?」
「ああ。追尾の術でも仕掛けてるんじゃないかってことか」
 アスバルはピックに刺したマシュマロを焚き火にかざし、くるくると回している。本日の食体験はアストルティア本土と魔界の菓子の食べ比べだった。
「そんな術を使わなくたって、高確率で出会せると思うけどなあ。アストルティアを旅したい者同士、利用する施設もお目当ても似るものだよ。同じようなことを考えて同じ場所に集まってしまう。うん、よくあることじゃないかな」
「おいおい、話聞いてたのかよ。俺は他の冒険者とこんなに会うことがねえんだって」
「なら、僕がヒューザの手紙をよく読み込めてるってことじゃないかな。僕は君の旅路を参考にアストルティアを歩こうとしているんだからね」
 そういうものだろうか。ヒューザはいまいち納得できない。しかし、彼とよく出会すおかげで鍛錬が捗っているのは確かだ。そのため、そうか、の一言で片付けることにする。
「やるぞ」
 ヒューザが腰を上げて距離を取る。アスバルは首肯し、ピックを野営用の小包へ仕舞った。闇色をした形の良い爪が道具袋へ潜り込み、真鍮製の香炉を取り出す。香炉の蓋の上、両手で目を覆うガーゴイルの飾り物へ杖の先を当て、集中して魔力を込めていく。次第に香炉がぼんやりと蒼く光り、その光が地面へ置いた途端霧と化して立ち昇る。魔法の霧が辺り一帯へ広がっていく様を、ヒューザは背に負う大剣の柄へ手をやりながら眺めた。
「これで人目は大丈夫」
 アスバルがこちらへ視線を転じる。薄く笑みの乗る唇、僅かに狭まる双眸。風も無いのに髪がゆるく靡き、亜麻色の帳が瞳孔へ翳を落とす。
 足を止める。互いの距離は七メートル程。ちょうどいいだろう。
(来るか)
 ヒューザは大剣を抜き、駆け出した。時を同じくして魔王が錫杖を掲げ、閃光が周囲を渦巻く。
 魔力覚醒、早詠みの杖発動。
 ──発動した呪文効果を躱すことはほぼ不可能。使い魔を戻すことも出来ねえ。
 道具以外の回復手段を持たないヒューザに長期戦は不利だ。召喚の隙を与えず、短期の決着を目指す。
「ドルモーア」
 詠唱。煮詰めた赤葡萄の如き闇が幾度も己が身体を蝕む。だが、数撃喰らうことは想定済みだった。
 闇が纏わり付くのを振り払い、ヒューザは斬りかかる。一閃、二閃。アスバルは杖の柄でそれを受ける。斬撃をいなした後、深紅のマントがふわりと浮いて大きく下がる。
 アスバルが縦にした杖を両手で握り、首を垂れる。その足元より濃厚な闇が滲み出る。
 ──召喚。
 させるものか。
 ヒューザは疾風の如く飛び出した。真っ向から体当たりし、草地へ転がしたところへ剣を振りかぶる。
 青い残光と共に刃が落ち切る直前。転がったままのアスバルが呟いた。
「ドルマドン」
 途端、重苦しい闇に包まれた。身体の力が奪われていく。ヒューザの膝ががくりと折れ、振り下ろさんとした剣を宙に留めたまま崩れ落ちる。
 アスバルは腕を振り、暗黒魔法で勢いを相殺した大剣を地へ横たえた。上体を起こし、己の隣へ倒れ込むウェディの様子を見る。息はある。
「勝負あったかな?」
「チャージが早くねえか」
 呻くヒューザ。対するアスバルは朗らかにのたまう。
「ごめんごめん。君との手合わせが嬉しくて、魔力が早く満ちちゃったんだ」
「くそ……何つー厄介な体質してやがる」
 アスバルは魔導兵を召喚し、回復を試みる。暗黒に蝕まれ硬直していた手足へ、徐々に血流が戻っていく。ヒューザは大きく息を吐いた。
「何も、開幕から魔力覚醒と早詠みの付与されている状態で対戦しなくたっていいんじゃないの? 撤退も立派な戦略だよ」
「そうするのが正解だと分かっていても退けねえ時だってあるだろ。そういう場合を想定しての鍛錬だ」
「ヒューザのそういうところ、格好いいよね」
「今の結果で言われても煽りにしか聞こえねえな」
「本心だよ」
 アスバルは微笑む。眇めた双眸は優しく、辺りを漂う幻の光を映し込んでいつもより鮮やかな青に染まっていた。
「君が召喚を妨害してくるって分かってたのに、躱せなかった。僕もまだまだ修行が要る」
 魔法使いは如何に呪文の威力を発揮できる環境を整えて保持できるかが肝心だ。戦場での立ち位置、召喚の速度と精度、技を発動するタイミングの見極め。どれも実際に相手がいてくれた方が練習しやすい。
 そう語りながらアスバルは魔導兵を還す。傷の癒えたヒューザが起き上がる、その顔を見据えて言う。
「君のおかげで、僕ももっと強くなれそうだ。また頼むよ」
「頼まれるまでもねえな」
 ヒューザは笑みを浮かべる。
「なあ、もう一戦しようぜ」
「いいよ。でも、少しゆっくりしてからにしないか」
「何だよ。疲れたのか?」
「ちょっとね」
 アスバルは伸びをし、再びごろりと転がった。手合わせによるものではなく、公務疲れだろう。寝ちまうんじゃねえのかと声を掛けると、寝るわけないよと返ってくる。そう言っておきながら寝たモンセロ温泉峡の旅を忘れたのだろうか。天然の湯船へ浸かりそのまま寝入ってしまった彼を起こそうとして、寝惚けた彼に服を着たまま湯船へ引きずり込まれた。あの時は思わぬ力の強さと服に染み込んだ湯の熱さに驚愕させられた。
 そう言えば。
 ヒューザは隣へ横たわる魔族の身体を見下ろす。
「アスバル。お前、両手杖以外は扱ったことねえんだよな?」
「うん、ないよ。何でそんなことを聞くんだい」
「や、その割にいい身体してんなと思ってよ」
 アスバルは顔立ちが中性的で身長もヒューザよりやや低いが、体付きについては存外しっかりしているのである。
 ヒューザは職業柄、相手の体付きや動作を観察して実力を測ろうとする癖がついている。その癖は無論、燈火の調査隊で初めて対面した頃のアスバルにも発揮された。線の細い典型的魔法使いタイプかと思ったのは一瞬で、大きく開いた襟ぐりより覗く部分の肉付きの良さに気付き、意外に思ったのを覚えている。服を脱いだ際は、己より小柄ながら引き締まった体つきをしていることも確かめた。実は魔法以外にも使える特技があるのではないかと疑ったが、あれから現在に至るまで、攻撃魔力依存の技の他は何の特技も確認できていない。
(俺の一撃も杖で受け止められるんだ。案外力があるのかもしれねえ)
 ヒューザは先ほどの手合わせを思い返す。両手で杖を押さえての防戦一方ではあったものの、己の斬撃に堪えるだけの力があるのは確かだった。
「そう? ありがとう。君ほどではないけどね」
 アスバルは何てことなさそうに応じる。しかしヒューザは前々から気になっていたこともあり、どうしてもその筋力を測ってみたいという気持ちに駆られた。
「なあ。腕相撲してみねえか」
「腕相撲?」
 アスバルはこちらの差し出した片腕を見て、怪訝そうな顔をする。
 マジか。コイツ、腕相撲をやったことがないのか。
 ヒューザはまだ見ぬ魔界を思う。これは魔界にない遊びなのか、それともこの青年の育った環境になかったということか。いつか腐れ縁に訊ねてみたいところだ。
「力比べだよ。いいから手を出せ」
 うつ伏せになるよう指示し、己もその正面へ寝そべる。同じ側の掌を合わせて握り合い、肘をつけたまま腕で押し合う。手の甲が地面についた方が負け、押し倒した方が勝ち。
 そう雑駁にルールを説明すると、未知の遊戯だと理解した碧眼が輝いた。
「アストルティアにはそんな遊びがあるんだね! 道具が要らなくて親しみやすい、面白そうな遊びじゃないか」
「じゃあ後は習うより慣れろだ。行くぞ」
 せーの。
 合図を終えた瞬間に押し倒した。瞬殺である。呆気ない。
「……え?」
 アスバルはぽかんとして、地についた己の手を見下ろしている。何が起こったのか分からないといった顔だ。
 ヒューザは小さく噴き出した。やっと事態を飲み込んだのだろう、アスバルが抗議する。
「ちょっとヒューザ! 君、大人げないよ」
「俺の方が年下なんだから当たり前だろ」
「生きた年をそのまま比べればそうだけどね? でも少なくとも僕の肉体年齢は、人間換算してみると君と同じくらいなんだ。腕相撲歴なら言うまでもなく僕の方が下。だから初回くらい手加減してくれたっていいじゃないか」
「ふん、甘ぇな。腕相撲ってのはこういうテクニックも含めての勝負なんだ。覚えとけ」
「もう一回! もう一回やらせて!」
 ヒューザとアスバルは二回戦を行った。今度は多少均衡状態を保っていたが、やはりヒューザが勝った。分かってはいたけれど、とアスバルは仰向けに転がる。
「魔力込みじゃないと厳しいなあ」
「やらねえからな」
「ふふ」
 魔王は笑みをこぼす。座り直したヒューザが何だと窺えば、こちらを見上げて言う。
「ヒューザって、人と絡もうとする方じゃないのに人と接するのに慣れてるよね」
「田舎の孤児院育ちだからな。ガキに爺さんに、色々な奴らに囲まれて暮らしてたからよ」
 なるほど、とアスバルは言う。その顔には罪悪感も憐憫もない。こういうところがこの男の付き合いやすさの一因だと思う。
「だから僕も、君といるとくつろげるのかもしれないな」
「ああ? いつも空気吸ってるだけで幸せってツラしてるじゃねえか」
「当たり前さ。アストルティアにいるんだから」
 僕のアストルティア好きは父の影響なんだよ。
 アスバルは言う。
「僕の父は、厳しい身分制度から抜け出せない偏った思想の染みついたゼクレスを憎み、王位を捨てて国を出た。以来何の連絡も来なかったから、父はきっと僕と母を捨てたか、死んだのだと思っていた」
 ヒューザは瞬きをする。この男の家族の話を聞くのは初めてだった。
 青年は夜空を見上げたまま、呟くように話す。
「父の気持ちも分かるんだ。僕も祖国の閉鎖的で傲慢な性格が好きじゃない。魔力のある者が厳しい魔界で一つの国を築くための要となった。それだけが元々のあの国の軸で、そこに崇高さも何もないのに。いつの間にか余計なものが積み重なって、不必要な軋轢を生みやすい文化や陰惨な慣習を作り上げた──昔の方が更に色々激しかっただろうから、そんな国などいっそ滅びてしまえば、という思いを抱いていたとしても納得できてしまう」
 けれど僕は、あの国を変えるって決めたから。
 独り言のようにこぼす。その言葉には確かな重みがあった。
 ヒューザは隣に寝転ぶ青年を見下ろす。感情の表現を削ぎ落とすと、元々秀でた美貌が陶器人形の如く際立つ。中でも瞳の色合いが、磨き抜かれた水宝玉のようにも危うい硝子玉のようにも窺え、どうにもそこばかり見つめてしまう。
 突如、アスバルは起き上がった。笑みを浮かべ、ヒューザの方へ身体ごと向き直る。
「それはそれとして、アストルティアはやっぱり理想なんだよね! 個性豊かな種族が確固とした種族ごとの独自性を保ちながらも互いを尊重して共存してるところとか、そんな者同士が交流することで苦境の中でも思わぬマリアージュが生まれるところとか! ああ、同種族間の連帯感も素敵だよね、たまに衝突することはあっても苦節の中で調和し洗練された精神の宿る文化や発明を生み出す、そうたとえば──」
「前から気になってたんだけどよ」
 ヒューザは口を開く。アスバルの、立板に水の如く流れていた喋りが止まった。視線がこちらへと据えられる。先を促しているらしい。遠慮なく訊ねる。
「お前、何でウェディに化けてたんだ。ドラキーくらい違う形の物に化けられるなら、ウェディじゃない種族になったってよかっただろ」
「ああ、そのことか」
 アスバルは頷いた。
「一言で表すなら、相性の問題だね。僕の変化は完全に擬態元になりきるわけではなくて、既存の形を真似たところに僕を落とし込むという技なんだ。今のところ、ウェディとツンドラキーが一番いい感じなんだよ」
 相性。
 ヒューザは彼の別の姿二つを思い浮かべる。共通するところと言えば。
「目か」
「え?」
 隣にある顔を覗き込む。青の瞳は変わらぬ透明さを湛え、こちらを見つめ返してきた。
「お前の目。初めて会った時、俺はお前をウェディだと信じて疑わなかった。ウェナ諸島の海にそっくりだったからだろうな」
 ツンドラキーの体色も似たような透度を宿している。つまり、鍵になるのはその色合いということか。
 アスバルは黙り込んだ。視線が斜め下へ泳ぎ、またこちらへ戻る。
「君は詩歌の修行でもしてるのかい?」
「してるように見えるか?」
「ならウェディの嗜みか」
 ゆるゆると唇へ笑みがのぼる。どこか苦笑にも似た雰囲気を纏い、彼は首を横に振った。
「驚いた。まさか君の口からそんな言葉が出てくるとはね」
「別に普通だろ」
「普通のウェディならそうだろう。君だから驚いたんだ」
 ヒューザは自分の発した言葉を反芻する。別に意外だとは思わない。素直な感性で発した言葉だったのだが。
 アスバルが顔を背ける。白い頬へ睫毛の影が落ちる、その景色を見てやっと、ああと思い至った。
「老練に見えて、魔王サマは案外初心うぶだったんだな。悪かった」
「……ヒューザ、もう一回腕相撲をしないか」
 アスバルがにこりと笑い腕捲りの仕草をする。なぞった先から腕が魔力を帯びて輝く。
「君を逆マドハンドにしてあげるよ」
「やっぱりお前、魔力の活かし方を工夫すれば物理職もやれるんじゃねえか?」
「僕の言ったこと聞いてた? これだからウェディは」
 ヒューザは溜め息を漏らす背中を叩く。アスバルは仕方なさそうに笑い、まずはもう一度手合わせから、と両手杖を持った。







+++



 再び巡ってきた別の夜の原生林、目くらましの結界の中。
 嘆きの巨人がぶん回す腕の下を掻い潜り、肉薄しようとする魔導兵の頭上を飛び越える。その向こうに見えた男の放つドルマドンは甘んじて受ける。
 大剣を地へ刺す。波状に放つ電流。男が痺れを払おうと振る利き手。翻る深紅のマント──その一瞬を待っていた。
 低姿勢で地を蹴り、マントの広がってできた死角へ潜り込み足を払う。読まれていたのか、男はたたらを踏むだけで倒れない。それでも無理矢理腕を引き倒す。
 大きく崩れる姿勢。相手ごと倒れ行く身体。二人纏めて地面へ落ちるより先に片膝を立てる。その上へ相手の背を置き、剣を放した手で口を塞ぐ。
 場にいる全員が静止した。時が止まったようだった。背後に迫っていたはずの巨人も魔導兵も、ヒューザへ一撃を浴びせてこない。主が捕らわれているからだ。
 つまり。
「俺の勝ちでいいな?」
 アスバルは目で笑う。ヒューザに取られていない方の手が動く。
 ──パチン。
 指の鳴る音と共に、花吹雪が降ってきた。地に落ちたところを見ると、偽物でも幻でもない本当の花らしい。黄色の小さな花弁が寄り集まってできた、愛らしい綿毛のような形をしている。
「完封されてしまったね。おめでとう」
 バンバン。カチャカチャ。
 耳慣れない音に振り返れば、巨人が包帯の両手を打ち鳴らし、魔導兵が得物と盾をかち合わせていた。拍手のつもりらしい。
 随分躾の行き届いている使い魔だ。ヒューザは眼下の男を見下ろす。
「口を塞がれても今の芸当ができたってことは、また間近でドルマを喰らってた可能性があったってことか」
 熟練の魔法使いは、指の動き一つで魔法言語を体現することができる。ヒューザは詳しい理屈を知らないが、この魔王が無言で呪文を発動できることは知っていた。
「いや。実戦ならば僕の首が舞う方が先だっただろうから、今回は君の勝ちだよ」
 アスバルは顔へ添えられたヒューザの手を外し、口角を吊り上げる。
「さすが、ウェナ諸島にその名を轟かせる剣士ヒューザ殿だね。君の腕前は魔界でも通用する。全世界トップクラスで間違いないよ」
「へいへい。お褒めに預かりどーも」
 ヒューザは肩を竦め、受け流す。最後に呪文を行使される可能性があったことを考えると素直に喜べない。もっとも、この男ほどの使い手は稀だから、そのような状況に陥ることはまずないのだろうが。
「つーか何だよこの花は」
 ヒューザは己や彼の上に舞い落ちる黄色の小花を見る。ミモザだよ、とアスバルは答えた。
「花吹雪にぴったりだろう? レモンの花と迷ったんだけど、やっぱりこっちだね」
「どういうことだ」
「君の髪色。ミモザの色だろう」
「そうか?」
 己の髪の風合いなど考えたこともない。黄色、金髪。それで十分だ。
 アスバルは自由な方の手を伸ばす。指先がヒューザの肩口へ流れる髪を辿り、そこへ降り積もるミモザの花と共に弄ぶ。
「君の髪の色味を確かめたかったんだ。やってみて良かった」
「意味が分からねえな」
「ところで君はワルツが上手なんだね」
 アスバルは未だ捕らわれたままの手を揺らした。そこでヒューザは、自分達が戦闘を終えたままの姿勢を保っていたこと、またその姿勢が中腰で向き合い手を取る、社交ダンスのペアじみていることに気付いた。
「ああ、悪い。忘れてた」
 手を離す。アスバルは草地の上へ転がった両手杖を仕舞い、座り込む。ヒューザもまた得物をしまい腰を下ろし、バンダナを外して積もった花を払う。
「案外紳士だよね、君」
「案外な」
「まさか手合わせであんな風に抱き止められるとは思わなかったよ。本当にワルツみたいだった」
「偶然だ。何も意図してねえ」
 ──直前まではそうだった。
 勝つことに集中していた。しかし体勢を崩そうとする場面になって、このやり方なら不必要に体を痛めさせずに済むかと気付き、よく考えずああしてしまった。自分でも自分がよく分からない。
 この男は強い。かつて面影を重ねた同族とは比べ物にならないほど強かだ。多少すっ転んだ程度で参るはずがないと知っているのに。
「そうなの? じゃあ、天然で紳士なんだね」
 そう言ってはにかむ顔が優しげだから、それに見合った扱いをしてやりたくなるのだろうか。もしくは、己の習得できない領域を極めた非の打ち所のない魔術師の髪に、気の抜けるぽわぽわした花がついているのが不釣り合いに思え、取ってやりたくて仕方なくなるのと似た理屈か。
 ともかく、紳士などと称される性分ではない。むず痒さを追い払おうと咳払いをして言う。
「御髪が乱れてやがるぜ、魔王サマ」
「あ、そうだよね。見苦しくてすまない」
 アスバルは長い髪を手櫛で整える。まっすぐな髪は促されるまま素直に花を落とすが、しかし指の届きづらい微妙な位置に潜り込んだものは上手く取れないようだった。指摘してやってもなかなか落とせていない。
「仕方ねえな」
 ヒューザは手を伸ばし、亜麻色の髪をなぞる。花と共に、引っ掛かることなく指の間を流れ落ちる感覚。滑らかな手触りが本当に人形のようで、余計梳く動作に慎重になった。
 アスバルが瞠目する。だがすぐに表情を戻し、ありがとうと礼を口にした。そのままヒューザを凝視するので、何だよと問い掛ける。
「気に障ったか」
「いや、そんなわけないよ。ただ経験がなくて……何だろう。くすぐったいと言ったらいいのかな」
 誤魔化すように小さな笑みを浮かべる。照れているのか。気付けば、己の口許にも笑みが溢れていた。
 相手は強力な闇の魔術を操る魔族だ。その頭があるにも関わらず、いじらしく感じてしまう己に内心苦笑する。魔王アスバルへの心象は、調査隊に所属していた頃から随分変えられてしまった。こんなに情が湧くとは思ってもみなかった。
「俺だって、こういう真似はそうしねーよ」
「そうなのかい? 慣れているように感じたけど」
「お前の頭にひよこみてえなのがつきまくってたから、孤児院のガキを思い出しただけだ」
「ふふっ。そっか」
 ガキと称されたのにも等しいと言うのに、魔王は嬉しげに笑う。このような男の表情を見る度、ヒューザはそこに癒せぬ孤独を抱える者特有の匂いを嗅ぎ分ける。
 何を聞いたわけでもない。ただ、積み重ねた会話の節々から、その明朗な言動の奥底に横たわる冷え切った何かを感じ取っているだけだ。そしてそれは、ヒューザ自身に巣食う諦観に似ている。
(憶測でしかねえが、多分コイツも)
 他愛のない時間でも、これだけ積み重ねてきたのだ。彼がアストルティアの情景を得るためだけに己に目を付けたのではないことは察せていた。
 大柄な鳥の声が響く。顔を上げれば、繁茂する亜熱帯の樹々の向こう、月を背景に飛んでいく極楽鳥の影が見えた。宵の深まる原生林には、彼ら以外音を立てるものが無い。使い魔達も、いつの間にか姿を消している。
「僕は、君にしてもらってばかりだな」
 首を巡らせば、アスバルが俯きがちにしていた。
 唐突に何だろう。ヒューザはかぶりを振る。
「トントンだって言ってんだろ。俺からすれば、何でお前が俺の旅の記録なんかに目をつけたのかが未だに分からねえが」
「君の日誌は貴重だよ」
「たとえ俺の記録にアストルティアについて大したことが書いてなくても、お前はそう言うんだろうな」
 顔を上げる。青い双眸が僅かに揺れたのを見逃さなかった。
「それは」
「オーディスに色々聞かされてたんだろ。期待してたほどのもんじゃねえと途中で気付いただろうに、それでも俺の手合わせに付き合ってくれて感謝してるよ」
「そんなことない」
 アスバルは強い語調で否定した。ヒューザは無言で見つめ返す。すると、視線を脇へ流しつつも躊躇いがちに話し出した。
「確かに僕が君に関心を持ったのは、オーディス王子の話がきっかけだった。勿論純粋な武勇譚として惹かれたのはあるけれど、僕は……実のところを言うと、君個人の振る舞いが気になったんだ」
 ヴェリナード王国の王子には、己の意思を尊重してくれる母親、包容力のある父がいるだけでなく、その身分に囚われず接してくれる友がいた。しかも幼馴染でも何でもない、何処からともなく現れた流浪の旅人だ。
「オーディス王子は性格のいい、真面目な人だからね。隊長のことも親友と呼んでいたし、関わったヒトなら誰でも友と呼ぶんじゃないかと思っていた時もあった。でも、実際に君と過ごしてみて分かったよ」
「何が」
「君は、一緒にいて過ごしやすい人だ」
 ヒューザは次の言葉を待つ。しかしアスバルは座り込んだ己の膝を眺めるきりで、なかなか次の言葉を発しない。ついに焦れて、こちらから口を開く羽目になる。
「それで?」
「調査隊の任務が終われば、君とは二度と会えなくなるかもしれない。それがすごく勿体なくて、こんなお願いをしたんだ。アストルティアの旅人の視点を知りたかったのは本当だよ。でもそれ以上に、僕は君ともっと接してみたかった」
 言ったきり、アスバルはまた口を閉ざした。彼の中で話すべきことは終わったということなのだろう。
 ヒューザは聞いた内容を頭で反芻する。
「つまり、お前はマジで物好きだったってことか」
「君と交流したいと思うことは、そこまで特殊でも何でもないと思うけどな。君、よく他人に好かれるだろう?」
「知らねえし興味もねえ」
「ヒューザらしいね」
 アスバルは笑う。
「それが君の良い所だと僕は思うんだ。君は他人の歓心を得ようとしない。そんな君の言葉や態度に救われる者は多いだろう。僕もその一人だったってことさ」
「そうかよ」
 ヒューザは肩を竦めた。
「俺からすれば、物好きなことに変わりはねえな」
「ある意味では同意だね。君みたいな人に惚れるのは厄介そうだ」
 急に風向きが変わった。
 理解できずに首を傾げる。アスバルは笑みを湛えたまま滔々と語る。
「自分の強さを求めているだけだなんて言うくせに、ふとした時に誰にでも優しくして見返りを求めない。そういう行動が逆に心を引き寄せるんだから、まったくもって皮肉だよ」
「なあ。俺は今何を言われているのか分からねえんだが」
「ただの友人でさえ、色々してもらってばかりでいいのかって思わされるんだ。君の面倒見の良さには、一周回って困らされる」
 ヒューザはやっと得心した。なるほど、そういうことか。
 青の双眸へ目を合わせ、問いかける。
「俺は俺のやりたいように、自由に旅をしている。なら、お前と会うことについても分かるよな?」
 水宝玉の瞳が数度瞬きをする。特に表情を変えないが、こういう時の彼は驚いていると学んでいた。
「君の顔の良さは武器だな」
「お前にそう言われるとは光栄だな」
「あまり困らせないでくれよ」
「何を困ることがあるんだよ。要は、お互い過ごしやすいってことだろ」
 ヒューザはにやりと笑う。この何でもできる器用な男が、他愛もない己との友人関係で葛藤していたと知り、思いがけずいい気分になっていた。
「魔王サマはどうにもおぼこいからな。構いがいがあって面白いぜ?」
「僕相手にそんなことを言うのは君くらいだよ」
 アスバルがにこやかに応じる。
「この次の手合わせが楽しみだね」
「花吹雪ならともかく、血飛沫は勘弁しろよな」
「それは君の行い次第」
 はぐらかされた。仕方なく、機嫌を伺うように笑いかける。
「分かったよ。じゃあ背中でも流してやるから、これからもよろしく頼むぜ」
「こちらこそ……で、背中を流すってどういう意味だい?」
「おいマジかよ。魔界はどうなってやがるんだ」
 ヒューザは立ち上がった。
「そろそろ水浴びに行くか。お前も来るだろ」
「ああ」
 微笑み頷く青年に手を差し伸べる。伸ばされた腕を引っ張り、助け起こした。





 星々の瞬きが耐えきれぬ眠気に潤み、夜空の裾へ太陽の気配が差し込み始める頃。
 ケラコーナ原生林の奥まった一角で、二人の青年が焚き火を挟んで横たわっている。ウェディの方は寝入っているが、もう一人の魔族は目を開けていた。それでも身体は起こさないまま、火の向こうにいる連れを見つめている。
 つくづく端整な容姿をしている。アスバルはこちらを向いて寝転がる男の容姿を、眼だけで丹念になぞる。顔立ちの凛々しさ。程よく筋肉のついて洗練された体躯。冷静沈着な佇まい。肉体精神共に強く美しく、それでいてどこか儚げなこの友人に、随分前から魅せられている自覚はあった。最初は本当に、魔界の情勢と関係ない、アストルティアを旅する友がいてくれたらと思っていただけだったのに。
(友人か)
 自分自身の口にした言葉だ。
 彼は友人。
 オーディスの話を聞いた時から憧れていた。しかしそれはあくまで、アストルティアを成す物語の一部に対する、軽くて遠い憧憬だった。時折見かける唯一無二の友がいる者達、気心の知れた幼友達がいる者らへのちょっとした羨望も含まれていたと思う。悪意の都と称される特殊な環境で生まれ育った己に、気心の知れた幼友達ができたとは思えない。今更欲しいとも思っておらず、一人で過ごす趣味の時間さえあれば十分だと考えていた。
 そんな己の心に根付く者が現れるなんて、己でも予想外だった。
 最初から彼の何を知っていたわけでもない。果ての大地で共に過ごす中で、予感めいたものを覚えただけだ。手記をもらう約束を結びつけ、代わりに己の力と時間を注いだ。彼は鷹揚に受け入れてくれた。誰と過ごしていても己のアストルティア観を深めることに傾倒していた己が、誰かと共に世界を巡る楽しさを初めて知った。
 たった一人で自由に世界を巡る男。喪失の傷を抱え、武骨な大剣のみを供とし、普遍的な愛を胸に強さを追い求めて独りさすらう──その生き様は心の深いところを震わされるほどに気高く、繊細で美しかった。彼のいる世界はきっと、どこであろうと美しくなるだろう。
(全然思っていたことを話せなかった)
 手記を求めた真意を話そうとした時のことを思い返す。彼の振る舞いが気になっていた。一緒にいて過ごしやすい、もっと同じ時を過ごしたい。どの言葉も本心だ。本心の一部でしかない。
(僕は)
 眠る友人の顔を見つめ、心中で呟く。
(誰にでも適度に無関心で優しい、一人で歩くことを決めた君が、僕には関心を持って一人と一人で並んで歩くことを許してくれたらいいと思う。君の指先が梳く髪が僕のものだけであればいい。君の黄色いアカシアがしおれることがあれば、僕が水をあげる。君を縛る過去の幻影をステンドグラスにして、人生も魂も、未来永劫祝福してあげる)
 気恥ずかしい抽象で己の心を詠む者達、たったの一言二言で済むはずの告白にわざわざ詩歌などというまだるっこしい形を進んで選ぶ者らを、やっと心から理解できた気がした。このあてどない思いは、定められた韻律の中でもなければ形にできない。愛しているだとか傍にいたいだとか、彼への想いはそういう有り体な概念で言い表せなかった。あまりに重い言葉は、自由を愛する彼を傷付けてしまう。彼の受け入れてくれる「友人」の間に相応しくない。
 薪が爆ぜ、見つめる先にある凛々しい眉根が寄る。憂いを帯びた顔さえ綺麗だ。悠久の闇の中で時を止めた己より短い、たった二十年も生きたか生きないかという命なのに、鮮烈な光とさやかな影とを見事に宿して生きている。アストルティアの者の宿命だ。あと百年もすれば散る命。
 そう考えると堪らなく、焦燥感が込み上げる。少しでも多く彼と会いたい、言葉を交わしたい──己の内に潜む思いは、それだけで収まってくれるだろうか。
 アスバルは闇の都の片隅に佇む自分だけの城を想起する。彩り豊かな世界よりやって来た、己の好きなものだけを集めた小さな城。この世界の良さの詰まった売り物ばかりを揃えているが、中には他人に絶対譲り渡さないと決めた貴重な品もある。
 そこに新しく手紙の束が加わっていることを、店主以外誰も知らない。
(君は広い世界を自由に泳ぐことを望んでいる。だから、それを尊重したい)
 たとえ届かない言葉と知っていても、アスバルは胸中で語りかけずにはいられなかった。
(でももし、もしも泳ぎ疲れたか、十分に泳いだと思える日が来たか──あるいは更なる強さを求めて、もっと遠くへ漕ぎ出したいと考える時が来たなら)
 こちらが提案してしまえばきっと、今まさに贖罪の道を歩んでいる最中の彼は去ってしまう。
 だからアスバルは待つ。彼がアストルティアの外へ目を向け、魔仙卿や癒しの女賢者のように、闇の加護を受け更なる広大な世界を生きる道があるのを知ることを。そして、彼の意思でそれを望む日が来ることを。
(君はきっと、どこで生きても美しいだろうから大丈夫)
 その時は己が血だって捧げよう。彼が生き続けるのならば、そのくらい安いものだ。
 そしてその後は、ずっと大切にすると誓おう。
(だから、どうか)
 アスバルは己が胸元の装束を握り締める。苦しくもどこか甘い拍動に陶酔しながら、夜が明けるまで眠る友を見つめ続けた。







+++



 ゼニアスを殲滅せんとする女神の撃破に成功した燈火の調査隊改め防衛隊一行は、各地の見回りをガートラント兵に任せ、解散に伴う諸業務のためにはじまりの地へ詰めていた。諸業務と言っても、具体的には顧問であるドゥラに報酬を含めた実際的な話をしたいから一人一人と順繰りに話したいと言われたというそれだけの話だったのだが、何やらドルワーム研究院の方で火急の用が発生したとのことで、肝心のドゥラが急遽故国へ一時帰還してしまった。そのため、現在隊員達ははじまりの地にて暇を潰しているのだった。
 ポルテとエステラ、アスバルはゼニアスでのことを振り返っていた。各地で起こった事件、印象に残った景色、現地の人々とのやりとり。既に共有した出来事から報告するまでもない些末な出来事まで、それぞれの目にしたものを話していた。やがて、ポルテが微笑みつつも俯いて言った。
「もうみんなとお別れかあ。寂しいな」
「そうですね。大変なことも多かったですけれど、楽しい思い出もたくさんできましたから」
 エステラが微笑みながら同意する。
「エッちゃんはまだアストルティアに、竜族の里にいるんだよね?」
「はい。当分お邪魔している予定です」
「じゃあ会いに行ってもいい?」
「勿論! またお茶会をしましょう。でも、もしかしたらその前に私から会いに行ってしまうかもしれませんね」
「エッちゃーん!」
 少女は竜女に飛びつき、ふっくらした頬を摺り寄せた。エッちゃん大好きズッ友だからねと捲し立てている。いつもより元気はあるのに寂しがりだ。エステラは優しい手つきで少女の頭を撫でる。
「ポルテさんがいてくれて良かった。あなたは素直で屈託なくて、一緒にいると明るくなれましたから」
「エッちゃん……」
「私もあなたみたいな素直さを身につけたいと思わされます」
 エステラの唇から笑みが消え、真剣な顔になる。
「私もナブレットさんに『またお会いしたいです』の一言が言えたら……いえ、種族は違えど相手は異性、しかも町長とサーカス団団長を兼任するお忙しい方。軽率な言動をすればご迷惑になってしまいます。やめておきましょう」
「考えすぎだよエッちゃん」
 ポルテは唇を尖らせる。
「プクリポのもふもふでスターなところは、全部の垣根を超越するみんなの財産なんだから。本人達もそれを分かってて誇りにしてるんだし、変に遠慮しない方がいいよ。正直に『サーカスが見たいです』って言って、会いに行く約束しちゃえばいいじゃん」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。ナブレットさんは器の大きい人だから大丈夫だと思う」
 アスバルが口を開いた。
「そんなに気になるようなら、お互いの利になるような形で会えばいいんだよ。君達はアストルティア住まいなんだから、用件次第では頻繁に出会すのも普通だろう? 二人でお茶会する度にナブナブ大サーカス団へケーキを買いに行くのはどうかな」
「それいいアイディアかも! ねえねえ、どう?」
 ポルテが手を打ち、エステラは目を丸くする。
「確かに。ナブレットさんの利益になって私達も嬉しい、良い接し方です。さすがアスバルさん。社交上手ですね」
「ナブおじさんに会いに行ける、ケーキを定期的に食べられる。うん、最高だよ! バルくんってば流石だねっ」
「あはは。解決したなら何よりだ」
 爽やかに応じる彼を眺め、ポルテは思案顔になる。
「バルくんは魔界住みだもんね。魔界かあ……あたしはアビスジュエルを持ってなくて簡単な移動手段がないから、行くなら船と徒歩か。ハードルが高いなあ」
「ポルテさんは一人で行かない方がいいと思います。行くなら必ず隊長さんと一緒がいいかと」
 エステラが真面目に言う。ポルテは首を傾げる。
「何で?」
「魔界は隙を見せた者から付け入られるのが常識の、弱肉強食の大地です。私達がバザールでいくらぼったくられたか……あれは今思い出しても恐ろしい体験でした」
「えっ。バルくんの国ってぼったくりバザールがあるの?」
「それは隣の国だよ」
 ああすみません言葉が足りなくて。慌てて詫びるエステラ。いいんだよ大変だったね。労わるアスバル。
 大人の会話だなあ。二人の会話を聞きつつ、ポルテはそんな感想を抱く。二人は以前、行きがかり上刃を向け合ったこともあると聞く。けれどこの地で目にした二人の様子はとてもそんな風には見えなかった。共に乗り越えた戦いが大きすぎたからか、それとも冷静な二人だからなのか。
 戦い。そこでポルテの物思いは、残る調査隊メンバーの方へ戻ってきた。
「ジーくんはアマラークにいるから、はじまりの地に残る調査隊の力を借りればたまに会いに行けるとして」
「この中で再び会うのが一番困難なのはヒューザさんでしょうね」
 エステラが先を読んで言う。そうそう、とポルテは大きく首肯した。
「ヒューくんは論外! どこにいるかさっぱり分からないんだもん」
「ああ、彼なら──」
「おい」
 そこへ、噂の本人ことヒューザが現れた。やって来るなりアスバルの肩へ腕を回し、ポルテとエステラに言う。
「ちょっとコイツを寄越せ。用がある」
「あっ、ヒューくん。ちょうど良かった」
 ポルテが片手を挙げる。
「また調査隊の皆に会えたらいいなって話をしてたんだ。ヒューくんはどこに行けば会いやすいの?」
「知らねーよ。縁があればまた会うだろ。達者で暮らせ」
「ええっ! 冷たッ!」
「勘違いすんな。会わねーとは言ってねえだろ」
 じゃあもらってくぜ、とヒューザはアスバルを連れていってしまった。アスバルが何か言うのに、耳打ちで答えている。肩へ腕を回したまま人気の少ない木立の方へ向かい、すぐに視界から外れてしまった。
 一連の流れを眺めたポルテは隣へ顔を向ける。奇しくも、エステラもまたこちらを見ていた。
「近くない?」
「近いですね」
 二人して頷き合う。
「ヒューくんは口が悪いけど、ああ見えて面倒見が良くて他人とほどほどに付き合うのが上手いから、好奇心でテンションマシマシになったバルくんと相性悪くないんだろうなーとは思ってたよ。でも、これはちょっと予想外だったな」
「私も、ヒューザさんがご自分からあそこまで他人に近づくことがあるとは予想外でした」
 聞けば、エステラはヒューザとも面識があるのだという。ナドラガンドで竜神相手に戦った、種族神の器仲間だとか。
「私達が集まって話をするようなことがあっても、ヒューザさんだけは一歩引いたところにいたというか。輪を乱すようなことは決してなさいませんでしたが、積極的に関わるようなこともなかったように思います」
「そうだよねえ。付き合いが長いっていう隊長相手でもあっさりしてるもん」
「結局、ナドラガンドにいた頃の彼に接触することができたのは、ワギ神の器であるとある方の奇襲だけでしたね」
「それって、調査隊に立候補したことがあるっていうガラクタ大好きおじさん?」
「ええ。面白い方ですよ。ポルテさんなら仲良くできると思います」
 エステラはにこりと笑い、話題を元に戻す。
「ヒューザさんはお強い方に関心を寄せやすいのだろうとは思っていました。しかしそれならジーガンフさんも同じです。ああいう風に打ち解けるのはアスバルさんだけなんですよね。共に過ごした任務時間の差はあっても、専門分野の違いを考えれば二人にそう差異はないと思うのですが」
「エッちゃん、ヒューくんのことよく分析してるね」
「彼を含めた器の皆さんには、ナドラガ教団が迷惑をかけましたから。挽回すべく器の皆さんをもてなそうと努めてきた結果です」
 エステラは手を口元へ当て、考え込むような表情を見せる。
「自由を好むあの方への接し方は分かりやすい。でも、あの方個人については会う度によく分からなくなる。不思議な方です」
「うーん。あたしもよく分かんなくなってきちゃったなあ」
 ポルテは人差し指を頭に当てる。
 脳裏に浮かぶのは、先程見た去り際の二人の様子。肩を組まれながら驚いて何か言うアスバルが、ヒューザの耳打ちを聞いて表情を変える。
(笑ってた。仕方ないな、みたいな。でも嬉しそうな顔)
 何を言われたのだろう。アスバルはヒューザとの会い方を知っているようだった。けれど、ヒューザは自分達の前でそれを口にしなかった。
 それ即ち。
「二人だけのミツゲツな時間ってことぉ……?」
「よう、お嬢さんがた。お取込み中かい?」
 ナブレットがやって来た。ふわふわな身体に甘い香りを纏わせるプクリポの登場に、ポルテとエステラの頭から男達のことが吹き飛ぶ。二人の表情がぱっと華やいだ。
「ううん、大丈夫だよ! ナブおじさんはどうしたの?」
「へへ、実はな。暇だしいい時間だから『ゼニアスのどこでも作れるお手軽フライパンケーキ』のレシピ開発をしてるんだけどよ。開発に付き合ってくれるお嬢さんはいねえかなと思って探しに来たんだ。今、味見とレビュー担当者を大大大募集中でな」
「ハイハイハイあたしですあたししかいないッ!」
「ずるいですよポルテさん! 私だってできるなら──いや絶対食べたいですっ」
「よぉし二人確保だ。助かるぜぃ」
 前のめりになる二人に、ナブレットはニカッと笑う。三人は軽い足取りでその場を後にする。思わせぶりな青年達が木立へ消えていった先のことを知る者はなく、ドゥラの帰還後、彼の指示のもと研究員らが二人を探して回ることになるのだった。











20250910