余計な一言
※大包平×鶯丸
鶯丸は、己が仕出かした場面をよく目撃する。目撃するだけでなく、声まで掛けてくる。刀装作成を失敗した時などは、その最たる例だ。あれは、剱が完全に制御できる性質のものではなく、半ば天からの授かり物である。そう分かっていても、奴に揶揄うような声を掛けられると、どうも己の過失のような気がしてしまう。
見られないようにするのは、奴が出掛けてでもいない限り不可能だ。奴は大包平が何か仕出かすか否かに関わらず、いつでも観察の機会を窺っているから、決して好機を逃さない。周りに誰もいないと思って刀装作成を始めても、気が付くと刀装部屋の入り口に現れていたり、遠方の縁側でこちらを見つめていたりする。大包平はそれを一度見つけてしまうと何だか放っておけなくて、足を向ける。奴はこちらが近付いてくるのを待ち、声の届く範囲に至るなり一言のたまう。
「力みすぎだ」
「気迫に見合わない結果だったな」
「何だ。成功記録が途切れて落ち込んでいるのか?」
そのようなことを言って、笑う。細まる松葉の瞳が何とも愉快そうで、腹が立つ。
しかし、腹が立つには立つのだが、不思議なことに嫌な気分にはならない。むしろ、次は見ていろと奮い立たされる。それに、変に反応がなかったり慰めにもならぬ言葉を差し出されるより、「失敗したな」と直球で言われた方が気楽でいいと考えるところが、自分にはあった。何やかんやあの男は、普段から観察していると言うだけあって、己をよく理解しているのかもしれない。奴の余計な一言に励まされる己の妙な気質に気付かされてしまって、これはこれで癪だ。
今では、刀装作りを失敗する度に、奴の反応を待ってしまっている自分がいる。奴がその場にいなかったとしても、脳裏にこれまで掛けられた言葉が蘇る。それで、これではまた馬鹿にされる、などと溜め息を吐いてしまう。
──失敗を失敗としてそのまま受け止めるのはいい。だが、いちいち奴の反応を気にしてしまう俺は変なのではないか。
失敗を見られ、状況を確かめられる。そんな傷口に塩を塗られているとも解釈できそうな行動を、何故望むのだろう。どうにも本来の己の趣味とは違う気がして、気にかかる。
連日、頭の片隅でそんなことを考えていたせいだろうか。
その日、近侍として刀装を作っていた大包平は、刀装作りを失敗した。オーダーは特上投石兵三個。始めてすぐ二回連続で成功したのに、直後の三個目でしくじった。しかもそれを、背後から鶯丸に見られていた。
「派手にやったな」
振り向くと、奴は涼しげに笑っている。
その顔を見るうち、大包平の口はひとりでに動いていた。
「たまには、別の反応はないのか」
鶯丸は首を傾げる。
「別の反応とは」
「素直に励ますとか」
「ははあ」
薄い唇の片端が吊り上がった。
「お前はまた何か、面白いことを考えているな。いいだろう。付き合ってやる」
言うなり、大包平の肩に腕を回す。横並びで背中をさすりつつ、その細面がこちらの顔を覗き込んで微笑む。
「ほら、頑張れ頑張れ。あとちょっとだぞ」
そう言って肩を叩かれる。軽く、二回。ほんの少しの接触なのに、そこには信頼と労いの温かさがあって。
大包平は言った。
「やはりいつも通りでいい」
「何だ、不満か。我が儘な奴だ」
「何が我が儘だ。そもそもお前が勝手に他刃の仕事に口を挟んでいるんだろう」
軽口を叩きながら、思う。
──なるほど。そういうことか。
鶯丸との付き合いは長い。自分の情動をマメに言葉にする剱でないと知っているから、大包平にはその表情や仕草に着目して本心を読む癖がついている。
その習慣が今、間近で彼の様子を観察したことにより、何故この男の反応を求めてしまうのかという問いの答えを導き出してしまった。
こちらを見つめ、じわりと溶けるように緩む眦と口元。
柔らかに嗜めつつ、愉悦で僅かに弾む声色。
どちらも、己が滾る血を抑え難くて葛藤する時──閨で組み敷かれたこの男が見せるものだった。
熱情を抑えきれない己が、愛しくて仕方ない。そう能弁に訴える、あの喜悦と慈愛に満ちた顔。あれと、己を茶化す顔は似ている。
気付いてしまえば、もう頭を抱えるしかない。
大包平は特大の嘆息を漏らす。鶯丸が面白がるような声を上げる。
「どうした。もっと熱烈なのがいいか」
「よせ」
──胸の内がざわついて、仕事にならん。
そんなことを言えるわけもなく。
大包平は新たな資源を投入し、無心で加護を祈った。
20240613