理想家、もしくは大器晩成

※大包平×鶯丸
※過去妄想もとい捏造有





 ずっと昔から、優れて美しい剱だった。容姿の艶やかさは当然として、心根が凛として美しい。その刀身に相応しい冴え冴えとした思考と、洗練された自我。それらを無暗にひけらかすことなく、柔和な笑みを浮かべ、品良く佇む姿。誇れる同郷の名刀だと感じていた。
 そんな刀が、力を付けようとあちらこちらを駆け回る己を見る度、馬鹿だなと笑うのだ。お前に何が分かる、と本気で憤慨したこともあった。
 あれは、いつのことだっただろう。
 共に所有されていた頃か。いや、郷里で出会した時だったか。明確な時は思い出せないが、大包平のそれなりに幼い時分であった。
 近隣で度の外れた悪さをする魍魎と話をつけに行き、決着を付けられたのは良かったものの、少々穢れを纏ってしまった。まともな祓い方も分からぬ年頃だったから、屋敷に穢れを持ち込むわけにいかぬと帰ることをせず、辻でしゃがみこみながら己が失敗を省みて拗ねていた。
 そんなところを、偶然通りかかった──と当時は思っていたが、今思い返してみるにあの状況は不自然だったから、探してくれていたのかもしれない──鶯丸に発見された。鶯丸はああ、と呟くなり、作法に従って大包平を祓い浄めた。時と手間をかけて精製された火と鋼より成る付喪神は、神職をこなさぬ者でも簡単な祓くらいならばできるのだと知ったのはこの時だった。
「感謝する」
 口ではそう言ったが、内心の半分ほどは面白くない。
 鶯丸の方が己より古いのは確かだ。しかし付喪神の感覚的に、決して大きく年が離れているわけではない。そのはずなのに、鶯丸は大包平より様々な道理に明るく、世間の覚えがめでたかった。一方大包平は、同じ備前の流れを汲む素晴らしい剱として生まれたにも関わらず、働いてもいまいち愛されることがなく、挙句の果てに下手を踏んで彼に助けられる始末。地力の違いを見せつけられたようで、己が惨めに思えたのだ。
 そんなこちらを知ってか知らずか、鶯丸は隣にしゃがみ込んだ。当時は鶯丸も随分幼かったから、春の化生と言われても通るような、少女の如き面差しをしていた。
 その花顔で、大包平の顔を覗いて言う。
「全く無茶をする。折角の命なんだから、大事にしろ」
 口の利き方は、この頃から既に男らしいさばけたものだった。儚げな容姿ときりりとした刃格の差異に、初対面の付喪神らがよく驚いていたのを今でも覚えている。
「このくらい大したことではない」
「帰れなくなるところだっただろ。下手すれば、堕ちていたかもしれないんだぞ。お前に何かあれば皆が悲しむ。俺だって嫌だ」
 柔らかな新芽の睫毛が伏せられる。ふっくらとした頬が憂いの翳りを帯びる。そこへ緩やかに波打ちながら流れ落ちた柳葉の髪が、清らかなのに匂い立つような面差しの艶を引き立たせ、どきりとさせられる。
 この己が、見惚れそうになった。自覚して悔しくなる。
「物の怪の相手など、陰陽師や坊主に任せておけばいいんだ。お前が損なわれる危険を背負ってまですることじゃない」
「そんな悠長に待っていられるか」
 大包平は眉を吊り上げた。
「あれが今日、水辺で子供を惑わし溺れさせたのを知らないのか。標的になるのは大抵、貧しい家から奉公に出された子だ。陰陽師や法師は、金を積めない者のためになかなか動かん。他の命が損なわれる前に、アレを正してやった方がいいに決まっている」
「そうだな。お前は馬鹿だが正しい」
「馬鹿は余計だ」
 鶯丸は大包平の文句には構わず、神妙に頷く。
「お前のおかげで、また尊い命を失わずに済む。ありがとう」
「ふん。鶯のためにやったわけじゃない」
 大包平はそっぽを向く。
 鶯丸に労われたいわけではないが、礼を言われるのは悪い気がしない。だが、それを表に出すのは癪だ。この、兄弟分であり好敵手のようでもある剱を前にすると、大包平の胸中はいつも憧憬と焦燥の間で大きく揺れる。そんな有様を見透かされたら、きっと揶揄われる。だから、わざと愛想のない態度を取って見せていた。
「知っているさ」
 向けられた声は、笑みを含んでいる。
「少しは人間に気付いてもらえるといいな」
「俺は、人気取りのために働いているわけではない!」
 大包平は立ち上がり、叫んだ。
「いいか。俺は立派な刀としての務めを果たしたいだけだ。たとえ世の全ての人間の目が節穴であろうと、俺は備前の大名刀たるに相応しく──」
「あー分かった分かった。分かったから声を落とせ。痛い」
 鶯丸は両耳を手で覆い、顰め面をしている。
「近くで大声を出すな。びりびりする」
「軟弱だな」
 大包平はふんぞり返って笑う。
「座敷に大人しく収まってばかりいるから、俺の声に気圧されるんだ。お前ももう少し、外を走り回ったらどうだ」
「そうさなあ」
 鶯丸は曖昧に笑い、口を噤んだ。その誤魔化し方が何だか今までの彼らしくなくて、戸惑う。てっきり、そうするとか必要ないなどといった、はっきりした言葉が来るものと思っていた。
 ──何だか、遊びに行くぞと誘いづらい雰囲気だな。
 この時大包平は、先の己の失敗などもうどうでも良くなっていた。それより、この刀と遊びたい気分だった。鶯丸は減らず口を叩いたり、大包平を舌先の玩具にして遊んだりする癖こそあるが、誰よりも付き合いがいい。何より、勝負事の腕前も良い感じに拮抗しているので、遊び相手としてちょうどいいのだ。
 なのに、白皙は未だ曖昧に笑うだけ。誘っても、乗ってもらえないだろうか。
 ──こいつだって、外は嫌いじゃないはずだ。
 俺のことも、嫌いではないはず。こうして一緒に座って話をしているのだから。
「友成の刀は玉印か何かのようだと、また揶揄われるぞ」
 いつもの調子で突いてみると、ごく淡い若葉の瞳が細まった。
「なに。何と言われようが構わないさ。俺は、そこに在るというのが一番の仕事のものだから。今の主人も、俺が出ることを望まないだろうし」
 老成したような調子で、和やかに言う。
 しかし、その声のどこかに、諦めにも似た切なげな響きが感じられた気がした。
 大包平は再度しゃがむ。今度は、こちらからその顔を見据える。
「お前はどうなんだ」
「どう、とは」
「どうしたいと思っているんだ」
 すると、若葉の瞳が揺れた気がした。そこに映る景色をきちんと確かめる前に、鶯丸は目線を下へ向けてしまう。柔らかな唇が、自らを噛み締めては離すのを繰り返している。
 大包平は辛抱強く待つ。この剱には、たまにこういうことが起きる。待ち続けていれば何か出てくることもあるが、何もないこともある。大事なのは、急かさないことだ。
 しばらくして、鶯丸が目を上げる。
「どうしたい、と言われてもなあ」
 顔へ広がっていくのは、苦々しい笑み。
「俺達器物に、そんなものが要るか?」
「それがあるから、俺はこうして魂で動いている」
 大包平は己の胸を拳で叩いた。
「俺は強く、良い剱でありたい。どれほど時が経とうと、古くより備前に大包平ありと語り継がれるに相応しくありたい。俺の在り方を、強さを、世に知らしめたい」
「なるほど」
 勢い込むこちらに反して、鶯丸の表情は変わらない。穏やかな笑みで、こちらを見つめてくる。
「大包平は、皆に自分を分かってもらいたいのか」
「当然だ」
「ふうん」
 緩やかに弧を描いていた鶯丸の唇の、片側だけが吊り上がる。
「やっぱり大包平は、仕方ない奴だなあ」
「まだ言うか!」
 大包平は地団駄を踏む。
「俺のどこが仕方ないんだ。刀剣の士なら当たり前の野心だろう!」
「まあ、落ち着けよ。そういうところだぞ」
「どういうところだ」
「細かいことを気にするな。思うに、お前は気にしすぎる」
「何をだ。もっと分かりやすく言え」
「ほら。もう、細かいことを気にしてる」
「あああ! 何なんだ、お前の話はッ」
 大包平は前髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「俺は坊主の説法を聞いているのか? 頭がおかしくなりそうだ」
「そうか。それは困ってしまうな」
 細い眉が下がり、薄い唇に控えめな笑みが浮かぶ。本当に悪意などなさそうで、こちらも余計に困る。
 恐らく鶯丸は、何か言いたいことがあるのだろう。それは分かるのだが、口にする言葉がややこしくて読み取れない。
「まあ、何だ。お前は面白い。それでいいじゃないか」
「馬鹿にしてるだろう」
「馬鹿になんてしていないさ。俺はいつだって真剣だ」
「散々他刃を馬鹿呼ばわりしておいて、どの口が言う」
「うん? 間に受けているのか。やっぱりお前は気にしすぎなんだ」
「だから何をッ……いや、いい」
 大包平は深い溜め息を吐く。このまま話していても、堂々巡りの気がする。
 何だか苛々してきていた。既に認められている刀には、あがく者の気持ちが分かるまい。
「お前にはきっと分からん」
 帰るぞ、と告げて腰を上げようとした。
 完全に立つ直前。きつく、片方の腕を引かれた。驚いて尻餅をつく。
「何だ」
 掴まれた腕の方を見る。荒く問い質そうとするも、相手の顔を見た途端、勢いを忘れる。
 鶯丸は、大包平の腕を両手で抱えるようにして掴んでいた。いつもの笑みが消えている。表情の乗らぬ整った顔は、美しさを通り越してどこか畏れさえ抱かせる造型をしている。そう気付く。
 大包平は、自分へ注がれるやや見開いた双眸を眺める。妙に近いから、目の縁の透き通るような皮膚の艶や、瞼へ生え揃う若葉の、空へ向けて見事な弧を描く様子までよく見える。
 ──初めて見る顔だ。
 腕を引かれる理由が思い浮かばず、首を傾げる。
「何だ」
 もう一度、今度は落ち着いた調子で問うと、鶯丸が口を開いた。
「そう、思うのか」
「え?」
「俺が、大包平を分かっていないと」
「それはそうだろう」
 大包平は顔を顰めた。
「お前と俺とは、置かれた境遇もこの鋼の形も、何もかも違う。お前に俺のことは分からない」
「分からない……か」
 鶯丸はかぶりを振った。
「俺はお前を知っている。他の付喪神より、人間より、誰よりもお前を見ている」
「は?」
 大包平は眉を寄せる。
「急にどうした」
「分かってないのはお前だ」
 鶯丸は、こちらの肩に頬を押し付ける。密着した神気が境を越え、ゆるやかに混ざり合い始めるのを感じる。鶯丸の魂の、心地好い温もり。清冽な香気が魂の輪郭をくすぐり、揺さぶって──大包平は魂が熱くなるのを感じた。それは人間で言うところの、気が昂るのに等しい感覚だった。肉体を持たぬカミは、傍に寄り添うだけで魂が触れ合い、境が溶けて一つになりかけ、緩やかな交合のような快さを覚えるのである。
 急に気を許され、大包平は顔が火照るのを自覚する。
「鶯、バカ! 近い」
「大包平の分からずや」
 鶯丸は頬を押し付けたまま言う。頬が肩に押し上げられ、膨れ面のように見える。
「俺がお前とどれだけ共にいると思ってるんだ。お前の心は分かってやれないこともあるかもしれない。けど、俺はお前のことをよく知ってるし、理解してる。お前の方がお前を分かってない」
「分かった分かった。分かったから、一度離れろ。こんな往来でくっつくな!」
「誰もいないぞ」
「いなくても駄目だ!」
 大包平は手で、無理矢理鶯丸の頬を剥がした。正面から見る顔は、やはり膨れ面をしている。とは言っても、大包平ほどの大きな表情の動きはなく、傍目に見れば無表情でしかないのだが、付き合いの長い大包平には十分見て取れる変化だった。
「お前は馬鹿か。友成の刀が、気安く触れ合いを許すな。相手に思い上がられるぞ」
「馬鹿なのはお前だ」
 鶯丸は皮肉げに笑い、一蹴する。
「俺に好んで近寄る者も、触れる者もいないさ。お前は何か勘違いしている」
「触れる者がいたら困るだろう」
 大包平は片手で己が頬をあおぐ。熱い。少し触れ合っただけなのに、互いの気がよく混ざり合い、酩酊を覚えそうになっていた。
 まさしく「気が合う」のだろう。知っていた。顔を合わせれば子供のような言い合いになるくせに、身を添わせると何の違和感もなく互いの神気に溶け込んでしまう。どれだけ揶揄われてもこの刀を厭えないのは、恐らくこのせいもあった。神気が溶け合うと、心は読めないまでも抱く情の温度は分かる。大包平が触れる時、鶯丸の情はいつも麗らかな春のようになる。それを、快いと感じてしまう己がいる。
「ふふ。大包平は身持ちが硬いな」
 鶯丸はいつの間にか、いつもの調子で笑っている。大包平はその顔を睨んだ。
「お前。まさか、誰にでもこんな真似を許してるんじゃないだろうな」
「馬鹿言え。俺はこれでも、与えられた任務に忠実な刀だぞ」
 鶯丸はしたり顔で言う。
「それらしく振る舞っているさ。行儀良くするのは苦手じゃない」
「それでいい」
 大包平はほっとする。
 この刀が、自分を差し置いて他の物らに気を許していいはずがない。そんな物がいたら、大包平はまずそいつの面を拝みに行く。場合によっては一騎討ちだ。
 立ち上がり、まだ握られていた手を引く。
「では、遊びに行くぞ」
「帰らないのか」
「気が変わった。いつもの杜なら、お前の屋敷からそこまで遠くないからいいだろ」
「ああ」
 鶯丸の唇が綻ぶ。
 はっきりとは言われていないが、彼が屋敷を離れることに気が進まず、かと言って帰りたいわけでもないらしいというのは気付いていた。
 大包平は白い掌を握り、歩き出す。手を引かれる剱は、大人しくついてくる。
「お前を振るえたらいいのになあ」
 何となく考えていたことが、口を突いて出た。
「そうしたら俺が、お前を望むところへ連れていってやるのに」
「お前の行きたいところへ連れて行く、の間違いだろう」
 鶯丸が揶揄う。そんなことはない、と大包平は否定する。
「お前が望みを口にしさえすれば、どこへだって一緒に行ってやる。お前が言わないなら、俺の好きなように出掛けるだろうが」
「そうか。なら、どちらにしても変わらないな」
「うん?」
 握った手が軽く握り返してくる。
「俺にはこれで、十分だ」








 自分より先に見出され、武家の権能を預かる古備前の宝である。明言こそしなかったが、奴には奴の刀としての矜持があるのは明らかで、実際佳い剱だった。だから、自尊心は当然強いものと思っていた。そんな剱に馬鹿だと言われると、己一振だけが至らぬと言われている気がして、躍起になった。
 やがて行き先が分かれ、顔を合わせない時が長く続いた。その間に大包平はついに主君に恵まれ、名を轟かせることができた。苦悩はまだ尽きないが、様々な人や剱との縁ができ、他者に慕われ、己一振のものだった誇りが確固たるものになっていくのを実感した。
 そんな日々でも時折、鶯丸を思い出した。あの太刀は、己の名が知れ渡らずとも何かと構いに来た、数少ない剱だった。今頃自分の噂を聞き、どんな顔をしているだろう。
 俺はお前を誰よりも知っている、と豪語したあの貌が忘れられない。
 昔は考えることのよく分からない奴だとしか思わなかったが、今になってみると、安定した穏やかな物腰の中に、どこか放っておけない脆さを感じる刀だったと感じる。
 鶯丸の大包平へ向ける関心は、明らかに同郷の友への親愛の域を超えていた。慕情というには浮ついたところが見られず、妄執というには冷静過ぎる。大包平を構う時にはあれだけ饒舌になるのに、己のことにはほとんど言葉を使おうとしないのも気になった。まるで、己を表すことに頓着がないかのように。
 大包平と分かれた後も、雲の上に居続けているという話は風の噂で聞いていた。いつも格式高い場所で丁重にしまわれているのは、大包平と顔を合わせていた頃から変わらないらしい。人も付喪も、あれを前にすると無闇に砕けて接するのが憚られるのかもしれない。それはそうだろう。あれは生まれついて聡く、浮世離れしたところのある、神然とした神だから。ただ静かに祀り、触れることさえ畏れるのも、分からなくはない。大包平のような接し方をする方が珍しいのだ。
 かつての大包平は、鶯丸がその待遇を神として然るべきと受け入れているものと思っていた。あまり自由に動けないのを不満に思わないわけではないが、務めだからと理解し、受け入れているのだと見ていた。
 しかし分かれてから長い年月が経ち、大包平も様々なものを蓄積した。それを踏まえてあの頃を思い返すと、どうもあの刀の考えは自分の想像と違ったのではないかという気がしてくる。
 ──お前もまた、自分に満足していなかったのか。
 こんなに会えなくなるのなら、もっと素直になってやればよかった。
 ──もし、お前とまた過ごせるなら。
 お前に惚れていると言ってやる。付喪神としての強き霊格を、周りを魅せて畏れさせる性質を、素晴らしいものだと伝えてやりたい。
 もう一振で苦しませたくない。古備前の名を共に負い、理想の刀剣を目指せたらいい。
 想う言葉は、二振きりの時に伝えてやる。周りの者にあの刀の価値を喧伝してしまえば、きっとあれはそれに応えようとするだろう。そんな努力はしなくていい。生まれついた形から素晴らしいのだから。
 また神気を交わらせ、一つになりたい。そう言ったら、どう反応するだろうか。喜んでくれたら嬉しいと思う。
 ──次は遅れを取らんぞ。
 泰平の世を眺めながら、大包平はそう心に決めていた。







 それからかなりの年月が経って。
 何度か顔を合わせた時に思うようなことを上手く言えぬまま、ついに時空を超える合戦に動員された大包平は、実装までに何やかんやあり、すぐには前線へ出られなかった。結果、ここでもまた鶯丸に先を越されてしまい、思いを告げるどころではなく、まず彼に追いつこうと必死で努力することになる。








20240619