鶯丸の臨時収入

※大包平×鶯丸
※下ネタ多数





「いいか、大包平。落ち着いて聞いてくれ」
 畑で俺は独り呟いた。別に大包平に話しかけたかったわけじゃない。これは昔からの癖みたいなもので、とにかく大包平に話しかけると落ち着くんだ。最近は安易に大包平の話をしすぎないよう、話題に大包平縛りを設けているんだが、俺の性根は修行をもってしてもそう易々と変わる性質じゃなかったらしい。一振きりだとつい、奴の名が口をついてしまう。強いて変化を上げるとすれば、大包平に対してストイックになったことくらいだろうか。以前のように大包平を語るのを控え、事実に基づき厳選した大包平を語るよう努めている。やりがいはあるのだが、なかなか難しい。何せ、あいつが関わる全ての出来事はもともと特別なオンリーワンなのだから。結果、俺は全部話すか全部話さないかの苦しい二択を己に強いてしまい、今は大包平の話をろくにできずにいる。
 さて、何故こんなことを考えているのだったか。ああ、そうだ。大変なことが起きたんだ。
 俺は大きな異変を前にした時、まず心の大包平に話しかけて平静を保つ癖を持つ。これを以前うっかり光忠といる時にやってしまったら、「クリスチャンみたいでカッコいいね」と褒められた。切支丹キリシタンは動揺した時、彼らの信仰する唯一神やその子の名を口にする。俺自身も洋画で聞いたことがあるから知っている。細かいことを気にしなければ、確かに似てるかもしれない。考えてみろ。大包平の英名はGreat Kanehiraだ。Great Buddha大仏みたいだろう。
 ああ。大包平の名を口にしたら何だか愉快になってきた。この先の対処も浮かんだ。大包平は万能だな。
「何をしている、鶯丸」
 俺が一の丸へ報告に行こうと振り向いたところへ、麦畑を背に大包平がやってきた。ちなみにこれは、俺の同室刃で実在している大包平だ。今日は、俺と一緒に畑当番をすることになっている。
「お。本物の大包平じゃないか」
「またお前の中の俺に話しかけているのか」
 大包平は、俺に心の大包平に話しかける癖があるのを知っている。知っていてそのままにしているから、他の刀には「古備前の古い二振はどっちもやばい」と言われるが、そんな細かいことは俺達のどちらも気にしない。こいつが顕現した日に手合わせをし、その興奮冷めやらず鍛錬場で貪るような接吻を交わし合って以来、隙あらば肌を重ね合う間柄である。心の大包平に話しかけるくらい何てことない。平安末法の世を生きた奴は大体こんなものだ。
「何があった」
 俺の癖から異常を察知した大包平は、すぐ訊ねてきた。話が早くて助かる。
 俺は口の片側を吊り上げた。
「驚くなよ?」
「鶴丸国永みたいなことを言うな。前振りか?」
「あらかじめ言っておくが、俺の悪ふざけではないからな」
 俺は身体を退かした。
 露わになったのは、畑の隅の空き地だ。先日芋を収穫したばかりで今は土ばかりのはずのそこに、何かが生えている。
 それは天へ向けてそそり立つ、赤黒い突起状のナニカだった。
 大包平はそのナニカを凝視する。こいつの表情には外れがないが、やはり何の感情も乗らない真顔の美しさと迫力は格別だ。力強い眉を微動だにさせず、鍛え上げられた玉鋼のような熱くも冷たくも見える瞳孔をじっと注ぐ様は、いくらでも見ていられる。無駄のない輪郭の頬、引き締まった口元、角ばった箇所と滑らかな線のバランスが絶妙な頸、ジャージも着こなす見事な肩幅──どれもこれも彫像のように動かない。
 俺は何も言われないのをいいことに、ひたすら大包平を観察する。大包平は口さえも動かさぬまま、今来たばかりの道を戻り始めた。広い背中が、手を叩いて声を張り上げる。
「誰か! 主への伝令と鶴丸国永の呼び出しを頼む!」







 たちまち問題の一角は、危険表示バリケードテープをもって封鎖された。もしかしたら危険物質かもしれないし、短刀達に見せるに憚られるものであったためだそうだ。もっとも、短刀達とて立派な男士であって、そういうことに長じる者も多いわけなんだが、身体の大きく生まれついた者達は、小さく生まれついた者を相応に扱わねばという使命感を持ちがちらしい。器具庫より持ち出した支柱を例のブツの周囲に四本立て、黄色と黒のテープで囲いをする宗三左文字の手際の良さと言ったら、それはもう見事なものだった。
 ともかく。このような次第で、長閑この上ない広大な畑の片隅に、黄色と黒の縞模様からなる結界で赤黒い肉の芽のようなナニカを封じる、異様な光景が出来上がった。その景色を前にし、俺は大包平にだけ聞こえる声で囁く。
「禍々しいな。まるで地獄の地鎮祭のようだ」
「…………」
「チンだけに」
「その言葉、この場で二度と言うな」
「先に笑いを堪えたのはお前だろう」
 大包平は咳払いした。笑いを誤魔化している。こんなことを言っているが、こいつだって俺と二振きりだったら絶対似たようなことを言ったに決まっている。間違いない。俺は詳しいんだ。
 周囲には、騒ぎを聞きつけてやってきた刀剣達が続々と集まりつつある。地獄の地鎮祭現場の中心、テープの手前では、本丸刑事デカの通称を持つへし切長谷部が鶴丸国永に聴取を始めている。
「俺はやってません」
 鶴丸は大真面目な顔で供述する。
「さすがの俺も、落ちてたチンチンを畑に植えるなんていう、全てが嫌になった針山地獄の獄卒みたいな真似はしない。俺の驚きのポリシーと合わない」
「ふむ。お前の犯行傾向と一致しないのはその通りだ」
「俺の生き甲斐を犯行と呼ぶのはやめてくれ。ちょっとした落とし穴とブーブークッションを罪だと言われたら、世の中は犯罪者だらけになっちまう」
「知るか。俺は貴様が主に仕掛けたジョークグッズを許していない」
「何でだよ。主は気に入ってるだろう?」
「だからこそだ」
「こいつは驚いた。清々しいほどに私怨で容疑を掛けられている」
 鶴丸は顔をこちらへ──厳密には、俺の隣にいる大包平の方へ向けた。
「だいたい、大包平! 何で真っ先に俺を呼んだんだ。君も俺を犯人だと思ってるのか?」
「いや。俺は専門家を召喚したつもりだった」
 大包平は真面目に答える。
「お前のやる『驚き』というヤツは、いつも俺の未知の領域にあるからな。よく分からない出来事が起きたから、鶴丸国永に意見を求めるのがいいと考えたまでだ」
「くそ。俺の刃生が評価されてるのに、こんなに嬉しくないのは初めてだ」
 鶴丸はぼやき、肩を落とした。
「まあ待てよ。まずあれは、本物のイチモツじゃねえ」
 肥前忠弘がテープの内側のモノを眺めて言う。主の指示があるまで手出しできないが、かと言って正体を探らずにいるわけにもいかないということで、長谷部が検視役として呼び出したのだ。
「本物なら、いくら斬った時にバキバキだったとしても、ああいう風にはならねえ。似てるが違う何かだ。先生はどう思う」
「何度でも言うけれど、僕は刀剣の研究をしているのであって、人体の専門家ではないんだが」
 もう一人の検視役である南海太郎朝尊は、テープ手前にしゃがみ込み、大地より生える突起物を観察している。
「僕に言えるのは、あれは刀剣男士の生殖器ではないということだけだ」
「おいおい。これだけ刀剣男士が顕現されてるのに断言できるなんて、どんだけ刀のイチモツに詳しいんだ」
「この距離で判別できるとは。さすが刀剣博士と呼ばれる刀だな」
「何だろうな。見解を求められたから誠実に答えただけなのに、理不尽な大火傷を負った気がする」
 南海が呟く。一同の視線が自分へ集まってしまっているのを自覚しているのだろう。細かいことは気にするなと言ってやろうかと思ったが、その前に南海自身が話し出した。
「刀剣男士の生殖器は、一見する限り人間のものとほぼ同じ形状をしているように思えるが、実はかなり異なる特徴を持っているんだ。知識さえ持っていれば、表皮を見ただけで見分けがつく。僕はそういう総体的な特徴を把握しているだけであって、個体の特徴に通じているわけではないよ」
「何だ。あっちの話に詳しいお仲間かと思ったのに、残念」
 新たな声が割って入った。
 刀剣達の垣が割れ、暗緑色の長髪を靡かせる背の高い脇差が現れる。その姿を見止めた長谷部が言う。
「出たな、にっかり青江」
「出たなとは随分なご挨拶だね」
 にっかり青江は笑みを浮かべ、本丸刑事へ流し目をくれる。
「長谷部。君、こういうものが出たなら僕を真っ先に呼ぶべきだろうに」
「それはどういう意味だ」
「決まっているだろう。これは僕が得意とするものさ」
「お前の得意とするものは複数あるから分からん。実戦と怪異と猥褻のどれだ」
「情緒のない言い方だなあ。全部だよ」
 にっかりは肩をすくめる。
「これは、ホンマルサンデスワームだ」
「ワームって……虫か?」
 長谷部が信じられないという顔で、ナニカを見る。俺も再度まじまじと観察する。言われてみれば、太くて短いミミズに似ていると言えなくもない。しかし生物なら、多少動きそうなものだが。
「いや。細かいことを言うと、もう虫じゃないんだ。虫と菌類と合いの子の、妖のようなものかな」
 にっかりが説明する。
「大陸のとある砂漠に、モンゴリアンデスワームという妖がいる。これが日本海を渡って本州へやって来て、何故か僕らの界隈に辿り着き、まあ色々あって変異した。そうして生まれたのがホンマルサンデスワームさ」
「害はあるのか」
「大してないよ。先端からたまに白濁した液を射出するだけの、大人しい妖だから」
「なら無害だな」
「おい。俺の悪戯を犯行と呼ぶのに、何でそれが無害判定になるんだ」
 鶴丸は抗議するも、にっかりの話が続いたために流された。
「生やしておいてもいいけれど、ずっと置いておくともっと厄介なものを呼ぶ可能性があるから、採っちゃった方がいいんじゃないかな」
「判断を下されるのは主だ」
「その通り。でも、きっと採れって言うと思うよ」
 長谷部が訝しげに眉根を寄せる。
 にっかりは笑みを深めた。
「ホンマルサンデスワームは、滋養強壮に効く霊薬の素材として近年注目されているからね。薬問屋へ売れば、結構な収入になる」
「どの程度なんだ?」
「これをまるごと綺麗に採取できるなら、軽装十着分は固い」
「なにぃ?」
 鶴丸が目を丸くした。聴衆もざわつき始める。
「おーい」
 俺は耳をそばだてる。刀達の向こうから、軽快な足音が聞こえてきている。
「お待たせ! 主の指示を聞いてきたよ」
 そう言いながら駆けてきたのは、本日の近侍である加州清光だった。手には、審神者直筆の指示書を握っている。
「それ、絶対倒しちゃ駄目! ホンマルサンデスワームっていうめちゃくちゃ珍しい素材らしいから、採って万屋街の薬問屋に売るって」
「ね?」
 にっかり青江は、その名の通りに唇を緩めた。
 加州は野次馬の垣根を裂いてここまで辿り着くと、俺の肩を叩いて笑う。
「第一発見者なんだって? やるじゃん。主が鶯丸に何か褒美をって言ってたよ。はい、これ。褒賞希望用紙」
「これはこれは」
 俺は加州から紙を受け取る。そこには審神者の手により、今回の手柄の内容と希望する物品の記入欄、条件が記されている。
「じゃあ、掘るよ! 薬研、ご指名だから手伝って」
「任せろ。ぶっといのをお見舞いしてやるぜ」
「薬研、鍔迫り合いくらいにしろ。まるごと綺麗に採れれば黒字が増える」
 加州、薬研、長谷部の三振が事件現場へ臨場する刑事よろしくテープを乗り越え、ホンマルサンデスワームのもとへ赴く。鶴丸が目をきらきらと輝かせながらテープギリギリまで近寄ると、他の刀達も押し寄せる。皆、興味津々だ。
 俺は賑わいから少し離れ、紙に記されている褒賞の条件に目を通す。一通り目を通すと、自分でも唇がひとりでに綻ぶのが分かった。
「なかなか上限が高いな」
 背後から俺の手元を覗き込んだ大包平が言う。
「奇怪なものだったが、それほどに価値があるということなのだろうな」
「どの茶にしようか」
「茶一択なのか」
「おや。そんな、いつもの飲み物でいいのかい?」
 俺達が会話していると、にっかり青江が妙な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「それもいいと思うけれどね。せっかくなら今しかもらえないものをもらうのも手だと思うよ」
「今しかもらえないもの?」
 首を傾げる。何だろう。ボジョレーヌーボーだろうか。
 にっかりは、刀達の注目する方へ意味深な流し目をくれた。
「アレの、分泌物さ」
「いらん」
 答えたのは俺でなく、大包平だった。
 俺は隣の顔を見上げる。
「何で大包平が答えるんだ」
「細かいことを気にするな。茶一択だろ」
「俺の台詞を奪うな」
「ふふふ。アレから出るモノが媚薬になると知っても、そう言えるかな?」
 俺達は揃ってにっかりへ顔を向けた。こちらを見据えていた黄金の瞳が、にんまりと細くなる。
「ホンマルサンデスワームは、身に滋養強壮、分泌物に催淫の効果がある。だから、あれを大枚叩いて買って、丸々いただいちゃうモノもいるって聞くよ……いや。モノ達、って言った方がいいね」
「ちょっと青江〜!」
 加州の悲鳴が届いた。
「何かビクビクしててキショいんだけど! 助けて!」
「はいはい。今行くよ」
 にっかりは叫び返す。それから俺達の方へ少し顔を寄せ、小声で言う。
「ホンマルサンデスワームの分泌物は微量でもそこにある上限金額くらいになるし、一晩使うには十分なんだって。よく考えてみるといいんじゃない?」
 極めつけにとびきりの笑顔を残し、にっかり青江は踵を返した。少し跳ねながら移動する大脇差を、現場の野次馬達が歓声をもって迎えている。
 俺は青いジャージを見送る大包平を仰ぐ。
「……ということらしいが、どうだ?」
「何故俺に聞く」
 精悍な顔立ちがこちらを見下ろす。何をすっとぼけているんだ。
「他に誰に聞けと」
「そういうことではない。お前はどう考えているんだ」
「うーん」
 正直どちらでもいい。それを使えば面白い大包平を見られそうだとは思うが、本刃が望まないなら無理強いする気はない。それに、小道具を使わずとも既に大包平は面白い。
 俺は大包平を観察する。形のいい眉頭に力が籠り、唇が不機嫌そうに歪んでいる。
 何か考えているな。
「面白そうだな、とは思っている」
「俺は嫌だ」
 大包平は吐き捨てた。
「植物のようなものだというが、元々は虫で、生物だろう。他の物の吐き出した体液をお前に飲ませたくない」
「ほう」
 俺はもう、笑いを堪えきれなくなる。
「それを言ったら、俺達の摂取するものの大半はほぼ生物だろうに」
「何を笑っている。とにかく俺は、お前があれを使うのは嫌だ」
「そうかそうか」
 知らず、答える声に愉悦が滲む。
「お前は、自分が飲むとは考えないんだな」
 大包平は口を開けた。何か言おうとしたのだろう。だが、何度唇を動かしても声は出て来ず。しまいには額に手を当てて頭を垂れてしまった。
「待て。勘違いするな。違う」
 やっと出てきた声は、悔恨に満ちていた。ご立派な手で隠しきれない頬の辺りが、仄かに色付いている。
 俺はつい楽しくなって、上体を屈めて顔を覗き込みながら追及する。
「何が違うんだ。俺が飲むところしか想像できなかったんだろう?」
「お前に妙なものを飲ませたくないのは本当だ。信じろ」
「うんうん。で?」
「……ッお前がひたすらに悦がり乱れる姿を見たくないわけがないだろう」
 それは、とても大包平が言ったとは思えないほどに、早口の小声だった。
 俺は噴き出した。途端、大きな両手に肩を掴まれる。
「笑うな」
「いや。面白すぎて無理だ」
 本当に駄目だ。ひぃひぃと笑い声が勝手に漏れる。
 大包平は眉を吊り上げ、俺を揺さぶる。この男の力ならばもっと首が痛くなるほど揺すれそうなものなのに、ブランコ程度の揺れしか来ない。それがまた愉快で笑ってしまう。
 しばらく笑っていると、いよいよ大包平は揺さぶるのをやめてそっぽを向いた。拗ねたか。それとも、性根の優しいこいつのことだ。己の言ったことを失言と捉えて居たたまれなくなったか。
 さすがに笑いすぎた。この男を傷つけたいわけじゃないから、俺は笑いの真相を白状することにする。
「そうむくれるな」
 横を向く肩を捕らえる。掌に力を込めてそれを引き落とし、近付いた形の良い耳へ唇を添える。
「俺だって、お前に使うことしか考えなかったさ」
 大包平がこちらを向いた。顔の熱が引いている。代わりに、白銀の瞳が剣呑な底光りを溜め始めていた。
 綺麗な目だ。魅入ってしまう。
「お前はいつも、何やかんや言いながら加減するからなあ」
「鶯丸。分かってるのか」
 真剣に問われる。
「俺に盛るということは、お前を──」
「この俺が、その覚悟無しに抱かれていると思うか」
 まだこちらを慮ろうとする男に、笑みを深める。
「お前の全てが欲しいんだ。お前を存分にもらえるなら、盛られてやってもいい。お前の猛る様も見たいし、それで求められるのも大歓迎なんだが、お前が嫌なら無理強いはしないさ」
 大包平は、急に固まった。思いがけないことに出会したような、虚を突かれた様子に見える。こいつの表情変化は本当に面白い。見飽きない。
 次はどう来るだろう。俺が見つめる先で、その面にじわりと笑みが浮かんでいく。それは先程までの狼狽ぶりが嘘のような、ひどく男臭い笑みだった。
「後悔するぞ」
「それはいいな。是非させてくれ。新しいお前が見れそうだ」
 わあっ、と。離れたところで声が沸いた。
 視線をやれば、刀達が両腕を上げたり飛び跳ねたりしている。その間が割れてできた道を、人間の胴回りほどもある巨大なイチモツを掲げた薬研藤四郎が駆け抜けていった。続け、続け、と皆があの短刀の出陣の一声を口にしながら後を追っていく。焼肉大会だあと叫んでいる者がちらほらいるところを見るに、イチモツで稼いだ金は焼肉になるらしい。悪くない。俺も肉は好きだ。刀の性なのだろう。
 あっという間に、俺達を残して辺りから刀が消えた。俺は掴んでいた肩を離す。
「……さて。褒賞はどうしてやるか」
「あのよく分からん液はやめろ」
 大包平が首を横に振るので、俺は首を傾げた。
「ん? 乗り気じゃなかったのか」
「今夜そんなものを使ったら、お前を壊しそうだ」
「何でも包み込んでやるという男に壊されるのか。それは男冥利に尽きる」
「好き者め」
 武骨な手がこめかみを小突く。そちらを窺った俺は、ぎょっとした。
 こいつの言葉も語調も、いつもの詰るような調子に聞こえた。それは確かだ。だからやり返してやろうと思って、そちらを向いたのだ。
 なのに、仰ぎ見た表情は全く違った。
 何だ、その甘ったるい目は。
「安心しろ。小細工せずとも、お前の強がりが壊れるまで抱いてやる」
 どうしたことだろう。掛けられる言葉まで甘ったるくなってきた。何故だ。
 調子を戻したくて、俺はいつもの顔でせせら笑ってみせる。
「強がり? 俺の方がいつだって精神的に優位だという、それだけだろう」
「そうだな」
 笑みを含む相槌には、俺の言うことを認めているような、仕方ないからそういうことにしてやろうと言われているような、何とも言えないむず痒さがある。
 甘やかすのに似た柔らかな空気に包まれ、俺は返す言葉を失う。
 待ってくれ。調子が分からない。
「では、さっさと畑を終わらせるか」
 大包平は器具庫の方へ歩いて行った。下草刈りの道具を取りに行くのだろう。俺も行かないと、と思いつつ、まだ先程の甘やかな声にふやかされた足が動かない。
 これはまずい流れかもしれない。
 やっと、そう思い至る。
 何がきっかけだったか分からないが、いつの間にか大包平のあのスイッチが入ってしまった。「何でも包み込むスイッチ」と俺が名付けているヤツである。最近、たまにこういうことがあるのだ。手合わせや情事の後に、ひどく柔らかな雰囲気を醸し出す。こうなった大包平は、いかなる煽りにも挑発にも動じない。俺の言うことをやんわりと受け止め、何ともくすぐったい顔で笑う。更には、俺ならとてもふざけながらでないと言えないようなことを、直球で言ってくることもある。それに戸惑って俺が黙るまでが、今現在のお決まりだ。
 しかし、これまでのやり取りにおいて、情事の前にこうなったことは一度もなかった。
 これを閨事に流用されると、とてもまずい気がする。
 何故まずいのか。
 普段俺の得意とする煽って揺さぶる戦法が、全くの無効か、もしくは悪手になるからだ。
「いいか、大包平。落ち着いて聞いてくれ」
 落ち着こうと、心の大包平に助けを求める。
 聞いてくれ、大包平。畑で見つけた摩羅が精力剤で、そのせいか大包平に妙な盛りがついた。いや、精力剤は結局使えないんだが、大包平がいつもと何か違うんだ。俺達は煽り煽られの手合わせの延長でまぐわう間柄じゃないか。そんな、甘い前戯みたいなものは知らない。無くたっていいんだ。
 けど、何故だろう。さっきから、躰の芯が変に疼く。
 絶対にあの畑に生えていた摩羅のせいだ。きっと、俺に見えない何かを撒いていたに違いない。
 俺は、そう信じ込むことにした。そうしないと、あいつと顔を合わせる勇気が湧きそうになかった。








20240621