排除と感受




※現代パロディ。
※ver6.0までのネタバレあり。
※レオアシュ。
※捏造祭り。
※R-15。
















 誰も自分など必要としていない。
 時折、そんな気分に陥ることがある。
 年が明けて大学へ行けば、学生達が新年の集まりに誘ってきた。見慣れない面子もいたが、人数が足りないということだったので、その宴会へ行くことにした。
 宴というのは、最低限の良心を指揮者に、酒と笑顔と響きだけ良さそうな言葉を楽器代わりとして会話を奏でるオーケストラである。言動を場に同調させ、終始笑みを絶やさないようにしてながら、空気に合う答えを返す。慣れれば楽しいものだ。レオーネも、参加している時はそこそこ面白がっていたように思う。
 だが解散して一人帰途につくうちに、がらんとした夜の街へと興の余韻が抜け出ていく。後に残るのは、無意識に自らの意思を押し殺していた空の頭だけになる。
(楽しかったけど、俺がいなくても良かったような)
 寂しさを埋めるために行った会だったのに、かえってそれが増したような気がする。
 参加するのは、別の誰かでも良かったのではないか。
 そんなことを考える。
 向かいを歩く人々の中に一人、酔っ払いがいた。君の愛が必要だ、などと調子はずれな旋律を口ずさみながら、千鳥足でどこかへ去っていった。
 その歌詞に対しても、レオーネの感傷の矛先は向けられた。
 愛は、本当に『君』からのものである必要があるのだろうか。求めてくれるならば、本当は誰からでもいいのではないか。
 何事においてもそうだ。置かれた立場の役割さえ果たせるなら、誰だっていいように思う。
 だから、真の意味で必要とされることなど、基本的にはないに等しいのだ。
 レオーネは感傷に浸りながら家へ帰った。
 出かける時には暗かったのに、灯りがついている。
 リビングへ行くと、兄がソファに寝そべっていた。帰ってきたレオーネに気づき、見ていたゲーム機の画面から顔を上げる。
「おかえり。早かったな」
「お前こそ」
 やっぱり、飲み会を断って兄の帰りを待っていればよかった。
 レオーネは久しぶりに見る片割れへ詫びる。
「ごめん。人が足りないからって誘われて」
 半分だけ、本当のことを口にした。
 残る半分は、意趣返しだった。しばらくの不在で寂しくさせられたのが悔しかったのだ。
「いいって。いっぱい遊べよ」
 だがアシュレイは、帰る予定の日に突然弟が予定を入れても怒らなかった。それどころか、鷹揚に笑っている。
「お前、真面目だからさ。俺のことはいいから、遊びたい時は遊んで楽しんでくれよな」
 そこは、少し拗ねてほしいところだったのに。
 レオーネは諦めて、笑みを浮かべる。
「新年のシフト、お疲れ様」
 労うと、兄はおうと笑みを深めた。
 アシュレイは、半月ほど続けてきた新年の催しを演じきったところだった。
 劇場へ泊まり続け、稀に家へ帰ってきてもゆっくりする暇なく出て行ってしまうような日々だった。だから、今日を待ちかねていた。
「どうだった?」
「みんな盛り上がってくれて、楽しかったよ。ああいう派手なヤツ、毎月でも毎日でもやれたらいいのに」 
 疲れているだろうに、兄の表情は晴々としていた。
(いい仕事ができたんだろうな)
 良かったと、確かに思っている。
 アクションスターとして、精一杯仕事をする兄を誇りに思っている。その仕事ぶりを人々が讃えれば、やっと兄の良さを分かったかという気持ちになる。
 一方で、そのことを素直に喜べない自分もいる。
「アシュレイ」
 ソファに寝転がっているため、兄の頭は低い位置にある。
 その顔の傍へ片膝をついて座り、上から覆い被さるように顔を寄せた。
 目を合わせ、唇を奪う。兄の口腔からは、きちんと歯を磨いたらしい清潔な味がした。舌に残っていた安いアルコールが、兄の唾液を吸ううちに薄れ、別種の酩酊に代わっていくのを感じる。
 彼と初めて寝てから、およそ半月。
 あれから、まったく同衾していない。宿泊で夜を分かち合えなかったからというのは勿論、仕事に支障をきたしてはいけないからと、そういうことを避けていたのだ。
 その間に募らせた思いを、触れ合う口唇へ伝えた。兄は、言葉なくそれを受け止めた。それどころか、口付けるうちに両手を後頭部へ添えて引き寄せてきた。
 こいつも、望んでくれているのだろうか。
 望むままに埋められない隙間を、寂しいと思っていたのだろうか。
 気が昂り、角度を変えて何度も口付けた。送った唾液を溢さず飲み干せるよう、ゆっくり、時間をかけて施す。
 やがて、湿った音を立てながら唇が離れた。アシュレイの耳殻は、口付ける前より明らかに色付いていた。
「俺が、風呂から出たら」
 レオーネは囁いた。
 みなまで言わずとも、アシュレイは察したらしかった。分かったと頷き、普段の活発さからは考えられぬ小さな声で呟く。
「ちょっと眠いから……なるべく、早めに頼む」
 今度はレオーネの頷く番だった。








 本当に寝そうだから、座って待つ。
 そう言ってソファから身を起こした兄は、レオーネが入浴を終えた頃には、座ったまま寝入ってしまっていた。
「兄貴」
 声をかけてみたが、返事がない。
 レオーネは、眠るアシュレイの隣へ座ってみた。ソファの座面が沈み込んでも、兄はぴくりともしない。力の抜けた身体を背もたれへ預け、あどけない寝顔を晒している。
(まあ、疲れてても疲れてないって言うのが兄貴だからな)
 そんな彼が寝そうだと言っていたのだ。よほど眠かったのだろう。
 今日のところはベッドへ行くよう促すべきだ。疲れているのだから、休ませてやった方がいい。
 それが最適解なのは分かっていた。だがレオーネはそうせず、安らかな寝息を立てる兄を凝視していた。
 すっかりくつろぎ、意識を手放してしまっている。頭が軽く上向くほど力を抜き、脚を開いて座面に体重を預けきっているその姿を眺めながら、以前兄が他人の前で寝ないようにしていると語っていたのを思い出した。
 あの話が本当ならばいいと思う。
 程よく豊かでありながら引き締まってもいる、人を惹きつけてやまない肉体が投げ出されていて、触れてみたいと思わない人間がいるだろうか。
 しかもその寝顔は、普段のきりりとした勇ましさの抜けた無垢なものなのである。幼さと紙一重の、純真な風情を持つ綺麗なものが目の前に投げ出されたら、多少なりとも手を出したくなってしまうのが普通だろう。
 レオーネは兄の、頭を背もたれに預けて無防備に晒し出された、喉仏の線を目で辿る。
(気持ちいいとたまに、頭がのけ反るんだよな)
 眠る兄の身体にいつか見た景色が重なり、口の中が水っぽくなる。
 仕事を気遣って、初めて繋がった歳末の夜以来、ずっと我慢してきた。
 それなのに兄は、ファンのことは満足させた癖に、自分のことは放置して寝てしまっている。
(兄貴がいけないんだ)
 抑えていた愛欲が、横暴な欲情へ変貌していく。
(こんな、何されてもいい格好で寝てるんだから)
 疲れて眠る相手に、無体を働いてはいけない。
 良心はそう訴えていたが、どうしても何かしてやりたかった。
 レオーネは、手を伸ばした。近いところにあった彼の脇腹へ、指先が触れる。
(悪いのは兄貴だ)
 スウェット越しに弛んだところのない身体をなぞりつつ、自分に言い聞かせる。
(俺を放っておくから)
 一枚隔てた布の向こうに、波打つ筋肉の存在を感じる。それをまさぐりながら、今は直接見ることの叶わない肢線に想いを馳せる。
 この雄々しい肉体の美しさは、きっと誰もが知っている。彼は自分の身体で芸を成すのが仕事だから、時には露出の多い衣装を纏い、衆前に立つこともあるのだ。
 兄の雄姿を目にした人々は、後にその素晴らしさを語る。
 ある者はその肉体の快活な魅力を讃える。
 ある者は茶目っ気を備えた精悍な精神へ焦がれる。
 ある者は逞しい腕に抱かれ、胸へ顔を埋めたいと悶える。
 舞台上での兄へのコメントを調べていると、そのような趣旨の意見が目立つ。それらを目にする度、レオーネの心が乱れているのを、兄はきっと知らないに違いない。
(あの中に、こいつに欲情してる奴が何人いるんだろう)
 肌の質感を味わいたい。
 割れた腹筋の筋をてらてらとした液体が伝う様を、肉叢に秘匿される花が散らされてなお鮮やかに色付く様を、肌という肌にじっとり汗を帯びるほど身悶えし、くたりと力尽きる様を見たい。
 自分が抱いているのと似たような思いを、胸に潜ませた奴がいたら。
 そしてもしも、兄がその期待に応えるようなことをしてしまっていたら──可能性を考えるだけで、レオーネの欲望は剣のように硬くなってくる。
 手は既に、スウェット越しに兄の全身を堪能している。
 肩、胸、腹、腰、脚。
 くまなく触れて、この男に向けられていた視線の名残りを全て消してやりたかった。
 だが兄は、レオーネが気にするほど、自分へ注がれる熱情など気に留めてはいないだろうとも思っていた。
 彼の仕事に対するコメントを聞いていると、観衆が自分の仕事を楽しんでくれているかどうかということは気にするが、それ以外は全く頓着していないらしいことが窺えた。自分へ向けられる欲望に気付いても、自分の仕事への矜持と意思の強さ──もしくは鈍さとも言うかもしれない──で、受け付けないのだろう。
 俳優アシュレイは親しみやすい立ち振る舞いのせいか、程よく俗に見られる。
 だがレオーネだけは、彼自身自覚しないその本心が、献身的で私利私欲のない、いっそ高潔と呼んでいいほどの純真なものであることを知っている。
 兄は、己を純粋なままにしておくのが上手い。ひたむきなその精神は穢れを知らず、いつでも明るく透き通った輝きを放ち続ける。
 その純粋さで弟に向けられた劣情を受け入れ、無垢なままに飲み込んでしまうのだから、堪らない。レオーネがぶつける欲を、兄は何でも受け止めてくれた。そんな初めての夜が、どれほど満たされるものだったか。
(兄貴は、俺を愛してくれている)
 レオーネは確信を持っていた。
(分かってる。それでも、もっと欲しい)
 手をスウェットの下へ忍び込ませ、服を捲り上げた。腹から胸までを曝け出し、とくとくと視線で愛でる。
 自分の欲のままに暴かれた姿は、まだ何もしていないのに極めて淫靡に感じられた。更に首元で煌めくネックレスとペアリングは、そんな彼が己のものであることを主張していて、余計に欲望を膨れ上がらせる。
 穏やかに上下する肉体の畝は、健やかな艶を放っている。それがいつぞやに、月明かりにぬらぬらと泥濘んでいたのを思い出し、下腹部が重くなる。
 回想に耽りつつ、眠る兄の肌を暴いていく。
 頭は、頻繁にあの夜へ立ち戻るようになってしまっていた。何せ、想い人と思うように繋がれなかったのだ。ならば、記憶の中で愛を深めるしかないだろう。
 温泉宿から帰り、兄を慮って手を出さないでいる間、どれだけあの夜の放埓を思い出して己を慰めたか。驚くほど交わりを知らなかった兄の、誰も知らない性感帯を暴いていく愉悦の時は、思い出そうと努力せずとも想起できる鮮烈な記憶だった。
 性について、兄は予想より遥かに純情だった。彼は性器へ触れた時、もしくは触れられた時のみ肉欲が高まるものと信じきっていた。それ以外の箇所を愛でられて勃起へ至ってしまった自分に動揺し、こちらへ謝ってきた時はどうしてやろうかと思った。
 どこであろうと、肌を愛撫されれば気が昂じてしまうものだ。経験のない己でも、想像すれば分かる。これまでに抱いた女からもきっとそうされてきただろうに、全く気づいていなかったのだから、いかにも兄らしい。
 以前、兄が恋愛をよく分からないと零していたことを思い出した。その時は、未経験の己に気を遣っているか、何か勘違いをしているのだろうと思っていたが、本当のことだったのだと納得させられてしまった。
 ソファから兄の前へ移動して座り、腹から胸を撫でる。まだ、眠ったままだ。無邪気な寝顔に、己の腹に溜めた凶悪なまでの欲を突きつけてやりたくなる。
(そうしてもきっと、こいつは本気では怒らないんだろうな)
 レオーネは苦笑を漏らした。
 厚い胸板を撫でるうち、どうしても我慢できなくなって頂へ吸い付いた。
 尖った部分を舌で嬲りつつ、開いた脚の間に上体を寄せて両腕を腰へ回す。緩いスウェットのズボンをずり下げ、下着の上から撫で回すと、兄は鼻にかかった吐息を漏らした。
「ん、ぅ」
 レオーネは平静を保とうと、興奮で微かに震える息を吐き出した。
 情事における兄は、意外にも静かだった。
 ちゃらけているようで自制心と矜持の強い兄は、感じるままに声を上げることに抵抗があるようで、初夜では喘ぐのを堪えようとする様子がしばしば見られた。
 だが、我慢しようとしても鼻や口から抜けてしまう息や声が、火照る身体を持て余しているのを雄弁に語っていた。それがかえってレオーネの情欲を煽ったことなど、兄は知らないだろう。
 またそういった声が漏れる度に、兄自身が狼狽を顔に出すのがいけなかった。過ぎた悦楽に困惑しているのがよく分かって、込み上げる愛しさに、優しく容赦なく身体を奪うよう心掛けた。
 今また、慎ましくも悩ましい声に誘われ、大胆にその身を求めていく。
 兄の身体は次第に応えてきていた。躊躇うように眉をひそめながらも、両脚はレオーネの身体を挟んで絡め取る。浅く息をする身体の中心が起き上がり、うっすらと下着を染め始めていた。
(寝てるくせに、やらしい誘い方)
 この素直な良い身体を、どうしてやろうか。
 レオーネは逡巡する。
 指で反応を示した部分を弄び考えるうち、頭に手を置かれた。
「起こしてくれよ」
 苦笑がちの声が聞こえた。
 顔を上げると、いつの間にか目を開いた兄が自分を見下ろしていた。輪郭のやや柔らかな目もとが、困惑と羞恥で朱に染まっている。
「ごめん、レオ」
「疲れてるんだろ」
 レオーネは優しく言い聞かせる。
「寝ててくれていいよ。勝手にするから」
 アシュレイは、申し訳なさそうに眉を下げる。
「まさか本当に寝ちまうなんて。ごめんな」
「疲れてるんだから、いいって」
 やはり、兄は怒らなかった。
 レオーネの期待が膨らむ。寝ているうちに身体を好きにされたというのに、一向に構わないらしい。先程から手でずっと兄のあらぬところをもてなしていても、咎める気配がない。それどころか、指で過敏な箇所を掠める度、焦れるかのような吐息を上げている。
 これ、またやりたいな。
 そんな不埒な考えが浮かんできていた。
「それより、他でこういう寝方してないだろうな?」
 よく知った人間相手だったとしても、何を考えてるかは本人以外分からないから、油断するなよ。
 自分のことは棚に上げ、レオーネは兄を窘める。
 アシュレイは頷いた。
「分かってる」
 そして、ふと下へ向けた顔をそのまま戻さなくなった。
 まじまじと自分の格好を凝視している。暴かれつつある身体に、思うところでもあるのだろうか。ややあって、落ち着かなげに身じろぎし始めた。
「どうした?」
「なあ。一応聞きたいんだけど」
 アシュレイは躊躇いがちに尋ねた。
「どこまでした?」
「見たままのことしかしてないよ」
「そっか。じゃあ、夢だったのか」
 拾わずにはいられない、不穏な一言だった。
 夢だったのかという言葉は、夢の中で似たようなことをされていたことを示している。しかも言外に、今されていないことも施されていたことも白状していた。
 眠りながらとは言え、自分との行為に他人を重ねるのは気に食わない。
 レオーネは唇を吊り上げた。
「へえ」
 なるべく声に内心の澱みを表さないよう気を付けながら、詰る。
「夢で、誰かとしたんだ?」
「レオ」
 アシュレイは低く呼ぶ。
「何?」
「だからレオが、その」
 レオーネは瞬きをした。
 一度身体から離れ、顔を覗き込もうとするが視線が合わない。
 兄は顔を明後日の方へ向けている。
「夢の中でお前が……まあ、分かるだろ?」
 それで、起きたら本当に何かされていた。
 しかしされてないこともあり、起きてすぐは夢と現実がごちゃ混ぜになって混乱していた。
 兄は辿々しく、そのようなことを語った。
「引いた?」
 赤らんだ頬の向きを戻し、そう首を傾げてくるので、レオーネは溜め息を吐いた。
 何も言わずに抱き締める。ソファの背もたれから離れ、アシュレイはレオーネへ素直に身を預ける。主張の激しい部分が触れると少し息を詰めたようだったが、結局何も言わず身を添わせた。
 その背を撫でながら、レオーネは考える。
 この兄、可愛い過ぎやしないだろうか。
 虐めるにも、素直さで毒気を抜かれてしまう。
「勝手に色々されて、嫌じゃないのか」
 気になっていたことを訊ねると、アシュレイはかぶりを振った。
「レオならいいよ」
 そう言いながらも、視線は恥じらうように横へ逃れている。
「お前が俺で……悦くなれるなら。いくらでも、好きにしてくれていい」
「いくらでも?」
 レオーネは言葉じりを捉える。
「他人とさせてもいい?」
「いいわけあるかよ。絶対やだ」
 今度ははっきりと目を合わせ、顰め面をされた。
「いくらお前でも、それを強要されたらちょっと付き合いを考える」
「冗談だよ」
 レオーネは詫びた。宥めるように兄の目元へキスを落とす。
「色々しても起きないから、少し言ってみたかっただけ」
「そういう笑えない冗談、やめろよな」
 アシュレイは嘆息した。
 本気で嫌がっている様子を前にして、やっと溜飲が下がった。放っておかれた不満が和らいでくる。
「兄貴」
「ん?」
「寂しかった」
 自然と、本音が口をついて出た。
 兄は顔を跳ね上げた。丸くなった目には、かなりの驚愕が現れている。
 珍しいことを言ったと、自分でも思う。普段ならありえないことだ。
「ごめん」
 アシュレイは顔を歪めた。
「ごめんな」
「俺こそ」
 レオーネは目を伏せた。
「兄貴に俺のこと考える暇がないのは、分かってたから。意地悪言って悪かったよ」
 アシュレイが再び身を添わせてきた。抱き返し、兄の素肌との間を隔てる己の衣服を煩わしく思う。
 生まれたままの姿で抱き合いたくなっていた。
「お前がしたいようにしてくれればいいと思ってる」
 アシュレイが普段とは異なる、凪いだ声で言う。
「でもこういうのは、レオとじゃないと嫌だ」
「俺も」
 レオーネは腕の力を強めた。
「お前だけがいい」
「脱がせていい?」
 兄の手がレオーネの衣服を伝う。
「俺の方はもう、準備してあるから」
「いいよ」
 二人は互いを覆うものを剥ぎ取っていく。
 再び身体を重ねると、揃いのネックレスのチャームが触れ合って澄んだ音を立てた。
「夢の中で、どうされてた?」
「えっ」
「兄貴のされたいこと、してあげる」
 明日、オフだろ?
 そう言うと、兄は頷いた。
 双眸は、どこへ据えても気まずいと言いたげに泳いでいる。
「お前、そういうのどこで覚えてくるんだよ」
「純粋な好奇心だけど?」
「そうだよな。お前はそういう奴だった」
 アシュレイは結局、こちらの肩に顔を伏せた。
 しばらくそうしていたが、やがて躊躇いがちに口を開いた。
「お前は、俺が仕事の時はレオのこと考えてないって思ってたみたいだけど」
「実際そうだろ?」
「確かに考えないようにしてたよ。だって、考えたら」
 兄は黙った。
 その先の言葉がなかなか出てこない。様子を訝しんでいると、彼は顔を上げた。
「謝りたいことがある」
 真剣な表情でおもむろに切り出した。
「何?」
「一度、お前が大学に行ってる間に帰ってきて、洗濯していった時があっただろ」
「あったな」
 正月の公演が始まって、一週間目のことだったか。帰ってきたら洗った記憶のないシャツがハンガーに干してあって、きちんと洗剤の良い匂いもした。
 兄が洗ったのだろうか、珍しいなどと首を傾げたのを覚えている。
「実はあの時」
 兄の口調は苦々しかった。
「タオルを取りに洗面所に行ったら、籠にお前の脱いだ服があって」
 弟の匂いがした。
 その途端、考えないように頭から締め出していたものが溢れてきてしまった。
 アシュレイは焦った。また、職場へ戻らなくてはいけない。家を出られる状態にする必要があった。
「それで、ちょっと借りて……だから、洗濯したんだ」
 汚しはしなかった。
 だが罪悪感に駆られて、洗わずにはいられなかった。
 後ろめたくてなかなか言い出せなかった。
 兄はそう語り、頭を下げた。
「気持ち悪いことしちまって、本当にごめん」
 レオーネは兄の旋毛を見つめる。
 口元に浮かぶ笑みをどうにか押し殺そうとしたが、無理だった。
 諦めて兄の頬へ手を添え、こちらを向かせる。しおらしい表情を浮かべる顔へ唇を寄せ、囁いた。
「でも、兄貴は気持ちよかったんだろ?」
 アシュレイは真っ赤になった。
 返事もできず俯いてしまいそうになるその顎を手で押し留めながら、レオーネは笑う。
「ならいいよ。俺も寝てる間に勝手にしたから、おあいこってことで」
「本当にごめん」
「後で一応、どの服か確認させて。俺もそれでシコるから」
 絶句した兄の口へ接吻する。
 自分でも、浮かれているのがよく分かった。
「ベッドでしようか」
 どっちのベッドがいい?
 訊ねると、アシュレイはしばし言い淀んだ。
 やがて、意を決したように大きく息を吸い、答えた。
「俺が後で洗濯するから」
 兄の手が、自分の頬へ添えた手に重なる。
「お前のがいい」
 低く呟いた声に、満たされるのを感じた。