楽しい楽しい祭りの前




※現代パロディ。
※ver6.0までのネタバレあり。
※レオアシュ。
※捏造祭り。
















 当代盟友ことエクスは困っていた。
 今日は、彼の通うグランゼドーラ大学の大学祭こと「フェスタ・インフェルノ」の前日である。
 学生自治会の一員として祭りの実行委員会に組み込まれた彼は、先輩と共にゲートを作っているところだった。
 そろそろ作業が終盤に差し掛かる。大事な工程に入る前に休憩しておこうという話になって、エクスはコンビニに行った。
 飲み物とホットスナックの入った袋を提げ、林の小道を辿って作業に使っている広場へ戻ろうとする。
 それに気付いたのは、広場にまだ辿りつかない小道の途中だった。
 曲がり角を折れようとした視界に、こちらに背を向けた女子学生と、その向こうに佇む先輩が飛び込んできた。
「私、レオーネ君のことが好き」
 そう聞こえて、絶対に邪魔してはいけないシチュエーションなのだと察した。
(どうしよう)
 周囲を見回す。
 幸い、辺りは木々ばかりだ。エクスの存在に気付きそうな人間もいない。
 咄嗟に、傍らにあった木と巨岩の影に身を潜めた。
「だから、付き合って欲しいんだ」
 誰だったかな。
 岩に背を預けて座り込みながら、今一瞬見ただけの女性のことを思い出す。
 確か、どこかのサークルの部長だ。何度かレオーネと話しているのを見かけたことがある。
「ごめんね」
 レオーネの声がした。
 いつもと変わらず涼しげだが、どこか申し訳なさそうにも聞こえる。
「君とは付き合えない」
 沈黙が訪れた。
 エクスは息を殺しつつ、空へ視線を逃す。
 とても気まずい。早く逃げたい。
「どうして」
 か細い声が問う。
「どうしてダメなの? 私が嫌い?」
「君のことは良い人だと思ってるよ」
「なら、何で」
「付き合ってる人がいるんだ」
 レオーネの答えは、簡潔明瞭だった。
「だから君とは付き合えない」
 綺麗な青空だなあ。
 そんなことを考えていても、耳はどうしても音を拾ってしまう。
 これからもいい友達でいてねというレオーネの声。
 知らなかったなあと笑った風に言う女の声。
 笑ったにしては、音が揺れすぎている。意気消沈したのを繕いきれていない。
 それから少しして、女が足早に立ち去っていった。
 自分の隠れる岩を通り過ぎる時にバレないか心配したものの、目に入っていない様子だった。
 女の背中が十分に遠ざかる。
 エクスは息を吐いた。
 知らず強張っていた筋肉が緩む。
 さて。どのタイミングでこの岩陰から出たらいいだろうか。
 エクスはきっかけを探して左右を見回した。
 そして、自分が背を預けていた岩の角から、先輩がこちらを覗き込んでいるのに気付いた。
「うわっ」
「お待たせ。悪かったね」
 飛び上がるエクスに、レオーネは微笑みかけた。
 緊迫の場面の当事者だったとは思えない、平常通りの様子だった。
「いや。悪かったのはオレの方じゃね?」
 故意ではないにせよ、盗み聞きをしてしまったのだ。
 咎められる覚悟もしていたのに、先輩にはその気配がなかった。
「どうして?」
「だってオレ、話を聞いちゃったから」
「仕方ないよ。それは誰に聞かれるとも知れない場所で話していた俺と彼女に非がある」
 レオーネは首を横に振った。
「そもそも、誰かがここに来て話を聞いてしまうのは、十分予測できたはずだ。大学祭の準備で、いつもと違うルートで人が動き回る時なんだから。それを構わず話してしまったあたり、あの子も冷静さを欠いていたみたいだね」
 たった今人を振ったばかりだというのに、妙に冷めている。
 第三者のエクスの方が緊張していたのではないかと思えるほどだ。
「でも、隙を作った俺の方が悪かったよ。十分注意してたつもりだったけど、配慮が足りなかった」
 レオーネはエクスの隣に座った。
 手を伸ばして、エクスの抱える袋から飲み物一本と揚げたチキンを取り出す。
「正直なところ、心当たりがないんだ。何で俺を好きになってくれたのか、分からない」
「恋ってそういうものなんじゃねえの」
 エクスもメギス鶏の唐揚げ棒を取り出し、ザクザクと齧る。
 レオーネも買ったものに口をつける。
「確実に勘違いを防ぐには、どうしたらいいだろう」
「指輪つけたら?」
 エクスは嚥下して、両手を翳した。
「詳しいことは忘れたけど、指輪をつける場所で恋人のいるいないを伝えられるらしいよ」
「ああ。右手の薬指か」
 知っとるんかい。
 エクスは思った。
 レオーネは何やら感慨深げに、繰り返し頷いている。
「そうか。もうペアリングを買っていいんだから、クリスマスプレゼントにするか」
 そう言ってから、ふと眉を顰める。
「いや。やっぱり俺だけでも今すぐつけたいな。こういうことが何度も起こるとは思えないけど、予防はした方がいい」
 エクスはメギス鶏を見つめながら考える。
 これは、訊ねてもいいやつだろうか。
 他人の恋路に興味はない。だが、対象がこの先輩となったら話は別である。
 以前、酔った彼に秘めた心を打ち明けさせてしまってから、ずっと気がかりだったのだ。
「それ、掘り下げて聞いてもいいヤツですか」
 エクスが直入に訊ねると、レオーネは頷いた。
「いいよ」
「付き合ってる人がいるって、本当だったの?」
「厳密には違うけどね」
 レオーネは微笑んだ。
「他に恋人を作らないで、一生同居する約束をしたんだ」
「その、相手は」
「君の知ってる通りだよ」
 先輩は嬉しそうに笑っている。
 その表情を見てまず覚えたのは、安堵だった。
「そっか」
 レオーネが過剰に自分を追い詰めるような事態にならなくて良かった。
 そちらが先立ったせいか、エクスは自分でも驚くほど冷静に、先輩の告白を受け止めていた。
「良かった」
「引いてるんじゃないのかい?」
「いや。本当にそう思ってるよ」
 心配だったから。
 そう言うと、レオーネは優しいんだなと目を細めた。
「本当にこれで良かったのかは、分からないけどね。俺は、あいつを破滅させようとしてるも同然なんだから」
 俺と二人きりで暮らしても、発展性はない。
 そう自虐的に零すので、エクスは周囲に配慮しつつ小声で返す。
「それはレオさんの考えだろ。お兄さんがそう捉えるとは限らない」
「でも、事実何も残らない」
「血を遺すことは発展なのか? 血を継ぐ者は別人だろ」
 いくら性質を受け継いでいても、意識は別だ。
 繋がる部分こそあれど、親の意思の延長に子の人生が積み上げられるとは限らない。
 部族の中でしか人が生きられなかった時代ならともかく、現代の子は独自の自我を持って生きていくものだ。
「何も残り続けはしない。名残りにかつてを見出しても、現実は少しずつ変質してる」
「君にしては悲観的なことを言う」
「そうかな。オレは、悲観だとは思わないけど」
 たとえば、とエクスは例を挙げる。
 歴史的な建造物を改修し続ければ、いつか構成するものはかつてと全くの別物になる。
 芸術品は時が経つほど色褪せる。
「それでも、永遠に守り続ける価値があると言われるのは何故なのか。それは、そういったものが確かに残っていると──かつての人々の遺産を受け継いでいると言えるように、後世の人達が努力しているからだと思うんだ」
「つまり、永遠は物質でなく活動する精神に宿ると?」
 レオーネがおかしそうに言うのを、そうだと肯定する。
「だから、人間が遺せるのは血だけじゃないよ。いや、むしろ人間全体の遺産となるのは精神的なものの方なんじゃないかな。心みたいなものだって、その本質を理解する誰かさえいてくれるならば、永遠に在り続けることができるんだから」
「逆に言えば、理解する誰かがいなければ何事もちゃんとは遺らないってことか」
「うん」
 レオーネは笑みを零した。
「やっぱり君はロマンチストだな」
「そうか?」
「俺一人なら悲観する状況でも、救いを見出すのが上手い」
「いつもみたいに、慰めとは言わないんだな」
「今、少し救われたからね」
 曇っていた先輩の表情が、晴れやかになった気がする。
「発展性がないなんて言ったけど、俺自身はそう思ってないんだ。君だから言うけど、俺がずっと望んでいたことは、きっとこれだったんだと思うから」
 今まで、なるべく考えないようにしていた。
 でも、腹の底ではこうなることをずっと望んでいた。
 レオーネはそう告白した。
「これからあいつが俺をちゃんと好きになってくれたら、もっと嬉しいな」
「え。好きなんじゃないのか?」
 エクスは耳を疑った。
 先輩は小首を傾げた。
「多分」
「多分?」
「ちゃんと確かめてない」
 あっさりそう言うので、ぽかんと口を開けてしまった。
「お互いの気持ちを確かめてないのに、どうやって一生同居するって話になったんだ?」
「成り行きだな」
「どんな成り行きなんだ」
「俺のことを一生養うし、一番大事だって言われた」
「ええ。じゃあ好きじゃん」
「でも、本人にそのつもりはないと思う」
「どういうことなんだよ。何をどうしたらそんな、付き合うを飛び越して結婚を決めたみたいな流れになるんだよ」
 理解が追いつかない。
 エクスがしきりに首を捻っている横で、レオーネは感心したように唸る。
「そうか。なるほど、そういうふうに見えるのか」
「何が」
「付き合うを飛び越してって話さ。そう言われると、何だか気分がいいな」
 そう言って、口角を吊り上げている。
 よく分からない。
(でも、気に入ったならいいか)
 彼らにしか理解できない世界があるのだろう。
「まあ、とにかく良かったよ」
「ああ」
 エクスは理解するのを諦め、手をつけていなかった茶のペットボトルを開けた。
 おもむろに口をつけようとした時、レオーネが言った。
「ところで、エクスって性的な話に抵抗ある?」
 危うく、ペットボトルを吹き飛ばすところだった。
 咳き込みながら隣へ目を戻す。
 先輩はいつもの落ち着いた笑みを浮かべていた。
「な、何で?」
「もし可能なら、俺があいつにムラムラするのを抑えるために話を聞いて欲しいなって」
 その顔で、とんでもないことをのたまう。
「この前君に打ち明けた後、気付いたんだ。頭の中に詰まった内容を他人に話すと、考えが整理されてすっきりする」
 二十年生きてきて、今それに気付いたのか。
 エクスは愕然とした。
 彼の頭脳だ。大体のことは自己解決できたのだろうが、それにしたって、もう少し悩みを打ち明けながら生きたっていいだろうに。
 そこまで考えて、エクスは物悲しい気持ちになった。
 いや。そうできないのが、レオーネなのだ。
 苦労の多い生い立ちゆえか、はたまた本人の性分ゆえか、彼は自分の苦悩を他人に明かさなかった。
 学業への不平を漏らさず、人間への不満も言わない。今回の大学祭でも、初めて設置される警備部の長を任されて、何の文句も言わない。
 そんな彼が、猥談目的とは言え自分を頼ったのだ。
 信頼に応えたい。
 エクスは真剣にそう考えた。
 この時の彼は、連日にわたる大学祭準備の疲れと衝撃的な話題の連続で混乱していた。
「オレでよければ聞く」
「助かるよ。やっぱり君は頼りになるな」
 レオーネは微笑んだ。
「ここまで打ち明けるのは君が初めてだ。こんなことを話せるのは君しかいない」
 そう言われると、「こんなこと」の内容が実の兄への劣情でも、力にならなくてはと思わされてしまう。
 エクスは単純だった。
「あいつはスキンシップが好きなんだ。一生同居する話が決まってから、スキンシップの頻度が増えてな」
「うん」
「今までは普通の関係でいないといけないって頭があったから、あしらえた。でももうその必要がない」
 我慢しすぎて、頭がおかしくなりそうなんだ。
 レオーネは大真面目にそう言った。
 なるほど。この人は外因性のものに狂わされやすいんだな。
 エクスはつい癖で分析した。前にうっかり打ち明けてしまった時の原因は酒だったが、今回の原因は兄らしい。
「本当はさっさとやりたい。でも、あいつにちゃんと俺を意識させてから、俺を望んでもらいたい」
「おお」
「それでどうにか耐えてる」
「大変だな」
「でも、いつまで保つか分からない」
 レオーネは憂鬱な面持ちになる。
 溜め息を吐き、真横のエクスでも耳を澄まさないと聞こえないほどに声を落とす。
「年末、旅行に行くんだ。俺とあいつの二人で、温泉宿に泊まる」
「へえ」
「部屋に露天風呂がついてる」
「いいね」
「耐えられる自信がない」
 声に含む吐息が多かった。
 今のをファンが聞いたら、卒倒しそうだ。
 エクスはどうでもいいことを考えた。
「最悪、宿の部屋に着いただけで勃つ」
「そんなに……」
「俺ばっかり意識させられて腹が立つけど、その分これから意識させてやろうと思ってる」
 レオーネの眼差しは決意に満ちていた。
「だから君に協力してもらえるとありがたい。君なら、俺の話を聞いても兄貴に何かしないって信じてるから」
「うん。それは絶対ないな」
 エクスの恋愛対象に他人の想い人は含まれない。
 友人の好きな相手ならばなおさらだ。NTRは地雷である。
「君の性癖がストレートで本当に助かるよ」
「どうでもいいけど、レオさんの口から性癖って言葉を聞く日が来るとは思わなかったな」
「話す機会がなかっただけだよ。俺にも人並みの性欲はあるさ」
 レオーネは薄く笑った。
「そういう話だって、したことあっただろ?」
「あったけど、一回じゃん。他の奴らが振ってきた話題に答えただけだった」
 自治会の男連中に、好きな夜の副菜の話を振られた時だけだ。
 レオーネと二人きりでそういう話をした記憶はない。
「レオさん、さらっと当たり障りなく答えるだけだったからさ。適当に合わせてるのかなって思ってた」
「正直な答えを簡単に話しただけだよ」
 レオーネの答えに、エクスは目を瞬かせる。
「あれガチだったの?」
「うん。それが何か?」
「だって」
 レオさんにしては答えが平和すぎた。
 そう言いそうになるのを堪えた。
「にこにこしてる幼馴染といちゃいちゃするヤツ、って」
「よく覚えてるな」
「そういう話するレオさん、レアだったから」
 常識を備えているのにどこかぶっ飛んでいるレオーネのことだから、常人が把握していない性癖の一つや二つ持っているものだと予想していた。
 それが、至って平凡な答えで拍子抜けしたのを覚えている。
「ギャルもいいって言ってたのは意外だったな」
「そうか?」
 レオーネは平然と話を続ける。
「ギャルは髪色も性格も明るめの奴が多いだろ。だから、いいんだよな」
「へえ。あの答えは、本当にレオさんのフェチだったのか」
「ああ」
 レオーネは苦笑した。
「最近、妄想と現実が重なりそうになって困るよ」
「え?」
「気を逸らそうとしても、刷り込まれた癖は裏切れなかった。似てるものばかり追いかけてしまって」
「何言っ、て」
 問いかけようとしたエクスの口が止まった。
 似てる。
 妄想と現実が重なる。
 その言葉をきっかけに、以前ネット検索で見かけた、とある俳優の姿を思い出す。
 にこにこしている。
 幼馴染。
 髪色と性格が明るい。
「伏線だったか」
「そういうこと」
 エクスは天を仰いだ。
 そうして、小道の向こうからやって来る人影に気付いた。
 角の生えた長髪の優男である。
「あ、アスバルだ」
 エクスとレオーネは頭を切り替える。
 彼は魔界からやって来た大学院生であり、大学祭警備係の残る一人でもあった。
「二人とも、待たせてごめんね」
 アスバルは詫びる。
 エクスは立ち上がった。
「いいって。忙しいのに協力してくれてありがとうな」
「アストルティアのお祭りに参加できる、またとない機会だからね。僕も楽しみにしてたんだよ」
 彼はにこやかに笑った。
 今年、大学院生の彼が運営に携わることになったのには、わけがあった。
 昨年の大学祭で不審者が出没したため、今年の大学祭では実行委員全員が祭りをくまなく巡回して警戒するだけでなく、新たに専門の係を設けて安全に気を配ることになったのである。
 その担当として、去年不審者を捕らえた実績を持つレオーネと、盟友繋がりでエクスが割り振られた。
 レオーネがゲートに結界を混ぜたいと言うので、エクスがその方面に詳しい友人のアスバルを紹介し、彼を仲間に加えたのだった。
「監視カメラの設置とカラーボールの準備は終わってる」
 レオーネも立ち上がった。
 三人で広場へ戻る。ベンチしかなかった円形の広場の中心には、派手なサーカステントが建っていた。
「指定された触媒もキャンパス外周の壁に仕込んできた。校門前の噴水に装置も設置してある」
「ありがとう」
 アスバルはテントを見上げ、頷いた。
 エクスが訊ねる。
「本当にこれで、不審物探知センサーと不審者拘束機能、それから万が一不審者がキャンパス外へ出てしまった時に追跡する機能も組み込めるのか?」
「できるよ。君達に準備してもらった土台のお陰で、もうほぼ完成さ」
 アスバルはテントの幕を持ちあげた。
 中には、キャンパスの模型が配置してある。
「このテントとキャンパスの壁が連動する。テントに施した技が、そのままキャンパス全域に展開される仕組みだよ」
「ふーん」
「あとは、テントの中に陣を展開しよう」
 アスバルの手の中に闇が渦巻き、そこから両手杖が現れた。
 杖の先端が軽く地面へ触れる。
「プリズランシステムを入れれば、望まれたものはだいたいまかなえる。あとは校門の外へ出た場合の備えをどうするかだね」
 アスバルは二人を振り返った。
「追尾用に召喚陣を作ろう。大体の魔物は召喚できるけど、何がいい?」
「マジか」
 エクスは驚いた。
 かなりの魔術の使い手だとは思っていたが、そこまでとは知らなかった。
「ゴーレムも出せる?」
「ああ。もちろん」
 アスバルは目を細めた。
「コストがかからなくて、セキュリティ対策としては王道だね。でも妖精の笛という弱点があるから、あまりオススメはできないかな」
「闇縛りはどうだ」
 レオーネが提案すると、良いと思うとアスバルは頷いた。
「対象を状態異常にして逃亡を阻止するんだね」
「だが、状態異常耐性をつけている奴がいたら厄介だな」
「カデスの牢獄はどう?」
 アスバルは杖でキャンパス模型の校門を示した。
「カラーボールで捕捉された相手が一歩踏み出した瞬間に発動するよう仕組む」
「いいな」
 レオーネは微笑んだ。
「全域展開できるか?」
「うん、できるよ。万が一それも回避されたらどうする?」
「外壁に魔物を宿す。暗黒の魔人はどうだ」
「遠距離に対応できていいね。物質系だから監視カメラとの相性もいい」
「背面が弱点だが、どうする?」
「複数体配備しよう。それから対空も考えておいた方がいい」
「確かに。空中に逃げられる可能性はあるな」
「不思議なチカラシステムを使うかい?」
「いや。俺の防壁を組み込んでくれれば物理的に弾ける」
「パラディンガードのこと?」
「いや、何だか知らないが使える技があって」
「由来の分からない技が使えるのかい? 興味深いな。ちょっとやってみせてくれる?」
 そのような調子で、アスバルとレオーネの相談はスムーズに進んだ。
 結果、四方八方を魔物に包囲され、ルーラストーンを用いても抜け出せない魔の牢獄が完成した。
 エクスは、試しに模型の中へカラーボールの成分をくっつけた動く駒をいくつか落としてみた。
 駒達は奮闘したものの、最終的にすべて粉微塵に吹っ飛んだ。
 エクスは先輩二人を見上げた。
「ここで何か仕出かしたら、死ぬことになるのでは?」
「ああ。デスルーラされたら元も子もない」
 人命を危惧して言ったのだが、レオーネから返ってきたのはセキュリティ面での不安だった。
「そもそもこの空間の蘇生システムは、大学のシステムで外界から遮断されている」
「そうなの?」
「ああ。授業でうっかり全滅したら、救護室へ飛ぶようになってる」
 よく理学部の連中が実験で吹っ飛ぶから知ってる。
 レオーネはそう語った。
「そのシステムを流用すればいけるはずだ。俺が学生課に行って申請してくる」
「そして、ここに神父を呼ぼう」
 アスバルはテントを示してそう言った。
「ゴーレムの中には神父の修行をした者が何体かいる。大学祭の間だけここに呼べば、仮死状態に陥った不審者がここへ転送されてくるようにできるから、すぐ捕縛できるよ」
「いいな。救護室と混ざらないように、蘇生回線の整備もしておくか」
(神父って、こんな物騒な呼ばれ方することあるんだ)
 エクスの世界が広がった。
 かくして、用心深い二人の学生により、万全なセキュリティシステムが完成した。
 エクスにできたことは、出張神父のゴーレムに「どうか誰も悪事を企みませんように」と祈ることと、翌日テント周辺に張り込みながら食べる駄菓子を用意することだけだった。








 フェスタ・インフェルノ当日。
 グランゼドーラ大学には内外からの客が多数集まり、祭りは大いに盛り上がった。
 その中で、学生達を震撼させる事件が二つ起きた。
 一つは、客としてやって来ていた踊る宝石を、これまた客としてやってきた人間達が誘拐し逃亡を図った事件である。
 犯人グループは踊る宝石を隠そうとしたが、警備部の組んだセキュリティ網に引っかかり悪事が発覚。即座に逃亡を図ったものの、爆発四散した。
 その見事な爆発ぶりと、踊る宝石だけは消し飛ばず保護されたというセキュリティの精度を目の当たりにした学生達は、それを仕組んだのが自分達と同じ学生であることを知って震えた。
 もう一つの事件は、とある男子学生の右手薬指に指輪が光るようになったことである。
 この出来事は彼のファンである学生達の間へ激震をもたらしたが、前述の学生が強盗グループを爆破した事件に比べれば平穏なものであったため、そこまでの騒ぎにはならなかった。
 なお、踊る宝石の命を救った三人の学生には、後日感謝状が贈られたという。