仮の宿を出て
とある時空の彼方。光と翼を持つ者でもないと辿り着くのも難しい最果てに、小さな世界があった。そこは生命が育まれるのに適した空と海と大地が揃っていたが、目に見える生き物がいなかった。大きな世界樹が一つ聳えており、いつの頃からか狭間を渡る不死鳥達が羽休めの場所として利用していた。
この雄大な止まり木よりさして離れていないところに、一軒の建物があった。どの世界でも見たことのある素材を使い、見たことのない様式で組まれたその家は、今、複数の人が出入りを繰り返していた。
「おーい」
レックは建物を見上げ、声を張る。
「これ、どこに置いたらいいんだ?」
「三階に」
かなり上の窓からひょこりとノインの顔が現れ、返事をする。
「管理室へお願いします。セキュリティーのための特殊な霊状記憶合金が入っています。落とさないでくださいね」
「そんな重要なもんなのか!? 誰か助けてくれ」
「はいはい、ただいま」
建物の戸口よりアベルが出てきてレックと共に担う。二人は階段を上り、開け放した戸より建物の中に入る。木床に白壁というオーソドックスな内装のエントランス。右手側ではソロとアレフが暖炉前に絨毯を敷き、左奥ではカウンターと厨房を繋ぐ扉をエイトとアルス、サンドラが頻りに行き来している。中央の階段を更に上り、三階に辿り着く。荷を下ろすと、まだ扉の嵌っていない管理室にて、中央の広い卓に身を寄せ話し合うサタルとソフィア、アレンの姿が見えた。ソフィアは筆を持ち、卓上に横たえた看板の上に身を屈めている。板には端にようこそとだけ書かれており、ほぼ無地だった。
ソフィアが問う。
「チームの名前はどうする?」
「超爆イケ快傑ファイターズ」
「ダサい」
「キショい」
サタルの出した案をアレンとソフィアが一蹴する。唸るサタルの背後より、壁を造る合金の細工をしていたナインが覗き込む。
「無理に名前をつけずとも結構ですよ。ただ《宿》だけでも十分かと」
「だって、せっかくなら名前欲しいじゃん!」
ソフィアが両腕を広げる。
「あたし達の基地だよ? 世界間のごたごたの干渉を受けない狭間に、あたし達の拠点になる場所ができたんだよ? 愛着湧くでしょ、名前付けたいでしょ?」
「だからこそ逆に、妙な名前はつけたくないんだよな」
アレンが顎をさする。隣の先祖が妙な名前で悪かったねとぼやく。
ナインは笑みを零した。
「これからの僕達の働きは、表立って誰かに知られることはまずありません。以前行った僕の世界での仕事のように、陰ながら柔軟に立ち回り、ひっそりと境界を保つのが使命です。ですから呼び名は必要ないのです」
「そうだけど」
ソフィアは諦めきれないようで、腕を組んで目を瞑る。レックは口を挟んだ。
「名無しでもいいだろ。秘密結社みたいでかっこいいじゃん」
俺らが仲間だっていうのは、誰が知らなくとも俺ら自身の胸に刻まれてるからいいんだよ。
レックの言葉に、皆が顔を上げた。
「まあ、それも悪くないか」
「レック。君、いいことを言うね」
ソフィアが手を腰に当て、サタルが親指を立てる。アレンは眉根を寄せた。
「気恥ずかしい言い回しはやめろ」
「照れんなって」
「照れてない」
「でも、僕達の共通認識のためにも渾名くらいあった方がいいんじゃない?」
アベルが迷いながら言う。
「これからたくさんの世界を渡るんだから、この世界、だけだと何処のことか分からないよ」
「ならば、あれはどうでしょうか」
ナインが指を差す。彼の指の先──廊下の南に嵌る大窓は、天高く聳え立つ世界樹と悠々と舞う不死鳥達を収め、一幅の絵画の如く鎮座していた。
無名奇譚 終幕
止まり木の戦士たちへ